初恋 第2話
僕が七歳の夏休みに、家族でアフリカへ旅行をすることになった。ラストは七十七歳でまだ大学の客員教授をしていた。そして旅行の後、スイスで催される学会に行く予定だった。
僕は、まだ一ヶ月も前だというのに居ても立っても居られない程興奮していた。アフリカ旅行! なんて素晴らしい企みだろう。野生の動物を間近に見られるのだ! 焼けた太陽、風に靡く草原、そして猛獣達の咆哮。一日経つごとに僕のテンションは上がっていった。そして、とうとう出発の日になった。
空港ロビーで飛行機の離発着を案内するメロディーと女声のアナウンス——エンジンの爆音——行き交うスーツケース——延々と続くムービングウォーク——目にするもの耳にするもの全てが僕にとって新鮮だった。搭乗ゲートでチケットを見せると係の女性は微笑んだ。自分がちょっとだけ大人になった気がした。
「ねえ」
僕が父にねだる前に、彼はすでに手配を整えていた。僕は窓側の席をもらって分厚いガラスの窓の外の景色に見とれた。太陽が眩しい。
「どうだい。いいだろう。楽しみはこれからだよ。」
父の声に振り向こうとした僕は少しだけ違和感を覚えた。なぜか声が窓の外から聞こえたような気がしたからだ。隣の席に父は座っていた、しかしもう一度窓を見ると、そこには猫の顔が写っていた。
「父さん、外に猫がいるよ」
「本当かい?」
父は尋ねたが顔は笑っていた。僕の言うことを信じていないふうだった。
「ほら、見て!」
僕が指差した窓ガラスには、うっすらと父の顔が写っていただけだった。
「あなた、昨日寝てないのじゃない?」
母が通路側の席から呆れた顔で言った。その時、誰かが後ろの席からミャオーと叫んだから、たちまち、僕達の周りはくすくす笑う声が広がった。
僕は頬が紅潮した。
「本当だってば!」
僕は苛立った声で立ち上がりかけた。
「僕、シートベルトを閉めてね」
スチュワーデスの微笑みを受けて僕の主張は威力を失った。確かに母の言う通り、僕は昨日全く眠れなかったのだった。旅行のことをあれこれと想像しだすと、もう数えるはずの羊の方が先に眠ってしまった。
「動物で頭がいっぱいだったから入りきれなくなったやつが飛び出してきたのさ」
と言う父の囁きに
「まさか!」
と欠伸をしながら答えたものの、それから僕の頭は雲の上をフワフワ飛んでいるような眠りに邪魔されてしばらく真空状態になった。目覚めたら、もうアフリカの上空だった。それでも海や空の青のグラデーションは僕の眠気を覚ますのに十分な色彩を見せてくれたし、降り立った空港でいきなり真夏の気候にズボリと放り込まれて汗が止まらなくなったから、驚く話には事欠かなかった。
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