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初恋 第16話

 一つだけ、変な出来事が有った。飛行機墜落事故の二日後、白い乗用車が家の前に泊まった。灰色のスーツを着た三人の男が、玄関のベルを押した。母が出ると、彼らは父の友人だと名乗った。
「大学の方?」
「ええ、実はちょっとお話ししたいことが……」

 彼らは応接間に入ると、ルイスが進めるソファーには一人だけ座り、残りの二人は別々の椅子に分かれて座った。変だなと僕は思った。
「ラスト氏はあなたと空港で別れる前に、あなたに何か預けませんでしたか?」
「いいえ」
「重要なことをあなたに何か話しませんでした?」
「いいえ。あのう、重要な事って何です?」

「あなた方は——」
 ソファーの男は僕をちらっと僕を見ながら、
「サファリのツアーにお出かけになった」
「ええ、他の方も一緒に」
「その時、何かご主人にいつもと違うところは無かった?」
「いいえ、別に。あの、一体これは何です? 何を調べていらっしゃるの?」
「ご主人の研究で、私たちに伝えたいと言われた重要なメモが有るらしいのです。それについて何かご存知かどうか?」
「いいえ、仕事の話は、彼は一切しませんでしたから」
「少しだけ彼の部屋を見せていただけませんか?」

 母はまだ状況がよく飲み込めていなかった。僕もそうだった。彼らは大学の先生という雰囲気じゃない。もっと別の世界の人間のように見えた。二人の男は母と共に二階に上がっていった。僕もついてゆこうとすると、三人目の男が、僕の袖を引っ張った。

「ジェッド君。君にもちょっと聞きたいことがあるのだよ」
 男は少し微笑んだが、目つきは鋭くて笑っていなかった。僕は緊張した。どこかで同じような印象を受けた記憶があったが思い出せない。

「ホテルでは、君は大変な目にあったらしいね」
 いきなり男は僕の嫌な記憶を思い出させた。僕の脳みそは猛スピードで回転し出した。コードレッド。緊急事態。そんな話をするということは、彼らがあの事件を知っているということだ。でも、父はホテルの支配人と相談して、それを表沙汰にしないと決めたはず。僕はどう答えようか迷った。まだ父が失踪して間もない頃で、平常心に戻っていない僕は混乱しかけた。

しかし、父が以前、僕に言って聞かせた、
「分からなくなったら、オールクリヤーボタンを押せ」
と言う言葉を思い出した。僕はもう涙を浮かべていた。これは本心からだ、
「おじさん、僕何も思い出せないんだよ。怖くて」
ただそれだけ言って泣きかけた。すると、本当に涙が溢れてきたので、
男は微笑んで僕の肩に手をポンと置いた。
「そうかい。ごめんよ。嫌なこと聞いちゃったかな」

暫くして母と後の二人が二階から降りてきた。二人の男はソファーの男に向けて首を横に振った。期待外れだったのか? 急に僕はキンキンと頭が痛くなった。誰かが僕に呼びかけているような声が聞こえたから。それは地の果てからとても高音で僕の耳を責め立てた。
「ジェッド! ジェッド! 聞こえるかい?」

それはホテルのあの誘拐の始まりのような声だった。油断しかけた僕が再び罠に落ちる予感がして僕はその呼びかけに反応しなかった。

泣き顔の僕に母が駆け寄って、僕に質問した男に、
「まあ、どうしたの、一体? あなた、うちの子供に何かしたの? これ以上お話になりたいなら——」
 母が感情を露わにしたので、三人の男達は無礼を詫び、そのまま帰っていった。
僕は母に助けられたのだ。でも不安だった。彼らは一体何を探していたのだろう? 見つかるまで諦めないんじゃないかと僕は思った。
 
 一ヶ月ほど経った頃、小包が届いた。それは父からだった。父はナイロビのホテルのショップで土産を物色していた。箱を開けると槍と盾を持った原住民の木彫りの人形。あとはダチョウの雛の剥製。それは卵から頭を出した状態のまま。そしてシマウマの革の太鼓だった。父はこっそりと僕達を驚かそうとしたのに違いなかった。僕と母は感無量になった。

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