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作家になりたかった私へ

9歳の私へ

「20年を経て、今のあなたは小説集と、小説のような膨らみのあるエッセイ集をつくっています」

 そう言ったら、驚くでしょうか。やっぱりそうかと思うでしょうか。

 でもね、あなたが思っているのとは、ちょっと違うかもしれません。

 まず、「小説集」のほうは、内容がきっと想像しているものと違うでしょう。読んだこともない雰囲気なんじゃないかな。私自身、正直いまでも少し驚いているんですよ。自分が恋やなんやのお話をつくることに携わっていくとは、思っていなかった。
 でも、まだあなたが興味を抱いていない恋愛模様や恋心には、人間がいっぱいつまっています。そして「恋愛モノ」と思い込んでいる色眼鏡を外してみると、そこにはそんなひと言では片付けられない文学の世界が広がっているんです。
 それは小学生では分からないだろうし、分かっちゃう小学生はそれはそれでなんだか怖いから、今は「知らない世界や分野があるんだなぁ」くらいに思っていてください。
 なんて偉そうに書いているけれど、私も「稲田万里」という作家に出会うまでは、それを理解していなかった気がします。今も、理解しているのかと言われると、ちょっと口籠っちゃう。だけど彼女のことばは、それを飛び越えて捉えて離さない鋭さがあります。20年後、出会えば分かるよ。
 あ、それから恋・恋愛と書いているけれど、それ以外のお話——仕事の人間関係や家族——もたくさんあります。

「エッセイ集」のほうは、今あなたが好んで読んでいる本にも通ずるものがあるかもしれませんね。でも、やっぱり違うんですよ。自分が訪れたことのある国の話でも、才能のある人が切り取れば、風景が、時間の流れが変わる。
 あなたがこれから出会う「田所敦嗣」という紀行作家は、気のいい頼れるお兄さんみたいな人です。普通に話していたら、本当にただの優しいお兄さん。だけど一度文章を書くと、ああ違うんだな、こんなふうに世界や人とのつながりが見えているんだなと、私が見ているのとは異なる景色を伝えてくれる人です。

 ……って今言っても「?」だと思うから、20年後を楽しみにしていてください。

 2つ目の「違う」は、「作家」ではないことです。
 あなたはまだ、小説やエッセイは作家が一人でつくっていると思っているでしょう。でも、少なくとも「本」になるものは、もっといろんな人が関わって世に出ています。お話をつくる方法は、「作家になる」の一つではないのです。
 表紙や本文のレイアウトをデザインしてくれる人がいる。印刷して本にしてくれる人がいる。本屋さんもいる。本当はもっといろんな人が関わるんだけど、とにかく一人ではつくれないんです。
 その中の一つに、本づくりのスタートから作家さんと一緒に話し合って進めていき、いろんな人たちと連携をとる「編集」というお仕事があります。あなたは今、その「編集」を担当しています。編集として、作家さんと共に「小説集とエッセイ集をつくっている」のです。

 最初に作家になりたいと思った「自分の頭の中にある好きな世界を具現化する」とは、ちょっと違うかもしれない。小説もエッセイも、本づくりはそれよりもっと大変で、不自由かもしれません。でも、天才にはなれない凡人一人の頭の中なんて想像の範囲内に止まってしまって、意外とつまらないモノなんですよ。
 自分とは違う、その人だけの世界を持っている。そんな人に、そのうち出会います。そして、その原石をいろんな人と一緒に磨き上げていくことで、一人では飛び立てないところまで舞い上がっていく。そういう本当の自由をきっと知れるから、この先を楽しみにしていてくださいね。

 どうやって編集として本づくりに携わるようになったのかは、実は私にも分かりません。そこだけを目指してまっすぐに進んできたわけではないからです。人に話すときには「ご縁、としか言えないですね」と言っています。
 だけど、心の底のほうでは、なるべくしてなったんだろうなと思っています。好きな漫画の登場人物のセリフに「この世に偶然なんてないわ。あるのは、必然だけ。」という言葉があるのですが、その通りだと思うのです。

小説が好きだったこと。本が好きだったこと。
就活でうまくいかなかったこと。
旅行業でお客様の立場への想像力が養われたこと。
「バトンズ・ライティング・カレッジ」に通ったこと。
会社が「やりたいことなら挑戦して」と言ってくれたこと。
「任せよう」と言ってくれる人と出会えたこと。

 全部、全部つながっています。だから、焦らなくても諦めなくても大丈夫。反対に、一生懸命に一箇所を目指して視野を狭めてしまわなくても大丈夫です。ただ一つずつ、一つずつ、目の前のことに取り組んでいたら、流されるようにしてたどり着くから。安心してください。

 ああ、そうですね、ここに来られた理由が一つだけあるとすれば、「コツコツ、自分なりに目の前のことに一つずつ取り組んできた」ことかもしれません。そしてそれは必ず、どこからか誰かが見ていてくれています。
 だからこれからも、「これは先につながるのかな?」とかあまり考えすぎずに、目の前のことに一つずつ向き合っていってください。悔しいことも逃げたくなることもあるかもしれないけれど、腐ることなく、ひと休みしたらまた立ち上がって、一歩ずつ進んでください。

 そうしたら20年後、きっと想像しているよりもっと楽しくワクワクする未来が待っているから。

30歳のあなたより

追伸:そういえば、ママに「なんで作家になりたいの?」と聞かれたとき、「家でできる仕事だから」と答えたことがありました。それに納得されてしまうほど、外食より家のご飯が好きでお布団・おうち大好きっ子だった私。2022年の世界では、「リモートワーク」といって、自宅で仕事ができる仕組みを取り入れている会社が増えています。家で仕事をしたいだけなら、作家以外の選択肢もいっぱい。でもねー、やっぱり人と一緒に進めていくって楽しいから、おうちで仕事するのも良し悪しですよ。

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