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自然教室

自然教室の朝、7時に集まって朝礼を行った。体育館の三分の一ほどのホール。すぐそばの森の遠く深くから、かすかに聞こえる鳥の鳴き声。暖かくも眩しい木漏れ日が、ホールの床に反射してきらきらと発光する。正面に向かって両側、一面に広がる窓は全て開け放たれ、新鮮で軽い空気になんとか意識を起こされながら、生徒たちがのそのそと自分の席に着く。いつも同じ制服のみんなの、見慣れない私服姿。先生たちもいつもとは違って、そんなことにも心がふわふわと心地良く踊る。人数分きっちり並べられたパイプ椅子に名前順に座り、揃ったかと思われた空間に遅刻気味の生徒の駆け足が響く。壇上から、コホン、と戒めるように咳払いをした教頭先生。揃ったか、というように生徒を見渡し、一拍置いて厳格な声が空気を割るようにまっすぐ、ゆっくりと諭すように校訓を唱和する。柔らかでまどろんだ空間に、いつも怖い教頭先生の声は変に合っていて、凛としつつも口調はゆったりで、なんだか心地が良くておかしかった。学年主任、私服地味だね。斉藤先生、ピンクのTシャツだったよ。コソコソ話の元気があるのは数人で、ほとんどの生徒は、そして何人かの先生たちも、非日常の静謐な時間の中で、夢と現実の間を掴めずにうつらうつらしている。教育実習の若い先生も、生徒に混じって後ろの席で夢の世界を彷徨う。今日は生徒と見分けがつかないその姿を、頭に白が混じり始めた担当の先生が眉間に皺を寄せて眺めている。
開け放った窓から正真正銘、自然の風がホールを駆け抜ける。本能のままに夢から引き戻された何人かが、さらりと頬を髪を撫でる軽やかさに無意識に目を細める。すぐそばの森で、大量の葉と葉が擦れて大きなひとつの音になる。斜め後ろから差し込む朝日が時間の経過を曖昧にしていた。きらきらして見えた、森と風とまばゆい朝日。早朝の澄んだ空気感と、世界にたった一人になったかのような静けさ。早起きに慣れていない気だるい体にも染み渡る、地球に生を受けた実感。中学生にはまだ言語化できないその感覚。間違いなくあの瞬間は、迷いと不安と根拠のない安心感が入り混じる1人の中学生の、人間の根幹の形成に大きな影響を与えた。すうっと息を吸い込むと、まだ眠たくて力の抜けきった体が心地いい倦怠感に包まれる。教頭先生の講和がだんだん遠くに離れていくように感じる。浮遊感に包まれて、自然と一体化するような。見えない無垢と希望でいっぱいだった頭の中で、命を受けた瞬間を思い出した気がした。

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