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話を聞く時に

いわゆる、言葉におけるコミュニケーション能力のうち聞く側の難しさを感じる。実際、話す側と聞く側で気をつけるべきことは異なる。

<話す側>
相手に話す時に気をつけるのは、表情などのキャラクター性を抜きにすると、主に二つ。

・話す順番
・話者の立ち位置を正確に把握した発言

(二つ目には言語能力を含む)

話す順番は、単純に話の組み立てだ。まとまっていると聞きやすい。

話者の立ち位置把握の例は、目上の人には敬語を使うなどだ。教えてもらう立場、教える立場、教える立場だけど社会的には相手が目上など、正確に立ち位置を把握することで言葉の加工方法が変わる。それにより、失礼を減らし、説得力を乗せることができる。

言語能力を含むというのは、そもそも正しい敬語を知らなかったり、日本人という立場で海外に行った時にその土地の言語を知らなかったりする場合だ。

この二つを、シンプルに言うと「何を言うか」と「誰が言うか」である。

<聞く側>
相手の話を聞く時、気をつけるのはたった一つだ。

・否定から入らないこと

これしかない。しかし、できる人はほとんどいないように思う。私も正直できているかは怪しい。

「私、〇〇が好きなんだよね」

多様性の時代だ、こういう話を否定する人は少なくなってきた。

しかし、この場合はどうだろう。
年収が低い人がこう言った場合。

「世の中、金じゃないと思うんだよね」

ここで、「そうなんだ」と心からでなくても、第一声言えるだろうか。

なぜここで、引っ掛かるのかというと、話す側が"立場を理解した発言"を逸脱したからである。

自身が話す時に細心の注意を払っている人ほど、ちょっと待て!と言いたくなるだろう。

だが、それはあくまで話す側としての指摘。会話中に話し方の指導をしているならともかく、聞く側としてその意見を否定するのはナンセンスだ。

ナンセンスの理由は、発言が正しいかどうかと、その人の実績がごっちゃになっているからだ。別軸で考える必要がある。

仮に、世の中お金ではない人が大金を手にした時、どんな心境の変化があるかはわからない。本当に、お金じゃないかもしれない。

無能な若手社員が、自社の経営の問題点を指摘した場合でも、それが的を得た指摘かもしれない。

話者が誰か、とは別軸でその発言は正しいのかを判断すべきだ。犯罪者が語る正義が間違っているかは聞いてみないとわからない。

肩書きや、実績だけで判断するのであれば、偉人の名言のみに従って生きていけばいい。

言葉の価値を功績に見出している人は簡単に揺らぐ。日本のエンタメの重鎮が、世界的性犯罪者と知った瞬間に手のひらを返すようなものだ。

その人の発言の正しさは、経歴や実績に必ずしも依存する訳ではない。聞く側は、先入観を捨てて聞く耳を持つ努力が必要だ。

話はコンパクトに、聞く時は広く構える。
この二つの差が大きければ大きいほど、コミュニケーション能力が高いということなのではないだろうか。

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