妄想ばなし

わが家の裏手の遊歩道を通って帰宅する際に、必ず通るご近所さんの家々。この辺りは、もともと広い敷地を何分割もして建てられた新興住宅地だ。30年も前にわが家が移り住んだときには、すでに隙間なく家族の生活が出来上がっていた。ちょうど裏手の比較的大きな敷地は、息子の同級生の家、でもあちらは女子なので親同士のお付き合いはほとんどない。“もも”という名の大きな番犬の、大きな犬小屋はまいまだ玄関脇に置かれているけれど、今はご夫婦だけのよう。でも、頻繁にまだ独身らしいお嬢さんが帰ってきているのはわかる。わが家をはじめとして、当時はさぞかし賑やかな一角だったに違いないが、ずいぶん以前から静かなものである。
そんな中で一件だけ、夫婦げんかが激しいお宅があった。
両親の介護をきっかけに立川にいることが主になった間、ここに住んでいた次男がよく言っていた。夜な夜な激しい口論が響き渡るのだそう。笑いながら話を聞いていたのだが、5年前、息子が立川、私が狛江と完全に棲み分ける事になって以来、夜遅く風呂に入っているとドラマのような喧嘩声が漏れ聞こえてくるではないか。ちょうどうちの風呂場と、そのお宅の一階の部屋とが近いのだ。木や物置小屋に遮られて姿は見えないものの、こんなによく聞えているのをわかっているのかしらと心配になる。またはじまったと、いたたまれなくなり、入浴はできるだけ早い時間に済ませることにした。言い争いは一時激しさを増し、そのうち静かになった。
ここのところすっかり忘れていたのだが、夕べ、久しぶりにヒステリックな女性の声が聞えてきた。内容はわからない。でも「まえのおくさんが~」と何度も何度も聞えたのだ。旦那の顔も声も知らない。妻らしき女性の声しか聞いたことがない。
ン? 再婚した? 前の奥さんは出ていった? そういえば、今年になって、そのお宅の前に何回か粗大ごみが出されていたのを思い出す。まだそう古くはないタンスや布団袋。不燃ごみの日にはいくつものごみ袋が…。私の妄想はそこから広がる。あくまでも妄想だけれど。

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