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【ぼっち・ざ・ろっく】喜多 郁代 サイドストーリー『星座になりたい』

前 説

「ぼっち・ざ・ろっく最終回ライブの喜多ちゃんソロはアドリブである」説が主流みたいですが、私は以前書いた通り「良いソロは事前に練習した物である」という師匠の教えを支持しているので、あれは喜多ちゃんがぼっちちゃんの知らないうちに練習していたという仮説を立てています。
で、きっとこんな経緯だったんじゃないかな?という番外編的エピソードが脳内で生成されたのでせっかくなのでネットに出力しようかと思い書きました。
よろしければご一読くださいませ。

ライブ前日譚

「りょう先輩、バイトの後、私のギター練習見て貰えませんか?」
「ぼっちに見て貰ってるじゃん」
「後藤さん自分の練習あるし、もっと練習して変わりたいんです、私も」
「だってさ、付き合ってあげたら?」
「…レッスン料、高いよ?」
「はいっ!」

私、喜多郁代は「結束バンド」のギターヴォーカル、全員経験者のメンバーの中にひとりだけほぼ未経験で飛び込んで約半年。
コードも知らなかった私に1から丁寧に教えてくれた後藤さんや優しく許容してくれるメンバーのおかげで「歌いながらギターを弾く」事がやっと苦では無くなった気がします。
だけどそれも、私の負担を軽くする為に出来るだけ簡単なコード進行にアレンジしてくれるメンバーの気づかいあっての話で、普通のバンドだったらとっくに追い出されてる。
他のメンバーから気をつかわれるのではなく、頼りにされる立場になりたいんです。
後藤さんみたいに。

「そういえば今日ぼっちちゃん一緒じゃないの?」
「…はい、後藤さん今日補習で」
「あぁ…」

後藤さんに教えて貰ってる時に一体どうやったらそんな事になるのか理解に苦しむ弾き方をサラッと目の前で見せてくれる事があって、どうしたら出来るのか聞いたら丁寧に教えてくれるし「練習したら喜多さんも出来ますよ」って言ってくれるのだけど、私にはどれくらいの時間をかけたら出来る様になるのか見当も付かないし出来る気もしない。
ネットで調べたら、プロの人でさえ目一杯気合い入れて弾いてたり、演奏動画をドヤ顔で公開してたりしてて、おおよそ尋常じゃないテクニックなんだろうなって私でも思える様な演奏技術をいくつも会得してて、それを当たり前みたいに弾いて見せてくれる。
慢心してる様子なんて皆無だしむしろ他人の前で見せる事を躊躇してる。

私はとんでもない人にギター教わってるんじゃないのかしら?と思う様になったのは最近。
以前は「後藤さんみたいに上手くなりたい!」なんて軽口叩いてたけれど、今はそんな事怖くて言えない。
この人は学校の用具置き場で私の目の前だけで超絶テクを見せるギタリストで終わっちゃいけない。
もっとたくさんの、私なんかよりちゃんと評価してくれる人達の前で弾かなきゃダメ。
その為には「結束バンド」が人気出ないとダメだし、それにはギターヴォーカルがポンコツじゃダメ。
後藤さんみたいに弾けなくても、後藤さんの演奏を支えられる様になりたい。

「じゃあぼっちは補習終わってから来るの?」
「…えっと、補習の内容は聞いてないんですけど、遅れてでも来るつもりなら後藤さんそう言ってくれると思うんです」
「まぁ、来るんだったらLOINEくれるよね?」
「そうですね」

神業ギタリストも、補習からは逃れられない。
残念だけど、今日は後藤さんとは合わせられない。
学校で練習付けて貰う事も今日は出来なかった。

「ぼっちと合わせられないのなら、今日は郁代の強化練習会にしようか」
「…え?いいんですか?」
「お?早速高額レッスンだね?」
「ど、どれくらいになりますか?」
「今日はいいよ、ぼっちが来れないからやるんだし普段の練習と一緒」
「でもいいんですか?」
「別に私は構わないよ?」
「じゃあ早速」

りょう先輩がスマホ取り出してTab譜を見せてくれました。

「…これは?」
「最初ね、ぼっちと郁代で2連ソロで考えてたんだ、でも郁代はヴォーカルとMCやるから十分目立つし、やる事増やして負担になるからいらないかな?って思ってカットしたの」

はい、また気を使われてます。
それはそれとして確かにMCもヴォーカルもやってギターソロまでやるのは目立ち過ぎ、ってのには私も同感。
そもそもリーダーでも無いどころか一番初心者で後輩なのに(笑)

「どうしてこれを?」
「練習には丁度いいかなって思って」
「課題曲だね」
「それにさ、ひとりで通しで練習する時、ぼっちのソロのとこで地味なバッキングしてるより自分がソロやってる方が上がらない?」
「あーそれはモチベーションUP間違いないねぇ」
「確かにそれはありますね」
「じゃあ早速、コードはバッキングをベースにしてるからそんなに難しくない、弾いてみて」
「はい」

とは言え、ギター歴半年のギタリストには「難しくない」とは「簡単でもない」とも言えて、Tab譜見て1発で弾けるという訳には中々…
あれ?これなら1発は無理でも何回か練習すれば弾けそう。

「これからはひとりで練習するのが楽しくなりそうです」
「やったね、効果抜群じゃん」
「次からは報酬の方もお願いしますよ」
「…報酬出したらもっと教えて貰えますか?」
「そりゃ勿論」
「おいおいバンド内で変な商売しないでくれる?」

その後は後藤さん抜きで私が「リードギター」になって2、3回通しで合わせてみてその日の練習は終了。
りょう先輩曰く「こんな地味なバンド見た事無い」「アイドル『喜多郁代』のバックバンドだわ」と辛辣な評価。
「ギターの技量が足りないばっかりに…」と散々謝り倒しました。
で、やっぱり後藤さんがいないとうちのバンドはダメだね、という意見で全員一致。
そして、別に誰かが口止めした訳じゃないけど、何となく後藤さんにはこの事は内緒にしておこうって空気になって、結局私のソロの事は当日まで誰も後藤さんに話さず終いでした。

文化祭の日

「それでは次の曲の前に、「結束バンド」のリーダー、ドラムの伊地知虹歌先輩です!」

納得してやってる事だし、その為にたくさん練習したのだけど、やっぱりギターヴォーカルは「やる事が多い!」
1曲目が終わってMCやって伊地知先輩にMC振ってようやくひと息付いてるのに、もう次の曲の事考えてる。
ふと気を抜くと頭の中はコードでいっぱいになる。
でもコードの事だけ考えてたら歌の方が棒読みになっちゃう。
メインはヴォーカル、ちゃんと心を込めて気持ちを入れて。
ギターの方は作業的に、手が勝手に弾いてるみたいに意識しないで。
でも、次の曲は「課題曲」のおかげでたくさん練習したので自信がある。
そして、後藤さんのソロがお披露目出来る!
後藤さん、練習の時に「こんな感じでどうですか?」ってその場でサラって作って弾いてたけど、いつも目の前で彼女が弾いてるのを見てる私でさえ驚くくらいカッコいいソロだった。
ギターやってる人なら絶対ビックリするし、そうじゃない人も聞いたらカッコいいって思う筈。
それを学校のみんなに聞いて貰えると思うと楽しみ過ぎて歌詞飛んじゃいそう(笑)
本当に飛んじゃったら台無しなのであくまでクールに、クレバーに、自分のやる事に集中して、次の曲の事を考えて。

「それじゃあ次の曲行こうか」
「はいっ」

今までひと息付いていたつもりだったのに頭の中が考え事でいっぱいになってたのが、伊地知先輩がMC振ってくれた事ですっかりクリアになった。
これからやる事、コード進行、さっきまであれだけ考えてたのにもう何も考えてないし心配もしてない。
多分、手が勝手に動くし前を向いて歌える。
みんな、私達の歌を聴いて、後藤さんのソロを見て。

「星座になれたら」

「それでは聴いて下さい、2曲目で『星座になれたら』」

曲に入る時に後藤さんが出遅れてた。
どうしたんだろう?また考え事してたのかな。
でも、ちょっと遅れただけ、無事に2曲目は始められた。
このキレのいいイントロが好き。
りょう先輩の軽快なスラップが好き。
伊地知先輩のドラムは安心してバックを任せられる。
そして、後藤さんのギターは相変わらずカッコいい。

もうすぐ 時計は6時
もうそこに 一番星
影を踏んで 夜に紛れたくなる 帰り道
どんなに探してみても
ひとつしかない星
何億光年 離れた所からあんなに輝く
いいな 君は みんなから愛されて
「いいや、僕は、ずっとひとりきりさ」

気のせいか、後藤さんのギターがちょっと自信なさげに聴こえる。
いつもこんなじゃないよね?
緊張してるのかしら、それとも何か気になる事でもあるのかしら。

君と集まって星座になれたら
星降る夜 一瞬の願い事
煌めいて 揺らめいて 震えてるシグナル

突然後藤さんのギターの音が止まった。
何か跳ねるか切れるかみたいな金属音が聞こえた様な気がする。
私は練習中にミスして演奏を止めた事は何度もあるけど、後藤さんがそんな事したの見た事ない。
私の悪い方の予感が当たったんだ。
それに今日は練習じゃない、本番のライブだ、簡単に演奏中止なんて出来ない。
先輩達も音を止める様子はない。

君と集まって 星座になれたら
空見上げて 指を指されるような
繋いだ線 解かないで
君がどんなに 眩しくても

このサビが終わったら後藤さんのソロなのに、後藤さんはペダルセットの所にしゃがみ込んでペグを触ったっきり動かない。
もう弾けない様な深刻なトラブルなのかしら。
そんなのダメ、今日は後藤さんが勇気を出して申し込んでくれた文化祭なのに、機材トラブルで演奏中止なんて出来ない。
後藤さんが演奏出来る様になるまで時間を稼がないと、と思ってりょう先輩の方を見たら、りょう先輩も私達を見てて、私にウィンクしてくれた。
そのままドラムの方を見たら、伊地知先輩が首を縦に2回降ってくれた。
みんな考えてる事は同じ。

ライブ見てくれてる皆さん、申し訳ありませんけどこれから今までに見た事ないくらい地味なバンドの地味なギターソロが始まります。
後藤さんが生き返るまで少々の時間失礼いたします。

それまで下を向いて動かなかった後藤さんが、私のソロを聴いてこちらに顔を上げてくれた。
ギター持ってる時の後藤さんがそんな顔してちゃダメ、みんなに見せてよ、後藤さんは本当は凄くカッコいいって事を。

後藤さんは廣井さんが持ち込んでステージに置きっ放しにしてたカップ酒の瓶を掴むと、それをギターのネックに押し当てて弾き始めて、後藤さんのギターが今まで聞いた事のない音を出して唸り始めた。
先輩達リズム隊はこちらから何の合図もしていないのに間奏2ループ目を弾き始める。

後藤さんは、生き返った。

初めて見る弾き方で初めて聴く音を出す後藤さんを見て、会場の皆んなが目を丸くしてる。
練習の時にサラッと凄ワザ披露してくれる後藤さんもカッコいいけど、やっぱりライブでキレたプレイしてる時の後藤さんが一番カッコいい、最高、好き。

遥か彼方 僕らは出会ってしまった
カルマだから 何度も出会ってしまうよ
雲の隙間で

君と集まって星座になれたら
夜広げて 描こう絵空事
暗闇を 照らす様な 満月じゃなくても
だから 集まって 星座になりたい
色とりどりの 光 放つ様な
繋いだ線 解かないよ
君がどんなに 眩しくても

「星座になりたい」

やり切った感ですっかり忘れてたけど、この曲は2曲目でもう1曲残ってた。
でももう流石に弦が切れてるギターで後藤さんに演奏続けて貰うのはかわいそう。
私だって練習中に1弦切れた時はショックだったし演奏中断させて申し訳ないって思ったしどうしていいのか分からなくなった。
今日のライブで弦が切れたのが後藤さんじゃなくて私だったらどうなってたんだろう?
そもそもこの後どうしたらいいんだろう?
どうしたらいいのか分からなくてオロオロしてたら伊地知先輩がMCで3曲目中止を宣言してくれた。
そうか、止めちゃってもいいんだ。
お客さんがいるんだし、こういうのは早めに相談して決めなきゃダメだ。

2曲しか出来なかったのは残念だけど、今までで一番カッコいい後藤さんが見れたし、お客さんに見て貰う事が出来た。
お客さんもすっかり盛り上がってて、後藤さんへのコールがあちこちで起きてる。
今日のMVPは間違いなく後藤さん、ここにいる誰もが疑わない事実。
でも、その当人はギター弾いてる時はあんなに光り輝いてたのに、演奏終わったら惚けてる。
「ほーら後藤さん、ひと言くらい何か言わなきゃ!」
私は自分のマイクをスタンドから外して後藤さんの目の前に差し出した。
別にカッコいい決まり文句なんて言わなくてもお客さんに謝辞を伝えれば十分なのだから、最後にひと言決めてくれれば最高に盛り上がる筈!

…あれ?

後藤さんはギターの弦が切れた時みたいに動かなくなった。
別にそんな凄い事なんか言わなくても普通に挨拶だけしてくれればいいのに、険しい表情になって何かブツブツ言ってる。
あ、これ、自分の中に入っちゃってる。
正気に戻さないと。

「…後藤さん?」

今までブツブツ言ってた後藤さんの目の焦点が戻って独り言が止まった。
よし、戻って来たね、何かひと言お願い!

…後藤さんはマイクを無視して観客席の方に歩き出した。

「へっ?」

そして、ギターをモニターに立てかけると、両手を広げてお客さんに向かってジャンプした。
何が起きてるのか分からないしどうしてそんな事するのか分からない。

ドスッ、といういかにも痛そうな音が響いた。

「後藤さん⁉︎」
「ぼっちちゃん大丈夫⁉︎」

心配する私達の横で、廣井さんとりょう先輩が笑ってる。
それを見て伊地知姉妹が怒ってる。
後藤さんがダイブした場所は女子が固まってた場所で、人が降って来たので避けてしまったみたい。
ただ、咄嗟に後藤さんを診てくれてる。
私は自分のギターをステージに放り出して、フロアに飛び降りた。
「後藤さん大丈夫?」
返事は無い、でも出血は無さそうだしそんなに酷い怪我では無さそう。
「タンカ持って来い!」
実行委員の人達が駆け付けて来て、対応してくれてる。
保健の先生もライブ見てくれてたみたいで後藤さんを診てくれてる。
「大した事は無さそうだけど、とりあえず保健室に運んであげて」

「先輩、私、後藤さんに付いて行きます」
「お願い出来るかな、次のバンドがあるから私達は片付けやらないと…」
「すいませんお願いします」

タンカが届いたら実行委員の人達が後藤さんを乗せて運び始めた。
すると、タンカの進む方向の人垣がサーッと開いて道が出来た。
その人垣の人達が、次々と声を掛けてくれる。

「凄かったぜ、またやってくれよ!」
「喜多ちゃん、カッコ良かったよ!」

後藤さんは意識がないので、付き添いの私に賛辞が集まる。

「ありがとう!」

私と後藤さんはそのまま体育館を後にした。

「星座になれたかな」

「後藤さん、大丈夫?目覚めた?」
「あ…、はい」
「良かった、怪我も大した事無いみたい」
「あの…台無しにしちゃって本当にすみません、せっかくの…」

後藤さん、目を覚ましたと思ったら自分の怪我よりもバンドの心配してる。

「ううん、何故か逆に盛り上がってたかも」
「えっ、あっ、虹歌ちゃん達は?」
「今、片付け中、後藤さん大丈夫ならこの後打ち上げ行こうって、でも無理そうならまた今度に」
「あぁ、はい、あっ、驚きました」
「ん?」
「喜多さん、いつの間にか上手になってて…」
「あ…」

練習の時後藤さんは褒めてくれるけど、それはいつもお世辞で本心じゃない。
でも多分、今のはお世辞でも社交辞令でも無いみたいに聞こえた。

「…バッキングだけだけどね」

自分でも頑張ってると思うし、今まで出来ないとか難しいと思ってた事が割とあっけなく出来る様になったって自覚はある。
でもそれを自分が目標にしてる人から言われるのは嬉しい。
後藤さん、ちゃんと見てくれてたんだね。

「…私は人を惹き付けられる様な演奏は出来ない、でも、皆んなと合わせるのは得意みたいだから」

でも、上達すればするほど、自分の「素質」を思い知らされる。
私は後藤さんみたいなスタープレイヤーにはなれない。
今日のライブだって、弦が2本ダメになった後藤さんのソロの方が比べるまでもなく良かった。

「…これからももっとギター頑張るから教えてね?後藤さn、」
「…ひとりちゃん!」
「えっおっあっはい」
「じゃあ先行くね?準備出来たら来てね!」
「あぁ、はい」

女の子って仲良さそうにしてても本心では嫌ってたり、距離を詰め過ぎると腹黒さが露呈したりする子がいるんで、習慣的に「距離詰めるはここまで」ってライン引いて付き合ってる。
苗字にさん付けもそれ。
そういうお付き合いする子達は「お友達」にはなれるけど「家族」にはなれない。
でも、後藤さんは信用出来る。
後藤さんの事をもっと知りたいし、私の事も知って欲しい。
そう思って、つい「名前呼び」しちゃったけども、後藤さん驚いてた。
恥ずかしくなって逃げちゃったけど、後藤さんともっと仲良くなりたい。

私は、ギター練習するに当たって「どんなプレイヤーになりたいか」なんて考えてなくって、漠然と「上手くなりたい」「後藤さんみたいなギタリストになりたい」って思ってた。
でも、今日のライブではっきり分かった。
私はアシストプレイヤーだ。
ひとりちゃんっていう「アイドル」の後ろで弾いてるバックバンドのメンバーだ。
結束バンドはリードギターが2本でガチガチにバトルするバンドじゃない。
きっと皆んなで支え合うのがウチのスタイルなんだ。
今までもひとりちゃんはずっと私のヴォーカルを支えてくれてた。
私はひとりちゃんのリードギターを支えなくちゃ。

…私、ひとりちゃんを支えて行ける様になるね。

打ち上げ

「乾杯〜🍺」
「いや〜ぼっちちゃん最高だったよ!」
「えっあっいや、何か皆さんにご迷惑かけて申し訳ないです…」
「その前にお前は怪我の事くらい心配してやれよ」
「え〜っ、ライブ中のトラブルだったらあのくらい普通じゃないですかぁ」
「お前、ぼっちちゃんをお前みたいなバンドマンにするつもりか?」
「あ、それはマズいですね…、ぼっちちゃん、怪我の具合はどう?」
「えっあっ、全然大した事無いです」
「無理すんなよ、頭とか打ってるんだし気分悪くなったら病院行くんだぞ」
「あっはい分かりました」
「それにしても、よく咄嗟にボトルネック奏法とか出来たよね?」
「あーそれそれ、私達でも知ってる程度で弾いてるの見た事無いし、最近の子なんて知らないんじゃないか?」
「私知りませんでした!」
「私は知ってたけど見たのは初めてかな」
「私は古いPVとかで見た事ある」
「あれ、アドリブで簡単に出来る事じゃないよね?練習とかしてたの?」
「えっあっはいどんなバンドに呼ばれても対応出来る様に曲芸弾きっぽい事はひと通り練習しました」
「え?ひと通り?」
「あっはい」
「…ちなみにどんな事が出来るの?」
「えっあっ、せ、背ギターとか歯ギターとか」
「女の子が歯ギターはやめろ」
「あと、ギター持ち替えてサウスポースタイルで弾いたりとか」
「…マジか」
「あっはい、さすがに普通の持ち方みたいには弾けないんですけど」
「いや普通そんなの演奏出来ねぇよ」
「1弦が手前に来るんで速弾きしてると不思議な感じになるんですよね」
「速弾き出来るのが不思議だよ」
「流石にそんなの見た事無い」
「今度練習の時に見せてよ」
「あっはい、歯ギターもやっていいですか?」
「…歯ギター、好きなんだな」
「あっはい、一番練習しました」
「なんで?」
「キレのいいピッキングするのが難しいんですよ」
「…歯ギターの音質にこだわってるのは世界中で君だけだよ」
「あっそれと、ひとつ聞いていいですか?」
「うん?」
「今日、喜多さんが引いたソロ、あれアドリブなんですか?」
「あ、あれは…」
「あれは私が最初に作ってボツにしたヤツなんだ」
「えっ?」
「ぼっちと郁代で2連ソロにするつもりだったの」
「はぁ」
「で、流石にやり過ぎだし郁代が覚えなきゃならない事増やし過ぎだと思ってボツにしたんだけど、郁代がぼっちとの練習以外に私にも練習見て欲しいって言って来たんで、そんなにヤル気あるんなら本番はないけど練習用の課題曲にはなるかなと思って」
「なるほど、あれビックリしました、喜多さん自分でフレーズ作ったりするの見た事なかったんで」
「ぼっちちゃんは短いジングル結構作ってるよね」
「えっあっ、お恥ずかしい限りで…」
「いやあれたまに凄いいい感じのがあるんでビックリするんだよ」
「…あれは本当に才能の差を感じますよね」
「何言ってんの、ぼっちはヴォーカルはバックコーラスも出来ないしMCも出来ないんだから郁代とトントンだよ」
「下ばっか向いてるしね、折角カワイイのに」
「そ、そんな事ないです」
「ギター組がお互いの苦手な事を補完して克服出来たらきっと凄いんじゃないかな」
「確かに、ぼっちと郁代のキラキラMC見てみたい」
「いゃ…私には無理です」
「大丈夫よ!ひとりちゃん出来るって!」
「そんな軽口叩いてると、ぼっちみたいなソロ弾いてみてって言われるよ」
「…あ、それは無理です」
「別に急に出来る様になる事じゃないんだから、少しずつ出来る様になればいいんだよ」
「…そういうもんですかね」
「『なりたい!』って思って努力してれば気が付いたら出来る様になってるもんだよ、だから焦ったり慌てたりしないで楽しくやる事だよ」
「楽しく、ですか」
「そうそう、つまんないとか苦しいとか思ってたら続かないもん、楽しくやらないと」
「…確かに、以前は人と話すのも苦痛だったんですけど、今は皆さんと話すのは楽しいです」

一同、静まり返って表情が緩む。

「ヨシ!ぼっちちゃん今日は飲むぞ!」
「いや私未成年なんで」
「お前はもう帰れ」
「ぼっちちゃん、何か頼も、唐揚げでいい?」
「あっはいお願いします」
「私、桜納豆とコウネ」
「君、東京の人だよね?焼酎いる?」
「誰かこいつをつまみ出せ」

…To be continued

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