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絵を描くのが苦しい

小さい頃から絵を描くことが好きでした。
年の割には上手、の域を出ることはありませんでしたが、漫画的な少女の絵から始まり、静物、風景、鉛筆画、水彩画、と美術教師受けする絵が描けるようになっていきました。

友達や大人から褒められることが嬉しくて上手くなりたいと思っていましたし、未就学児の頃から画廊や知り合いの個展に行く機会が多かったので、画家になりたいとも思っていました。
子供が熱心に絵を眺めていれば、描いた大人は「絵を見る目が養われている。才能がある」と軽口を叩くものです。そうやって自尊心を膨らませていました。

自分には才能があり並みより絵が描けると思っていても、中学高校へと進み本当に絵が巧い同級生の存在を知ると、ようやく自分のレベルが俯瞰して見られるようになります。
当然のように美大を目指したり、目指さなくとも絵で食べていく道へ自然と進むごく一部の人たちの前では、私はせいぜい美術で5を取れる優等生でした。
描いた絵を人目に晒すのが急に恥ずかしくなりました。

ただ、それでも普通の人よりは見たものをそのまま描く力はあるので、大人になってからは喜ばれることを祈って似顔絵をプレゼントすることが何度か続きました。
夫の祖母の長寿祝いや、友達の結婚祝いなど、色紙に色鉛筆とクレパスで着彩した似顔絵を贈ると、それを見た周囲の人も含めて褒めてくれます。
100均で買った素材で、お金を掛けずに喜ばれて嬉しいな、と思っていました。

あくまでも私の「描きたい」「あげたい」「喜ばれたい」という個人的な欲求でそんなことをしていましたが、話を聞いて勤め先の社長から「古希や還暦になる従業員に、お祝いの似顔絵を描いてほしい」と年1回ほどの頻度で頼まれるようになりました。
最初こそ「うまい、似てる、才能あるな」と褒められて楽しんでいましたが、今では描くのが苦しいです。

受け取る相手のことではなく、依頼者(=社長)にどう思われるかを気にしながら描くのは、プレッシャーばかりで楽しくありません。実際にお祝いを迎える従業員とはあまり接点がなく、写真を見ながら似顔絵を描いても「似ているのか?人となりが分からないから表情が描きにくい・・・どこまで美化して良いかもわからない・・・」と五里霧中です。
何度も書いていれば依頼者も「おお、うまいな」と言うだけで、受け取り手がどう思ったのかを知る機会はありません。
趣味の範囲でやっていたことを仕事のように求められると「なんだかな」と思うばかりで、「うまく描けた」という達成感より「似ていないと思われないように調整できただろうか」という不安感が勝っています。

受け取り手が感想を言ってくれる時に、「実物より男前に描いてくれたね」と言うことがしばしばあります。
褒めているつもりで言っていることは伝わるのですが、傷付くことの一つです。「似ていなかったんだな」という失意。

仮に私が仕事として似顔絵を引き受け、対価を払われていたら、どんな言葉も甘んじて受けることができるのかもしれません。
でも、なかばボランティアとして似顔絵を描いていると、必ず不本意な言葉を受けるのだろうなと諦めつつ、嫌な思いを最小限にできるよう調整して描くことになります。

似顔絵って、似ていても似ていなくても見せられると「笑ってしまう」類の絵です。それも似顔絵のモデル本人だけでなく、それを見る知人たちも「笑ってしまう」。
私は、自分が描いた絵が笑われたいと思えません。
笑ってから「似てる似てる」と言われる絵を描くと、達成感よりも「やっとこの一連の流れから解放された」と思います。苦笑いを返すことしかできません。

「褒められたくて絵を描く奴は画家にはなれない」と、小学生の頃だったか、父に言われました。
親に褒められたいという健全な目標を持って描いた絵を、そういう言葉で一蹴されると、解けない呪いになります。
絵を描きたい人は全員画家を目指さなきゃいけないのか?という変な話なのですが、父の言うことがおかしいとわかる年齢になっても、私は絵を描く素質はない凡庸な人間だという刷り込みは消えていません。

絵を描くことは一種の自己表現だと思っていました。そして褒められたり喜ばれたりすることで自己肯定できる数少ない機会だと。
でも私が描けるのは芸術表現の作品ではなく、写真を模写するだけの手遊びということは理解しているし、もっと上手くなりたいという望みはもうありません。

描きたくない絵を頼まれて描くこと。
それによって達成感を感じないこと。
不安や、失敗への恐れが強いこと。
絵が描けることがむしろ自分の欠点(オタクっぽい、陰気という印象)になっているように感じること。

そういうことの総合で、今は絵を描くことが苦痛です。
自分が描いた絵が好きだったはずなのに、今は見返したくありません。
依頼が来ている似顔絵が全然進まないので思うところを書いてみました。

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