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「継続は力なり」という言葉は好きですか?

noteを始めて2年になったみたいだ。

毎日投稿するほどの熱量はないけれど、週イチくらいのペースで何かしら書き続けられているというのは、良いことだなと思う。

2年間細々とnoteを書いていない世界線の自分がどうなっていたのかなんて知る由も無いけれど、先日も600字の文書のたたき台をサクッと作成出来たり、体感的に文章を速く書けるようになったような気はしている。


最近読んだプロゲーマーのウメハラさんの本や、最近観たアニメの16bitセンセーションで語られていた、「人間が生みだす熱量の力」の話に共感するように、自分は効率重視の思考よりも、時間をかけて何か1つのことに打ち込む姿勢を良しとする考えが、正しいと思っている人間だったりする。

熱量を持って打ち込める何かを見つけ、それに打ち込み、その結果、後世に何かを残す。

そんな生き方が正しいと思っているし、自分もしたいと思っている。


が、思っていることと、やっていることが一致するとは限らない。


散漫な性格のせいもあって、自分は1つのことに打ち込むのが苦手だ。

やっている1つ1つのことに熱量を持っていない訳ではないが、人間に与えられた時間は有限なわけで、やることが増えれば増えるほど熱量が分散してしまっているような、そんな気分になってくる。

そして、自分よりも熱量(時間)をかけてやっている人間を見て、自分はそのレベルにはいけないな~っとかそんなことを思って、その分野で自分が何かを成し遂げることは無いのだろうなと悟る。

振り返ってみると、自分の人生はそんな感じで30数年を過ぎてしまった。


何だか人生の後悔を書き綴っているみたいになってきたが、特にそんな自分の人生に後悔をしている訳ではない。


文書作成が速くなったのを、2年間細々とnoteを書いたおかげだと思っているように、これまで楽しんできた色々なことは、思いがけず自分の身になっていると思っている。

ということで、1つのことに打ち込めない自分の特性は、どう転んでもそういうものでしか無い訳で、それはそれとして、どこかしら何かしらに爪痕くらいは残して人生を終えたいものだなと思いながら、3年目も週イチペースのnote更新は継続したいと思うのでした。



、、、本当は、一昨年はアフリカンゴールドの単勝が買えなくて涙し、去年は勝てなくなったエフフォーリアの姿に涙した、そんな京都記念の季節がまた来たという話を書こうと思っていたのだけれども、話が脱線しすぎて書く隙が無かったので最後に記しておきます。

「継続は力なり」ということで、今年の京都記念こそは気持ちよく終えられるに違いない。


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