見出し画像

本音どこ

自分のことがよくわからない。

この感じ、就職活動だなあという感じだが私は就職活動云々の前に自分がなんなのかよくわからないままここまできてしまっている。

こういった文章を書き始めたきっかけも、単純に記録という意味もあるが、アウトプットして整理したいという経緯もある。

自分はどんな人なのか。
これは「相対的に」という意味合いが強い気がする。周りと比べてマイノリティに当たる部分、これが自分たらしめる要素だ。

「英語が話せます」は日本では自己紹介の一部として通用するが、英語圏では通用しないみたいなこと。

そのため、自己分析とはいえ一般的なひとや、周囲の当たり前をまず知る必要がある。

今認識している周りと違う点は下記だ

・ちょっと背が高い
・筋トレを継続できている
・社会人1年目のくせに同棲している
・北海道出身

この辺りだろうか。(へぼい)
人の内面に関して確認ができないので、内面のことに対してはわからない。

適当だと思っていたやつが、やることはしっかりやっていたり、偏差値が低いのに頭が切れたりする奴に出会ってきた。

私は、真面目なのか、適当なのか、逃げ腰なのか、忍耐強いのか、バカなのか、賢いのか。それらのどれによって、意思決定や成果を上げてきたのか。

私の場合、多分全部運だ。心当たりがない。

だからこそたまに、「おれってこうなんだよね」みたいなことを言うと、「みんなそうだよ」と言われ恥ずかしい思いをする。

自分は何か特別なのではないかと思うことは大体そんなことない。

「おれの方が物事を複雑に考えてる」

なんて考えは1番危ない。私のことだ。

じゃあ、私はなんなんだ。
意思決定を迫られた時わからなくなる。

何かを選ぶとき、こっちを選んだ方が世の中的には正解だよなとか、こっち選んで欲しいんだろうなという考えにしかならない。自分の意思はほぼない。

やりたい、やりたくないの極端な判断ができない。どっちを選んでも嘘になる。本音はどっちでもいいことが多いからだ。

というか、自分の本音がわからん。
たまに何かに腹を立てた時、感動する。

「あ!自分これムカつくんだ!これは本音だ!お久しぶりです!本音」

みたいな。それぐらいわからん。

結局、

「やりたくないけど、まあ妥協点か」

と言うラインに落ち着いてしまうのだろうか。確かにそんな大人は多い気がする。そんな結論が見えかけているが、抗ってみたい。

これは本音だ。それは、なんか悔しい。そう思うにはまだ若いのではないかと思う。

イメージは1ミリも出てこないが、もう少し生意気こいて失敗してから妥協点を探していこう。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?