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上京当夜 心の旅2 チューリップ「悲しきレイン·トレイン」

博多駅を出た時はなんとかもっていた空模様も門司を過ぎ下関辺りに差し掛かった頃、雨が降り出した。

寒冷前線がこの夜行列車に追いついたのだろう。きっと彼女の街も雨が降ってるはず。彼女もこの雨を見ているのだろうか?

車窓を叩く雨を見て、男は昨夜別れた彼女のことを思った。

結局、彼女は自分についてきてはくれなかった。彼女の人見知りの性格を思えば仕方のないことだったのだろう。彼女にすれば、知り合いが誰もいない東京で新たな仕事を見つけ自分の帰りを待つ生活なんか考えたくないだろうし…。

彼女が言うように福岡を中心に九州や広島辺りで活動する選択肢もあった。確かに、その方が現実的だった。男のバンドは福岡では名が知られてきていたし、彼女も今の生活を変えることもなく自分の活動を心置きなく応援出来たはずだった。

でも、男はその現状に甘んじることはできなかった。自分の音楽が東京でどれだけ受け入れられるか試したかった。理屈ではなく抑えきれない熱い想いだった。

そのために他のバンドのメンバーであっても「これは!」と思える人物には遠慮なく声をかけた。今のメンバーはそうやって半ば強引に引っ張ってきた。そういう意味では仲良しグループではなくプロ同士のバンドだった。だからライブの時もメンバー同士の間にもどこか緊張感が漂っていたし、男はその感覚が好きだった。

そう言えば、あいつはどうしているだろうか?

男は全日本ライト・ミュージック・コンテストで競った人物の顔を思い浮かべた。男は自信を持ってコンテストに臨んだが、彼らの練習を聴いて敵わないと思い知らされた。

二言三言、言葉を交わした時、彼らのバンドメンバーは中学以来の同級生だと知った。実力の拮抗した者が同級生として存在し出会えたとは何て幸運な奴らだと男は思った。そんな彼らも結果は2位だった。男の胸に熱い想いが息づいたのはその時からだった。2位になった彼らも「ケジメをつけるために出たけど、これでケジメをつけられなくなった」と言っていた。似たような奴がいるものだ…男は彼らに親近感を覚え、再会を約束して別れた。上京すれば彼らにも会えるだろう。

列車は容赦なく東へ進む。それは彼女との距離が確実に遠くなっているということだ。

男は窓ガラスに当たって、後方に流れる雨を見ながら思った。まるで男の彼女への気持ちを表しているようだった。

その悲しみは彼女との距離に比例して募るばかりだった。彼女が以前に言った通り「雨は空の涙」なら、もっと激しく降ってくれと男は空に祈った。この悲しみを流してほしいと。そして、熱い想いだけを残してほしいと。

もし自分の夢がかなったら彼女に手紙を書こう。その手紙には東京行きの切符も入れよう。その切符をどうするかは彼女次第だ。「相変わらず自分勝手やなあ」と彼女が苦笑いしている表情が浮かんだ。

It's rain train 雨ふる中を
It's rain train ただ汽車は走る

この夜行列車に乗客が何人乗っているのだろう…それぞれの乗客たちの想いをのせて夜行列車は東へと突き進んでいく。


上京当夜の財津和夫の心象風景を私なりに想像してみました。あくまでも私の想像なので誤解されませんように。

「悲しきレイン・トレイン」はチューリップの通算9枚目のシングル1975年7月20日にリリースされた。

歌詞の内容は「心の旅」の続編であり「心の旅」と同様に、作詞作曲は財津和夫でリードボーカルも姫野達也が担当した。

私としてはヒットした「心の旅」よりも「悲しきレイン・トレイン」の方が気に入っている。

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