見出し画像

米津玄師が1度も歌詞に使っていない言葉<Vol.3>人間関係と感情について

「米津玄師の歌詞を因数分解して分かったこと 番外編Vol.3」
*<プロローグと第1章〜30章+番外編Vol.1〜2>は下記マガジンでご覧ください。↓

 番外編Vol.1、米津玄師の「歌詞になさそうで、本当になかった言葉」、Vol.2では「歌詞にありそうで、実はなかった言葉」(各アンダーラインクリックで当該記事へ)について書いたが、今回は「ありそうでなかった言葉」の中から、主に人間関係や感情表現について考察しよう。

*各単語の( )内の数字は、UtaNetの27万曲以上の歌詞データ検索による当該ワードの使用曲数。

人間関係の登場人物にありそうでないのは、、、

 以前の記事にも書いたが、米津玄師の歌に登場する人物はその関係性や性別、さらに暗喩なのかどうかもわかりにくいものが多い。

 例えば、”Lemon”の「あなた」は男か女か?主人公との関係は恋人か友達か家族か?そこに大きな余白を残したことで、あらゆる年齢・性別・立場の人の死を描くドラマに寄り添った。

 米津は歌詞に「(33248)」と言う単語を、”懺悔の街”で「女の人(133)」と1回使用しただけだ。「(17987)」は皆無である。あとは「少女(3280)」と「少年(3396)」を各3曲で使用している。

 いずれにしても、「男は○○、女は○○」と言うような性差を特定したり比較するような紋切り型の表現はしていない。また、ジェンダーの”こうあるべき”的な歌詞も一切ない。

 さらに、「彼女(5094)」「人間(4342)」「他人(4751)」「恋人(5701)」も使われていなかった。

 言うまでもなく「家族(2400)」はなかったが、「兄弟(772)」は”感電”と”Neighbourhood”の2曲で使用されている。しかし、どちらも家族としての兄弟のことではない。

 また、親は3曲に出てくるが、全て「パパ(2479)とママ(4765)」がセットである。嵐に提供した”カイト”での「(3539)/(5922)」も含め、母親と父親は単独では登場しない。

 「友・友達(14512)」は8曲と多いが「仲間(7375)」は1曲だけにしか使っていない。”死神”である。とんだお仲間だ。

スクリーンショット 2021-08-01 19.44.06

ごく限られた通信手段関連ワード

 古くは「ポケベル」、最近なら「LINE」とその時代を象徴する通信手段はヒット曲の歌詞にも採用されている。

 米津の場合は、上記はもちろん「電話*(7318)(*受話器は1曲で使用)」「着信(664)」「メール(2638)」「返信(271)」「既読(250)」「便り(925)」が1つもないが、いきなり「iPhone(168)」と具体的な商品名が”Moonlight”に登場している。

 また「手紙(4151)」は”vivi”で1回だけ使用されている。

 歌謡曲=流行歌と捉えれば、時代性のある歌詞もアリだが、長く歌い継がれる普遍性を鑑みればイマドキワードは微妙だ。すでに今の若い世代にとって「ダイヤルを回す」と言う歌詞は意味不明だろう。

「好き」って一回しか言っていない

 「好き」は実に4万曲以上で使用されている超頻出ワードであるが、米津が誰かに向けた「好き(43919)」を書いているのは、”あたしはゆうれい”1曲だけである。

(*「自分の好きなように生きて”シンデレラグレイ”」「好きなことが少なくなり”恋と病熱”」は他者への好意表現ではない。)

 ちなみに「愛してる・愛している・愛おしい」は10曲以上で使用されている。

 米津は「恋と愛は結構違う」と言っており、"PaleBlue"でも”Lemon”でも、普通に「愛していた」となりそうなところを、あえて「恋をしていた」と歌っている。

 恋とは「自分の半身を失ったような状態」だと喩えていたが、それが”Lemon”の「切り分けた果実の片方」と同義だとすると、米津が定義する恋は「苦しさ」であり「孤独の再認識」と言える。

では、米津にとっての「好き」とはなんなのか?

 「好き」にはどこか一方通行が許されるニュアンスがある。つまり、相手の気持ちや関係性に左右されず「好き」と言う想いだけは自分の中で完結できる。だが恋や愛には対面の相手に求めるもの・求められるものがドカっと居座っているような気がするのだ。

 ”好き・嫌い”は原始的な脳の奥にある扁桃体が生み出す感情で、虫でも持っている本能的なものだ。頭でっかちになりがちな人間のプリミティブな心が「好き」の正体だとすれば、ライブMCで連発している「愛してるよ」よりも「好きだよ」と言う囁きの方がずっと貴重かもしれない。

「扁桃体の奥を使え」って歌ってるしw
(*歌詞に「扁桃体」を使っているのは"ゴーゴー幽霊船"を含めわずか2曲!)

ネガティブ感情の定番ワードを使っていない

 怒り、悲しみ、寂しさ、虚しさなどネガティブな心の機微や言動を表現する言葉は多くの歌に見られる。米津の曲も然りだが、意外にも定番とも言える下記のワードを使用していない。

悩み・悩む(5431)」
裏切り・裏切る(3584)」
もがく・もがき(1406)」
焦る・焦り( 1668)」
焦燥は1曲)
羨む・羨まし(1449)」
嫉妬は1曲)
疼く・疼き(731)」

 注目したいのは「裏切り」である。「裏切り」を感じるのは「信じている」ことが大前提だ。

米津玄師は基本的に何も信じていない。信じているのは自分と音楽だけ。

音楽と自分以外何も信用したくなかった。(略)子供の頃から何にも信用したくないって言うのがすごく強い人間で、信じるって言う行為自体が本当に嫌だった。何も信用しないためにはどうしたらいいか?(略)オレが達した結論っていうのがみんなのことをある程度信用するって言う。
(2015年 尾崎世界観との対談より)

 「そしたら本当に死にかけたんですよ。空っぽで。」だから、バランスを崩してでも何かを猛烈に信用したりしなくちゃいけないのではないか.…と語っていた6年前。

 しかし、つい最近のインタビューでは結局何も変わっていなかった。

依存できるコミュニティーをいっぱい用意して、一つに絞らないようにする。みんなのことをちょっとずつ信用することで、誰も信用しなくて済むようになる。語弊があるかもしれないけど、そういう意識なんですよね。
(2021年 LINEインタビューより)

 信用していなければ、そこに「裏切り」と言う概念が生まれない。「裏切り」が歌にならないのもわかるような気がする。

 裏切りを恐れるのではなく、”どこにも属さず何にも囚われることなく自由でいたいから誰も信用しない”。その代償とも言える孤独を享受し、ポップソングを作り続けることで個としての自分を保っている。それは疑心暗鬼とか人間不信とは全く別物で、スタッフや音楽仲間たちとの心地よい距離感があってのことなのだろう。

 もうひとつ、米津は常にリスナーを裏切り続けている。予定調和やお約束を大胆にも鮮やかに裏切り続け、予測不能な果てなき道を歩み続けている。

唯一信じている自分の音楽を裏切らないために。


よろしかったら、スキ&シェア&フォローをよろしくお願いします!

巻末に「ありそうでなかった言葉」をリストアップました。ご興味のある方は是非ご覧ください。

*Twitter、noteからのシェアは大歓迎ですが、記事の無断転載はご遠慮ください。

*インスタグラムアカウント @puyotabi
*Twitterアカウント @puyoko29

*この連載は不定期です。他カテゴリーの記事を合間にアップすることもあります。

歌詞分析だけじゃない、米津玄師を深堀りした全記事掲載の濃厚マガジンはこちらです。↓

<ありそうでなかった言葉たち>
太字は筆者が特に意外だと思ったワード

・ネガティブワード
「無駄」
「誤解」
「偽り」
「恥」
「臆病」
「代償」
「狂気」
「矛盾」
「我儘」
「檻」
「欺く・欺き」
「嗚咽」
「過酷」
「悲惨」
「危うい・危うく・危険」
「しくじる・しくじり」
「襲う・襲われる・襲来」
「誤魔化す・誤魔化し」
「暴く・暴き」

・セクシーワード
「乱れる」
「淫ら」
「唇」
「ため息」
「寝顔」
「視線」
「仕草」
「惚れる」
「妖しい・妖しく」
「弄ぶ・弄び」
「魅力」
「魔性」
「堕ちる」
「口づけ」
「駆け引き」
「抱き合う・抱き合い」
「誘惑」
「ロマンス」
「恍惚」
「蜜」
「艶」
「惹かれる・惹く」


・一般ワード
「時計」
「一生」
「距離」
「カオス」

「疾走」
「繊細」
「襞(ヒダ)」
「庇う・庇い」
「可愛い・可愛らしい」
「舐める」
「神秘」
「鬼」
「湿度・湿り・湿気」
「陶酔」
「坩堝」
「うねる・うねり」
「浮遊」
「現実」
「理想」
「正義」
「覚醒」
「脳裏」
「鋭利」
「幼い」
「純粋・ピュア・無垢」
「宝・宝物」
「流星・流れ星・彗星」
「結晶」
「翻弄」
「咽ぶ・咽び」
「有頂天」
「調子」
「氷」
「肉」
「飛沫」
「シルエット」
「コラージュ」
「レベル」
「価値」
「大胆」
「怒涛」
「超絶」
「不器用」
「無防備」
「今宵」
「予感」
「思惑」
「幻想」
「折り合い」
「地続き」
「尊い・尊く」
「共鳴」

キリがないのでこの辺で。

その他<米津玄師が1度も歌詞に使っていない言葉>の記事はこちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?