僕がお客の会社を潰した理由

ある日1人の日本人の社長から通訳の依頼が入った。「ベトナム現地法人とのミーティングに通訳をお願いしたい!」いつもの通訳の仕事だったがそこから厳しい3ヶ月が始まった。ミーティングの内容はベトナム人社長が辞めたのでスタッフの中から新たに社長を決める事だった。既に名義はスタッフのベトナム人女性に代わっていた。だが彼女が曲者だった。日本人の社長(以後、日本人社長と呼ぶ)もそのベトナム人女性(以後、ベトナム人女性社長と呼ぶ)を現地社長と認めて、「これからも頑張って行こう!」と言うだけのベトナム出張と思っていた。しかし彼女からスタッフ全員の給与UPの話が出た。給与UPをしないと全員会社を辞めると言い出した。

給与交渉は日常茶飯事だ!事ある毎に交渉してくる。

この会社はベトナムでCAD設計をしている。日本本社から100%仕事を貰っている。僕は業界の事は知らないので給与相場を調べるため時間を貰う事にした。日本人社長の出張は3日間だけだった。空港へ向かうタクシーの中で社長から「顧問と言う形で引き続き協力してくれませんか?」と言われ、僕は引き受ける事にした。
次の日からさっそく動いた。友達のベトナム人の社長などに頼み、ベトナムの複数のIT会社にアポを取りIT社長達に業界の話を伺った。それと同時に日本人社長からベトナム現地法人の過去の会計帳簿を頂いた。そのデータを見て僕は愕然とした。立ち上げから9年間続いた会社は常に赤字だった。日本本社から100%仕事を貰えるにも関わらずだ。加えて前ベトナム人社長は高額の給与を取っていて、スタッフの残業代もしっかり出ていた。オフィスは中心から離れた寂れたアパートの一室で家賃相場から考えても有り得ない金額だ。「これは完全にやられている!」
ベトナムのIT社長達にエンジニアの給与相場を聞くと思っていたより安い。ベトナム現地法人のスタッフの給与は既に相場を上回っていた。残業代は水増しされ、家賃はピンはねされているだろう。赤字を埋める為に日本本社は毎年100万円の追加融資をしている。その100万円の会計処理は売上になっていた。

発注・納品の証拠がない売上でも計上出来る
袖の下でどうにでもなるのがこの国。
役人が貰う袖の下を会社が会計処理出来る様に
使途不明金と言う勘定項目がある。

日本本社でエンジニアとして働いていたベトナム人をベトナム現地社長として任せ、9年間放ったらかしにしたのは日本社長の過ちだ!優秀なエンジニアは会社経営も出来るとは限らない。経営はそんなに甘くない。ベトナム人女性社長との給与交渉の僕の回答は「NO」だ。日本本社から100%仕事を貰っているので経費さえ下げれば直ぐに黒字に出来ると踏んだ。
僕からの回答を聞いた彼女はスタッフ全員会社を辞めると切り出した。反応は予想通りの反応だったので「全員辞めて貰って構いません!退職の手続きをして下さい!」と答えた。彼女は少し驚いた顔をしたが全員が辞める方向で納得した。その一連の流れを日本人社長に伝えた。日本人社長は「お客さんからの注文があるので出来ればエンジニアには残って欲しい」と言った。
僕は「全員を退職させた後にエンジニアに個別で交渉します」と答えた。
しかし、数日後ベトナム人女性社長が想像もしなかった事を言って来た。「会社は私達のモノなので渡しません!」全く筋が通ってない事を言っているよ!と説明しても分かっては貰えなかった。正確には会社の名義は彼女になっているので会社は私のモノは正解だ。だったら今までの日本人社長との給与交渉はなんだったのか?

コンビニの店員が商品を買いに来たお客さんに
「私の給与は安いので上げて下さい」と言っているのと同じ。
お客さんは「知るか!」ってつっこむだろう。

ベトナム人女性社長は地味で大人しい性格だ。そんな彼女がこんな大胆な事を考えるとは思えない。誰か裏で動いていると思った。これは楽には行かないと悟った。ベトナム現地法人立ち上げの資金と追加融資について、契約書などを日本人社長に聞いたがまともな物が無い。日本本社からベトナム現地法人の社長であるベトナム人女性社長へ返済を求める事は出来そうにない。後は日本からの仕事を止めてベトナム現地法人を潰すしか無い。日本本社から金が入らなければ自然と解散する。ベトナム人女性社長に日本本社からの仕事を完全に止める事を伝え、日本人社長には新たに1から法人を作る事を説得した。しかし、まだ1つ問題が残っている。オフィスのPCのデータと日本から持って来たCADソフトを回収しなければいけない。恐らくベトナム人女性社長はそう簡単には2つを渡してくれないだろう。僕は知人の紹介でベトナム人の弁護士に相談に行った。しかし、弁護士からは良い解答は貰えなかった。

「契約書が有ろうが購入の証明書が有ろうが、現在それを持っている人に所有権が発生する。それが盗んだ車だろうと」
海外では日本の常識は通用しない。

弁護士からは「相手の希望額を払って回収するしか無い」と言われた。
その事を日本人社長に報告した。日本人社長はベトナム人女性社長と2度目の交渉をする為にベトナムに来る事になった。僕はデータとソフトを取り返す為に策を練った。データもソフトもベトナム人女性社長にとって価値はない。どうせ会社を辞めるなら金を取れるだけ取ろうと思っているだけだろう。ベトナム人女性社長はこの2つのどちらが日本人社長にとって重要かは知らない。僕は日本人社長に1つを諦めて貰うように説得した。
交渉当日、通訳として連れて行ったベトナム人にもその事は黙っていた。

通訳として日本語をそのままベトナム語に訳せば良いが
自分勝手に解釈して交渉したり、
ベトナム人同士で結託する事は良くある。

「希望の金額は払います。しかし、先にお金を払ってもデータとソフトを返して貰えるか不安です。あなたも先にデータとソフトを返しても、お金を払って貰えるか不安ですよね?あなたはデータとソフトの2つを持っています。僕はお金で1つです。先にデータを返してください。返してくれればお金を払います。最後にソフトを返してください。」お互いの不安を解決する事が出来る提案をした。しかしベトナム女性社長は首を縦には振らなかった。あくまで先にお金を払えの一点張りだ。これでは交渉のしようがない。僕の策は通じなかった。交渉はお互いに共通の認識が無いと成り立たない。
交渉を中断して日本人社長と話をした。実力行使で取り返す事は出来るが、事を荒立てるとベトナムに居られなくなる。日本人社長は彼女にお金を払っても良いと言った。僕はこう答えた。

「今お金を払えば社長は助かるかも知れない。だけど社長がお金を払う事によって、ベトナム人は日本人は言えばいくらでもお金を払うと思います。ベトナムの何処かで今回と同じようにベトナム人が日本企業からお金を巻き上げます。僕はこれからベトナム進出してくる日本企業の社長達に同じ思いを味合わせたくないです!」

「僕の勝手な考えです。僕はあくまであなたの顧問です。最後に決めるのは社長のあなたです!僕はそれに従います。」もう一度全員がテーブルについた。ピリピリした雰囲気の中で日本人社長は口を開いた。「データもソフトも諦める、交渉は終わりだ!」こうして僕が顧客の会社を潰した。日本人社長は僕の考えを採用し、僕にはベトナムで設計会社を作り直す責任が出来た。それからも色々あったが、新しく作った設計チームには今、4人のベトナム人スタッフが働いている。またまだこれからだ!

----おわり----
最後まで読んでくれて有難うございます!

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