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米津玄師が書いたドラマ主題歌の明暗

 米津玄師は2018年から毎年ドラマ主題歌を手掛けている。そのすべてがTBS系列だ。*フジ系 「パーフェクトワールド(’19)」の主題歌、菅田将暉の「まちがいさがし」は本記事では割愛する。

歴代最もヒットしたドラマ主題歌は?

 米津が書き下ろしたドラマ主題歌は「Lemon」「馬と鹿」「感電」「PaleBlue」の4曲。2位に甘んじた「感電」以外の3曲がビルボードジャパン総合チャートで1位を獲得ししている。

 特に「Lemon」は2年連続年間総合チャート1位という異例の大ヒット曲であり、リリース以降トップ100圏内を今なお更新中である。

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↑ビルボードジャパン総合チャートより

 歴代ドラマ主題歌で最も売れたのは、米米クラブ「君がいるだけで」の289.5万枚だ。この曲はフジ系列月曜21時枠、通称「月9」で、安田成美・中森明菜がW主演した「素顔のままで(’92)」の主題歌だった。

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 90年代を席巻した「月9」は、「101回目のプロポーズ」のチャゲ&アスカ「SAY YES」282.2万枚、「東京ラブストーリー」の小田和正「ラブストーリーは突然に」258.8万枚など、その主題歌も華々しいヒット曲に彩られ、多くの作品が最高視聴率30%を超えている。

 リアルタイム視聴が主流だった90年代と、見逃し配信がある今では世帯視聴率による比較は難しいが、「アンナチュラル」の平均視聴率は11.1%。同時期の1位だったTBS「99・9-刑事専門弁護士」の17.4%に水をあけられ6位にとどまった。

 それでも「Lemon」は、フィジカルとDLを合わせて350万セールスを超え、「君がいるだけで」の記録を塗り替えた。事実上の歴代ナンバー1ドラマ主題歌と言っても過言ではない。

ドラマ4作品と主題歌のシナジー効果

 ここで改めてドラマ4作品と主題歌がどのようなシナジーを生み出したのかを振り返ってみよう。個人的な好みに左右されないようドラマのクオリティに関してここでは言及しない。

 数値データ、市場背景、米津玄師がらみの情報発信などの客観的事実から分析していく。特に、多大な影響力がある米津本人の露出やコメント発信は重要だ。

 芸能界だけでなく政財界を含む日本のTwitterアカウントの中で、米津はリプ、いいね、RTなど、反響の指標となる平均エンゲージメント率が2位である。*但し、エンゲージメントにはネガティブな反響も含まれる

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↑日経エンターテイメント 2021年12月より

 つまり、米津のSNS発信による宣伝効果は絶大だということだ。本人も当然その影響力を認識しているはずだが、各作品に対するツイートにかなりの温度差がある点も興味深い。
*この記事では当該ドラマに対する米津のコメント、あるいは引用RTのみカウントし、単なるRTはカウントしていない。

2018年「アンナチュラル」TBS金曜22時
主題歌:Lemon

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主演:石原さとみ
平均世帯視聴率:11.1%
最高世帯視聴率:13.3%(最終話)
*関東リアルタイム(以下同)

2017/12/14 ライブMCにて主題歌書き下ろし発表
2018/01/12 ドラマスタート
2018/02/12 「Lemon」配信開始
2018/02/27 「Lemon」MV公開
2018/03/04 ラジオ出演(野木亜紀子との対談)
2018/03/14 「Lemon」リリース(シングル)
2018/03/16 ドラマ終了

 2018年1月当時、若年層などには既に人気だった米津も全国的にはまだブレイク前だった。初めてドラマ主題歌を担当した「アンナチュラル」にはかなり熱が入っていたようで、律儀にも放送日には毎回必ずツイート。

 告知のみならず「みんないいけど個人的には東海林さんが好き」とか「どんどん物語が深くなっていきますね。来週も楽しみだ。」などの感想を交え、全10話のドラマに対し17回もツイート。その多くがドラマ公式Twitterの引用R Tで、”#アンナチュラル”もきっちり11回つけている。

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 最終回には自らが描いた主要キャストの似顔絵とともに心のこもったコメントを寄せている。後日、この原画はTBSに贈呈されたそうだ。

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 Twitterだけではない。制作チームに宛てた直筆のメッセージからも意気込みが伝わってくる。

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 また、脚本の野木亜紀子とのラジオ対談でドラマやLemonについて大いに語り、ギリギリまでサビを修正していたことも打ち明けている。

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 3話の予告編には修正前の「Lemon」がそのまま使用されているが、”私の光”のメロディーが完パケとは異なる。ほんの少しの変化でまるで印象が違うから驚きだ。

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*修正前は”では帰れない”と”私の光”のメロディが同じ。

 こうして、こだわり抜いた「Lemon」は「アンナチュラル」の劇中、ここぞ!というタイミングで流れ、その反響はドラマ共々、一般視聴者のSNSから評論家、メディアまで、多方面から高い評価を受けた。

 結果として「アンナチュラル」は9つの賞で延べ25部門のアワードを受賞。「Lemon」も東京ドラマアウォード主題歌賞とザテレビジョンドラマアカデミー賞ドラマソング賞を獲得した。

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「Lemon」が打ち立てた驚異的な記録は枚挙にいとまがない。ドラマ終了後4年近く経った今もMVは1日約20万回再生されている。

 まさにドラマと主題歌が理想的な相乗効果を生んだ成功例だ。


2019年「ノーサイドゲーム」TBS日曜21:00
主題歌:馬と鹿

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主演:大泉洋
平均世帯視聴率:12.0%
最高世帯視聴率:13.8%(最終話)

2019/07/07 ドラマスタート
2019/09/03 MV公開
2019/09/11 リリース(シングル)
      Yahoo!特集(大泉洋との対談)
2019/09/15 ドラマ終了

 TBS日曜劇場の池井戸潤原作ドラマと言えば、最高視聴率42.2%を叩き出した「半沢直樹」を始め、「陸王」「下町ロケット」などの人気作が並ぶ。

 その中で、「ノーサイドゲーム」は木村拓哉主演の「グランメゾン東京」を次クールに控え、”低予算でキャストも地味な捨てドラマ扱いだった”というネット記事もある。

 しかし、蓋を開けてみれば「グランメゾン東京」の全話平均視聴率12.9%に対し、ノーサイドゲーム は12.0%と大健闘した。米津が手掛けたドラマの中ではトップの数字である。

 賞も4つ(3アワード4部門)獲得しており、「馬と鹿」も「Lemon」と同じくザテレビジョンドラマアカデミー賞ドラマソング賞を受賞した。

これには2つの追い風がある。

 ひとつは「Lemon」以降「Flamingo」「まちがいさがし(菅田将暉)」「海の幽霊」が立て続けにヒットし飛ぶ鳥を落とす勢いの米津が、主題歌を書き下ろしたことだ。

 予告もなく第1話の劇中でいきなり「馬と鹿」が流れるというサプライズに、”#ノーサイド・ゲーム”が一躍Twitterトレンド1位となるほどの話題をさらった。

 しかしながら、米津からのSNS発信は「アンナチュラル」に比べて消極的だ。初回こそしっかりとコメントしたものの、全10話中、3話分はスルー。しかも、所属事務所が投稿した告知の引用RTに申し訳程度のコメントを付けているだけだ。

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 だが、9月11日配信のYahoo!特集にて主演の大泉洋と対談をしており、ドラマと主題歌についても熱く語っている。

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スポーツの美しさと、大泉さん演じる君嶋の役をかけ合わせながらイメージを広げていきました。1話の脚本を読ませてもらったんですけど、自分は社会人になったことも、左遷されたこともない。何を取っ掛かりにすれば良いのか悩んだんですけど、ラグビーの試合を見たら、それがめちゃくちゃ美しくて。(Yahoo!特集より)

 そして、もうひとつは9月20日〜11月2日に日本で開催されたラグビーW杯の盛り上がりだ。とは言え、ドラマ自体は9月15日に終了しており、日本チーム快進撃の恩恵を十分受けたとは言い難い。

 日本中を熱狂させたこのビッグウェーブに乗ったのは「馬と鹿」の方だった。この曲がビルボードジャパン総合チャートで1位となったのはドラマ終了直後。そしてW杯期間中ずっとベスト10圏内をキープした。

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↑ビルボードジャパン総合チャートより

 「馬と鹿」はドラマの主題歌だったはずなのに、図らずもラグビーのイメージソングのように扱われた。試合後のスタジアムやスポーツニュースで何度も流れる”激闘を称えるような歌声”はこみ上げる感動を倍増させた。

 日本戦の視聴率はドラマを遥かに上回り、紅白歌合戦さえも凌駕する数字に達した。

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 米津自身もラグビーW杯を楽しんでいたようで、準々決勝の日本vs南アフリカ戦後にこんなツイートをしている。

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 「馬と鹿」はフィジカルとDLの合算で150万セールスを突破。前述で”図らずも”と書いたが、もしかしたら、クレバーな米津はここまで計算済みで「馬と鹿」を書き上げたのかもしれない。 


2020年「MIU404」TBS金曜22:00
主題歌:感電

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主演:綾野剛・星野源
平均世帯視聴率:11.9%
最高世帯視聴率:14.5%(最終話)

2020/03/16 主題歌書き下ろし発表
2020/06/26 ドラマスタート
2020/07/06 「感電」配信開始
2020/07/10 MV公開
2020/08/06 「感電」リリース(アルバム内)
2020/08/08  テレビ出演
      「MIU404」綾野剛×星野源×米津玄師スペシャルトーク
2020/08/23 ラジオ出演(野木亜紀子との対談)
2020/09/04 ドラマ終了

 2020年は未曾有のパンデミックに襲われ本来4月予定だった「MIU404」のスタートは6月にずれ込んだ。そのためか、3月には米津が主題歌を書き下ろすことが既に発表されていた。

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 このドラマはアンナチュラルと制作陣が同じである上に、米津と親しい星野源、綾野剛、菅田将暉が出演している。それ故、米津自身もチームの1員として楽しんでいる雰囲気が伝わってくる。

アンナチュラルの制作チームとまたご一緒させて頂けることがとても嬉しいです。ドラマのコンセプトと脚本を読ませていただき、受け取ったものがいくつもありました。自分が今暮らしている境遇と、ドラマの彼らが巻き込まれて行く物語に共通する部分をそのまま音楽にしました。
どんなふうにドラマと一緒になるのか楽しみです。
どうかよろしくお願いします。(米津玄師のコメント全文)

 Twitter発信は5話と7話をスルーしているものの全11話に対して13回ツイート。ほとんどが番組公式アカウントの引用RTである。

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 また、約3年ぶりとなるニューアルバム発売と時期が重なることもあり、米津の動きもかなり活発だった。主演の2人とのテレビ対談に出演したり、脚本の野木亜紀子とは再びラジオで語り合った。

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 星野源や菅田将暉のANNにもゲスト出演。ドラマの現場に出向き「ポリ丸」の絵とともに置き手紙を残したエピソードなどが語られた。

 こうした蜜月の成果として「MIU404」は最終回で視聴率14.5%に達し有終の美を飾った。さらに多くの賞(7アワード10部門)に輝き、「感電」はザテレビジョンドラマアカデミー賞ドラマソング賞をまたしても受賞した。

 また「感電」は、12月にAppleMusicのCMにも採用されたことで話題が継続し、約1年半に渡ってトップ100にほぼチャートインし続けた。

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 ドラマを引き立て、且つ自らの楽曲も抜かりなく大ヒットさせる力量は天晴である。

2021年「リコカツ」TBS金曜22:00
主題歌:PaleBlue

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主演:北川景子・永山瑛太
平均世帯視聴率:9.1%
最高世帯視聴率:9.7%(1話・8話)

2021/03/25 主題歌書き下ろし発表
2021/04/16 ドラマスタート
2021/06/04 MV公開(第8話)
2021/06/16 リリース(シングル)
2021/06/18 ドラマ終了

 2021年4月期のドラマ「リコカツ 」の主題歌が「PaleBlue」だと発表された日、番組の公式サイトには米津のこんなコメントが掲載された。

主題歌を担当させて頂きました。「Pale Blue」という曲です。
離婚から始まる恋というコンセプトの中で、久しぶりにラブソングを作りました。どういうふうに響いていくのか、今からドラマの放送が楽しみです。よろしくお願いします。

 しかし、その後はなかなかの塩対応だった。Twitter告知は4話分をRTのみでスルー。全10話に対しツイート数は7回と過去3作の中で一番少ない。

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 さらに、出演者や主要スタッフとの対談なども一切なかった上に、「リコカツ 」DVD発売記念に赤坂サカスで行われたPale Blueイルミネーションについては一切反応しなかった。

 米津からのプッシュが少なかったせいではないだろうが、「リコカツ 」は全話で視聴率は10%に届かず、10話平均で9.1%だった。

 ただし、見逃し配信の再生数が多くTver歴代1位の1979万回を記録している。ちなみに2位は星野原が主題曲を手掛けた「着飾る恋には理由があって」の1866万回。

 最高視聴率は初回と8話の9.7%。初回に「PaleBlue」が初めて流れ、8話終了後にはMVが公開された。

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 過去3作はいずれも最終回に最高視聴率を記録しているが、「リコカツ 」は「PaleBlue」MV公開後また数字を下げている。主題歌目当ての視聴者が離脱したのかもしれない。

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 また、受賞は永山瑛太がザテレビジョンドラマアカデミー賞の助演男優賞をとっただけだ。3作続けて同アワードのドラマソング賞を獲得してきた米津は初めてこの賞を逃した。

 「PaleBlue」は初速こそよかったものの、わずか19週でトップ100から陥落し、その後浮上の気配がない。歌唱が難しくカラオケ人気が低い(トップ100圏内は4週・最高70位)のと、ラジオO.Aが少ない(トップ100圏内は7週のみ)ことが一因かもしれない。

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 また、セールスも現時点でフィジカルはプラチナ認定(25万以上50万枚未満)。DLはゴールド(10万以上25万未満)。合算で35万〜75万の間ということになる。(日本レコード協会より)

 米津のMVが1億再生到達までにかかった日数では、ドラマ主題歌が見事にトップ3を占めているが、「PaleBlue」は公開から227日経過した今でも5000万回にも達していない。直近5ヶ月の1日平均再生回数から単純計算しても1億回再生にはまだ2年近くかかりそうだ。

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  とは言え、一般的に見れば「リコカツ 」も人気ドラマではあるし、「PaleBlue」も立派なヒット曲だ。ただ、「米津玄師のドラマ主題歌に死角なし!」と言う絶対的な大ヒット神話がほんの少し揺らいだような気がする。上がり切ったハードルを超える作品選びは難しい。

 2022年も米津はドラマ主題歌を手掛けるのだろうか?それはまたしてもTBSか?それとも、地上波を卒業し、Netflixなどグローバルなメディアでの展開か?はたまた「海獣の子供」以来の劇場版映画か?

 いずれにせよ、今年も何らかのタイアップ曲はリリースされるだろう。その作品と今の米津の中間に打たれるピンから、どんな名曲が生み出されるのか今から楽しみである。

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