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トミヤマユキコ/俺がお前でお前が俺で──マンガ紹介業の野望

 日本のマンガ市場は、紙・電子合わせて5000億円くらいらしい。5000億と言われても、数字が大きすぎて具体的なイメージが何ひとつ浮かばないわたしだが、とにかくたくさんのマンガが世に出回っていることだけは間違いない。
 日々何かしらの作品が刊行されている状況なので、プロのマンガ研究者を名乗っておいてあれだが、読めるマンガの数には限度がある。専門である日本の少女マンガに限定したとしても、まず読み切れないだろう。なんでも知ってます&読んでますという顔をするのは欺瞞なので、この事実は歯を食いしばってでも認めねばならない。つらいけどがんばる。
 さらにつらいのは、どうにか読み終えたマンガの中から、みなさんにご紹介する作品を絞り込まねばならないということだ。たくさん連載を持っているわけではないし、媒体それぞれの性格を考えると、「エロいのでダメ」「人が殺されているのでダメ」「シュールすぎてダメ」みたいなケースも当然予想される。また、「まだ1巻なのでダメ」とか逆に「巻数が多すぎてダメ」というのも実はけっこうあるのだった。うう、難しい。
 各媒体ごとにカラーがあるのは仕方がないのだが、推したい作品が選ばれないのはやっぱり悔しい。それって食わず嫌いじゃない? 騙されたと思って食べてみたら案外おいしかったってこともあるんじゃない? とか思っている。いちいち言わないけど。
 諦めが悪いタイプの人間なので「これは却下されるだろうな」と思いながらもしれっとリストに入れている。いつの日か、あらゆる条件がピタっとハマるときが来るのを辛抱強く待ちたいのだ。
 その結果、NHKの朝のラジオ番組でこだま/ゴトウユキコ『夫のちんぽが入らない』を、毎日新聞の書評欄で峰なゆか『AV女優ちゃん』を紹介することができた。しかも、奇を衒った感じじゃなくて、きちんと紹介できた。こういうことがあるから、マンガ紹介業はやめられない。
「そんなにマンガを紹介したいなら、自分のメディアを持てばいいのでは?」と言われそうだが、「あのNHKで『夫のちんぽ』を!?」と言われたい気持ちが強い。たぶんわたしは「紹介する」という行為に、なんらかのケミストリーを期待しているんだと思う。出会い頭にぶつかった男の子と女の子の中身が入れ替わってしまうみたいに、ある日突然思ってもみなかったものが自分の中に流れ込む経験をして欲しい。俺がお前でお前が俺で状態が理想だ。
 ……と、まあ、おおむね、そんなことを考えながらこの仕事をしている。マンガの紹介ページは、そんなに大きな枠をもらえないし、ファッション誌だとそこだけモノクロだったりして、地味なことこの上ないのだが、紹介する側はそれなりの野望を持っている。少なくともわたしはそう。

 ──ではここで、最近のわたしがしれっとリストに入れている2作品をご紹介したい。すごくいいと思うんだけど採用されないなあ、でも諦めたくないなあ、という作品だ(みなさんはここまでの文章を全て忘れていいので、この2作品だけ覚えて帰ってください)。

意志強ナツ子『アマゾネス・キス』(リイド社)

 非常に説明が難しい作品。Amazonを見ると高評価なのにレビューがついていない。未読の人にうまく伝わるように書くのが難しいのだろう。わかる、わかるよ。
 主人公の「はづき」は駆け出しの占い師。かつて同じ会社に勤めていた中年女性「アマゾン純子」が退職し「超感覚知覚力」を開発・訓練するジム「アマゾネス・キス」の経営で成功していると知った彼女は、純子に認められたい一心でそこに通い始める。
 純子の提唱するトレーニングは、傍から見ると「絶対にキスをしない風俗」とどこが違うのかよくわからない。しかし、ジムの会員=純子の信者たちは、真剣そのものだ。やがてはづきも彼らの狂気に巻き込まれていき……って、この時点で本作のすごさがなにひとつ伝わっていない気がする。難しい。奇想天外なストーリーに気を取られそうになるが、人間の業を煮詰めてドロドロにしたやつを否応なしに飲まされるのがたまらないのだ。うわあ、ドロドロ、すごい不味い。だけど飲むのをやめられない。そういう作品だ。ダメだ、伝わってない。とにかく読んでくれとしか言えない。

庄司陽子『ゴールデン・エイジ』(双葉社)

『生徒諸君!』でお馴染みの庄司先生による作品。昨年は笹生那実『薔薇はシュラバで生まれる 70年代少女漫画アシスタント奮闘記』、松苗あけみ『松苗あけみの少女まんが道』など、少女マンガ家による体験記、回想録がとても話題となった年だった。本作も明らかにその系譜に連なるものだが、なぜか話題になっていない。
 その理由はおそらく笑えないほどエグいエピソードが載っているからだ。アシスタント時代に通っていた「Z先生」の吝嗇ぶりが特にヤバい。アシスタントを奴隷か何かと勘違いしている。いまだったらSNSに書かれて即炎上だ。この他にも、庄司先生の若き才能に嫉妬したと思われるライバルたちのとち狂った言動や、担当編集者との生々しすぎる恋の話などが、次から次へと紹介されていく。たまたま庄司先生のまわりに変人が多かっただけなのかもしれないけど、だとしても、みんな本当にひどい(笑)。
 読み終える頃には、魑魅魍魎が跳梁跋扈する業界で決して腐ることなく人気作家への道を駆け上がっていった庄司陽子というひとがどれほど特別なのかがわかるだろう。どこまでもヘルシーでいられる庄司先生がとにかくすごい。まるで『生徒諸君!』のナッキーだよ。

【初出:2021年4月/ウィッチンケア第11号掲載】

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