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恵文社一乗寺店にいってきた。

恵文社は、京都の本好き界隈で知らない人はいないくらい有名な本屋さんだ。なぜそんなに有名なのかと言うと、とにかく本棚が美しいからのひとことに尽きる。

恵文社は「本にまつわるあれこれのセレクトショップ」です。「とにかく新しい本」を紹介するのではなく、一冊一冊スタッフが納得いくものを紹介したい。ただ機能的に本を棚に並べるのではなく、思わぬ出合いにぶつかるような提案をしたい。表紙の美しい本はきれいに飾り、眺めて楽しんでいただきたい。(恵文社一乗寺点HP)

恵文社の棚は、ざっくりとしたジャンルで本が分けられている。例えば、このお店にも漫画コーナーはあるのだけれど、「月に吠えらんねえ」という清家雪子の漫画は、日本近現代詩の棚にあった。近代詩の擬人化漫画だからだろう。同じ映画関連の書籍でも、ふつうの映画・演劇の棚ではなく、広告デザインの棚に配置されているものや、写真の棚に置かれているものもあった。何が言いたいかと言うと、全体的に本屋さんの主観が大きく本棚に反映されている、ということだ。

本好きの人ならば必ず分かってもらえると思うけれど、本読みの書棚にはその人の個性がそのまま出る。もし僕の本棚を見てもらえれば「あ、この人は日本近現代文学と青年マンガとをごっちゃに読むんだな。それで新海誠とBUMPが好き」とすぐわかると思う。同じように、恵文社の書棚は「この本は本当はあっちに置くものなんだけど、むしろこっちのジャンルの勉強になったなぁ」とか、「この本とか読んでいてすごく気持ちよかったよ」「この本は何より表紙だよ」とかが、なんとなく伝わってくるのだ。本棚を見ていると本屋さんと会話しているような気分になれる。

そして、そのアドバイスもたぶんとても的確だ。

例えば僕は、暇なときにふつうの書店(TUTAYAとかジュンク堂とか)に行くと、とりあえず一通り興味のありそうなジャンルの棚は一周して見てまわったりする。そうやって三十分以上かけて見回って、その時点まで今までノーマークで、表紙やタイトルだけで買おうか悩むくらいまで行く本というのは、意外となかったりする。せいぜい、2~3冊とか、そのくらいだ。それが、恵文社では大袈裟じゃなくひとつの本棚につき2~3冊くらいの勢いで見つかる。演劇・映画の棚では、僕でも知ってるようなハウツーの名著・有名作が多かったから、たぶん他のジャンルでもそうやって、その分野のバリュータイトルが集まっているのだと思う。良い本は雰囲気でわかるものだ。

何より、その空間にいて僕が感じたのは、あえて言うならこういうことだった。

「本屋を愛するとき、本屋もまたこちらを愛するのだ。」

安心感があるというのか。ここの本棚たちは、心を開いて待ってくれている。

これはもしかしたら偏見なのかもしれないけれど、本好きな人は、あるいは少なくとも僕は、という書き方の方がいいかもしれない、本を読むというある種の現実逃避に、うしろめたさを感じることがある。見えない他人の目を気にしてしまって身体がこわばってしまう。いつでも心の片隅でびくびくしながら、それでも本を選んでいるというような感覚がある気がする。それを、このお店ではちっとも感じなかったのは、たぶん、そういう気持ちがお店の側にあるからだ。

ミヒャエル・エンデの『モモ』といったファンタジーや少女小説の棚のあたりに、一本の鉄骨があった。ちょうど建物の中心にあたる位置なので、たぶん構造上取り除けない柱なのだと思う。その鉄骨の無骨な形に、木目ふうの彩色が施されていた。たぶんペンキで、手作業で丁寧に木目みたいに塗られたようだった。本当に気づいたのも偶然で何気ないのだけれど、こういう世界観を崩さない演出の上に、この本屋さんの心みたいなものを見ることができた気がする。

ずいぶん悩んだ末に僕が選んだのは『青の物語(Une Histoire de Bleu)』というジャン=ミッシェル・モルポワの詩集だった。フランス文学の棚の隅っこにあって、美しい装丁が施されていた。ぱっとページを捲る。

じつを言えば、青は色ではない。むしろ印象であり、雰囲気であり、空気の特別な響きである。積み重なった透明さ、空虚に加えられた空虚から生まれ、空でのように人間の頭の中でも変わりやすいニュアンスである。

はっきり言って高かった(2500円+税)。でも、こういう出会いをこそ大切にしなければと思うように僕はなっていた。いま、とりあえず一章まで、口に出して読んでいる。さざ波を聞くような気分になった。


本屋さんではずっと立ちっぱなしなので、じきに座りたくなる。帰りには叡山電鉄一乗寺駅のそばのカフェに入った。「Anone cafe」という名の通りの、かわいらしいカフェだった。手作り雑貨屋さんも兼ねているようで、同行の子も喜んでいたようでよかった。コーヒーは深い味で、チーズケーキは柔らかくて美味しかった。



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