「W不倫が旦那にバレたが不倫相手に執着してしまう」Rさんのお悩み


こんばんは!

WhyWhyカウンセラーのふぁーこです!

きょうは不倫の問題だけでなく、その裏側にはなにがあるんだろう?

という視点でいっしょに考えてみたいとおもいます!


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女性・40代・Rさんからのお悩み

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W不倫がこちらの旦那にばれ、不倫相手はあちらの奥さんにわからないように、

示談金で解決しようとしてます。

旦那は探偵をつけ調査内容(わたしの証拠写真等、他にも女が二人。きっともっといる。)を

わたしとわたしの母に伝え、以後連絡とらないようにと。

その後はわたしには一切なにも明かさず、不倫相手に多額の示談金(600万円)を要求しています。

私は今でも会い、連絡もしています。

旦那のことはもう生理的に無理で離婚したいと言いましたが、

娘の大会が終わるまでと、それについては進展なし。

示談金の期限が5月末日なので、それまで待つのか?まあ、なるようにしかならないのですが

☆わたしが相談したいのは、なぜか他にも女がいて、

しかも爺さん(60)で、そんなに顔も体もよくなく、いいのはHだけの男に執着してしまうのか?

完全にイチモツも旦那の方が大きいし固かったのですが…。

(途中からは旦那とはしたくなくなったのだ今はレス。ばれてから何度か旦那としましたが、気持ち悪い。)

ばれるまでは毎朝仕事前に会って、仕事終わりにも会って。

年に一度は旅行に行っていましたが。両親が仕事でいつも一人だった過去とか、

色々聞いて助けたくなったのかな?わたしを1番にしてくれないから、執着してたのかな?

☆とにかく、隠れて会わないもいけないような関係は終わりたい。

旦那がわたしと離婚し幸せになり、わたしがヘラクレスオオカブトと新しく出会い幸せになるには、

まずは何をすればいいですか?


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こんばんは~!

Rさん、ご相談いただきましてありがとうございます!


おうおう、なんだか根本先生の読者様なのか、俄然武闘派のにおいがしてまいりますね。

いっちょヤルか?あん?みたいな、情熱あり余る感じでとってもステキです!

先輩!って思わず駆け寄ってしまうカッコよさが文章からもあふれていますよね~。


というわけでまずは一旦、落着きましょう。

スーーー


ハーーー


それで、ちょっと気になったのですが、

Rさんは自己価値が低いと自分で感じていませんか?

もしくは、「どうせ私なんて」というような自己否定や罪悪感がありませんか?

>☆わたしが相談したいのは、なぜか他にも女がいて、

しかも爺さん(60)で、そんなに顔も体もよくなく、いいのはHだけの男に執着してしまうのか?

完全にイチモツも旦那の方が大きいし固かったのですが…。

ここなんですけど、Rさんは自分に自信がなかったりしますか?

もしくは、Hすること(女を感じること)に罪悪感があったりしますか?

この文章だけではなんとも言えないのですが、わたしはなんだか

RさんがRさん自身を評価しているような気がしたのです。

「どうしてわたしはHだけなんだろう」

「どうしてわたしは顔も体もよくないのだろう」

「どうして旦那のイチモツが大きくて固いのにわたしは応えられないのだろう」

こんなふうに聞こえたのです。

もしRさんに自分にはH(体)しか提供できるものがない(与えられるものがない)

という観念や罪悪感のようなものがあるとしたら、

H(体)しか重視しない不倫相手を求めるのかな?とおもうのです。


そして、

>(途中からは旦那とはしたくなくなったのだ今はレス。ばれてから何度か旦那としましたが、気持ち悪い。)

と書かれていらっしゃるとおり、嫌だけど、わたしにはHしか提供(与えること)ができないから

嫌々でも応えてあげたのかな?と思ったのです。

それは、Rさん自身の自己価値、自己肯定感が低くなっているために、

罪悪感から犠牲の行為をとってしまうんではないかな、と思います。

もちろん、それがいけないとか、悪いことだと思わないでくださいね。

「だってしかたないじゃーん。こうするしかなかったんだもーん」


と自分の味方でいてあげてくださいね。

そこに至るまでには、多分相当Rさんも傷ついてきたはずです。

そうそう、ふぁーこは、Rさんが自分の罪悪感のために自分自身をいじめてしまうような感じがしたのです。

不倫相手を、奥さんや他の女性がいる人を選ぶというところからも、Rさんの中に

「わたしは誰かにとって一生をかけて愛してもらう存在」

という自信と自己価値をみておらず、

「自分という存在はどうせ一生をかけて愛しぬかれることはないだろう」

という思いや罪悪感があるのではないかな~とおもったのです。


「自分は罪深い人間だ」

「自分はしあわせになってはいけない」

「自分は穢れている」

このような思いがあったりすると、それを証明するために、

”自分はしあわせになるに値しないのでしあわせになる材料をぶっこわす”行動をとるのではないかと思います。

そして、”しあわせになる材料をぶっこわした”上で、

>W不倫がこちらの旦那にばれ、不倫相手はあちらの奥さんにわからないように、

示談金で解決しようとしてます。

冒頭の文章がここから始まるということは、

Rさんの中で「金で解決すんのかよ」「わたしは金で片付けられるような存在なんだ」という傷がついたり、

自己否定をして辛かったんではないかなとおもうのです。

でも、この傷つくことを現実で起こすということは、

Rさん自身が自分を「罰したい」という思いがどこかにあるのではないかと思います。

罪悪感を持っていると、

「自分は罰される存在だ」

という意識が無意識に芽生えて、その意識を証明する行動をとったりするものです。

つまり、「自分は罰せられないといけないから罰せられる状況を作り出す」ということです。

Rさんの場合は、どうして旦那さんのことを生理的にムリになってしまったかはわからないですが、

離婚せずにいる状態で他の人と不倫する(しかも不倫相手には奥さんという1番がいる)ことが、

Rさん自身を「罰する」ためにちょうどいい状況になったのではないでしょうか?

でも、ふぁーことしてはそれに行き着くには、Rさんがどれだけガマンして自己否定してきたんだろう・・・と思うわけです。

だって、そこまで「しあわせになってはいけない」という罪悪感や

「愛されないだろう」という思いがあったのだとしたら、

どれだけ深く落胆し、傷ついてきたんだろう、とおもうのです。


ちなみに、Rさんのお父さんって怖かったですか?

あんまり話したり認めてもらった記憶がないですか?

なんだか、Rさんがほんとうに欲しかったのは

「お父さんからの愛」だったのではないかなぁとおもうのですが、どうでしたでしょうか?

もしかすると、旦那さんへ「自分のお父さん」を投影し(棒人間にお父さんの影を写しているかのような)、

旦那→お父さん

というふうに自分で捉えるようになると、お父さんとHすることは近親相姦になりますから、

基本旦那さんとはHできなくなるだろうし、気持ち悪いと思うようになるのではないかと思うのです。

お父さん(もしくはお母さん)→無償の愛

であるため、お父さんと見立てて無償の愛をくれるか旦那さんを使って試している、

という可能性もあるかとおもいます。(自分がなにをしても愛してくれるのか、等)

だから、

>☆とにかく、隠れて会わないもいけないような関係は終わりたい。

旦那がわたしと離婚し幸せになり、わたしがヘラクレスオオカブトと新しく出会い幸せになるには、

まずは何をすればいいですか?

この「旦那がわたしと離婚して」というところも、

「わたしが旦那と離婚して」というふうに書かなかったのは、

もしかしたらRさんの中に

「お父さんですら一生をかけて愛してくれなかったわたしのことを、旦那が愛しぬけるはずがない」

という観念と罪悪感がどこかにあったため、

「旦那が」「わたしを」切り捨てる(離婚する)だろうという思いがどこかにあるからかな~と思ったのです。

もちろん、それは1つの考えであって、それが正しいとか、間違っているとか、

そういうことはどうでもいいのです。

ただ、もしRさんがふぁーこが考える考え方で自分自身を見つめなおしたときに、

自分の中にある怒りや罪悪感、そして愛に気づけたら、

どれだけラクになるだろう、どれだけ自分が愛しい存在だと気づくだろう、とおもいます。

罪悪感はまったく無くなることは多分ないのですが、

自分次第で罪悪感を軽くすることはできます。

その方法こそが、自分の価値と存在を認め、許し、愛してあげることです。

たとえば、Rさんが

「わたしはしあわせになっていい」

「わたしがしあわせになるとみんなもしあわせになる」


こういう言葉を聞いたときに、どんな感じがしますか?

「そうよね、しあわせよね。わたしのおかげでみんなもしあわせよね」

と思えますか?

「どうせムリでしょう」

「わたしがしあわせになってもみんなしあわせにならないでしょう」

と否定してしまいませんか?

これこそが、罪悪感の罠といいますか、

自分を否定することで、そこにずっといさせようとするわけです。

罪悪感は、ずっとRさんに”罪悪感の公園”みたいなところにいてほしいから、

自分を否定させて、責めさせて、罰せられる存在だと植えつけて、

公園から自発的に出ないようにしてくるわけです。


最初はそこで「まぁ、いいか」と思っていたRさんも、

どんどん自分の罪悪感が溜まると公園に罪悪感がいっぱいになってきて

狭いし遊べないし苦しくてしんどくなってくるわけです。


そこで、じゃあ公園を出ようかなと思うわけですが、

長い間自分を責めたり、罪悪感を背負っていたり、自分をその公園に自分で閉じ込めていたので、

公園を出たら「どうなっちゃうんだろう」「自分の家がわからない」「自分が出ていいのかな」

と不安や恐怖にかられるわけです。


でも、それを導いてくれるカギが「自分を愛する」ということです。

罪悪感は愛に弱く、愛がくると「えへ、えへ、愛ちゃん、えへへ」みたいな感じで弱腰になるんですね。


だから、自分を愛してあげると、罪悪感でいっぱいだった公園に愛が増えて、

罪悪感が尻に敷かれて、Rさんが行きたい道を愛ちゃんといっしょに導いてくれるのです。


もちろん、罪悪感も多少ついてくることはありますが、

愛ちゃんをしっかり連れていれば大丈夫!

罪悪感は「えへ、えへ、愛ちゃんの言うとおりだね、えへ」みたいな感じで愛には敵いません。


それをするためには、まずRさんが自分の「愛」を信じ、自分の感情と向き合うこと。

愛を信じるということは、自分の存在が「愛」であると認めてしまうことです。

自分が「愛」であり、自分の存在でしあわせになる人がいること、

そして自分が愛を与えられる人だということに気づくことです。

自分の感情を日記につけてみると、どれだけ自分が自分を否定してきたかや、

自分をツライ状況に追いやってきたか理解できます。

でも、それは誰のためだったのか?どうしてそういう感情になったのか?

その感情の裏に、だれにしあわせになってほしいと思ってきたのか?

そこまでして、どういう感情を受けとりたかったのか?

どういう感情を与えたかったのか?

そこまで考えてみると、Rさん自身がもってる「愛」に気づけるのではないでしょうか?

自分を愛することで、ほんとうの意味で誰かからの愛を受けとり、そして自分からも与えることができるとおもいます。

Rさんには、それができる武闘派ねえさんだとおもうので、

ぜひ自分の感情を書き出して、本当はどうしたいのかと照らし合わせることをやってみてほしいとおもいます。

もしせっぱつまったら、いつでもまたふぁーこにご相談くださいね!


それではきょうも、せっぱつまったがカッパつまったに聞こえて心配したらカッパは元気だったようないい夢をみましょう~!


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