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だから海上自衛隊は嫌われる【Vol.1】

海上自衛隊は若年者不足が深刻で不適応な人材を酷使し不人気化が進んでいる。
旧来の乗員錬成手法に固執することで【海上自衛隊嫌い】が広まり乗組員不足が常態化した。
一方で洋上の生活を経験した隊員が多く排出され海上自衛隊独自の文化が形成されている。
過去は美化されるだが現実は厳しくアンチテーゼが多く存在する。
その解決方法はどこにあるのか?
本質は確証バイアスだ。

本書の論旨

【マルサンヨンマル】

〇三四〇

一般的には午前三時四十分
「海尾士長早起こしです」
赤色灯のみがぼんやりと光る居住区の三段ベッド下段へ向かって、当番(当直海士)が聞こえるようで聞こえないようにささやく絶妙な声量で呼びかける。
深夜に多くの乗員が熟睡する蚕棚(三段ベット)で、対象の人間だけ起こすのは至難の業である。熟練の技術が必須だ。
数秒間の間を置いて・・・ベッドのカーテンを少し開き海尾士長が右手を挙げた
『了解!』という無言の合図だ。

音を立てず

音を立てず対象の人物だけを起こすなら
『身体をさするか
肩でも軽く叩けば良いのでは?』
という考えも成り立つ。
【早起こし】の作法は規則ではない。
長年の慣習である。
何度声をかけても反応しない【寝坊助】の場合は、周りの無関係な乗員を起こさないため最終手段として多少身体をさする場合も無いとは言えない。
当番は腹ペコの乗員が食事にありつくために朝飯当番の調理員をスタンバイさせる必要不可欠で崇高な任務実施中だ。

レストエリアへ

海尾士長は朦朧とした意識を粉砕し、ベッド下段から滑り落ちるように抜け出すと、ベッド脇のフックにひっかけてある自分の作業服を小脇に抱え、居住区のベットエリアからレストエリアへ前進する。

レストエリアとは大袈裟だが、艦内配置図に記載された正式名称である。
テーブルと椅子、茶棚が申し訳程度に並んだ区画が、一般乗員には貴重な休息場所だ。
幹部は士官室、上級海曹ならば先任海曹室という専用の休息場所、食堂兼会議室が存在する。
一般の乗員がのんびりできる艦内で唯一の場所が此処だ。

科員食堂

科員食堂も食事時間外なら休息場所として活用される。食後や就寝前に食堂でテレビ鑑賞や歓談しなどで休息をとる乗員も多い。
しかし、食堂は艦内で唯一無二の多人数が着席可能な会議室兼緊急治療所である。
各種の教育・訓練など、着席で実施することが望ましい行事は食堂が利用される。

そういった事情も相まって【科員食堂】はいつでも休憩できる場所ではない。
各居住区に併設されたレストエリアと自分のベッドだけが広い艦内でくつろげる場所という乗員がほとんどだ。
レストエリアの椅子には当番が座って待っていた。海尾士長が起床するのを見届けるのが彼の役目だ。標的の海尾士長が片手を挙げると、役目を果たした当番は何事もなかったように、薄暗い艦内を小走りで艦橋へ戻っていった。

当番の役目

当番の役目は多岐にわたる。特に骨が折れるのが、広い艦内各所に点在する居住区を巡り、深夜に次直を起こして回ることだ。

当直員交代の十五分前までにはすべての【次直員】を起こさなければならない。
とは言え睡眠不足はすべての乗員に共通する悩みで、五分でも余分に寝たいのが乗員各位の偽らざる願望である。

バラバラの居住区の様々な場所で熟睡中の強者を絶妙なバランスで起こしてまわるハンドリングは想像を絶する。

『ベッドを間違えて違う乗員を起した』

『寝坊助に手間取り当直員整列に間に合わない次直員がいた』

『声が大きくて関係ない乗員を起こしてしまった』

そういう事象は時々発生する。
特に新入隊員が十人、十五人と新任部隊の艦艇に配属される夏季の航海では
【頻発】
という言葉が誇張ではないほど混沌とした状況に乗員全体が巻き込まれる。

不慣れな新入隊員は、当然のように失敗し

『怒鳴られ』
『罵られ』
『説教され』
『上陸止め』【※外出制限=ペナルティー】
を課される。

粗製乱造

過酷な状況にも卒なく順応し、熟練の技能者として一人前の乗員となる者も輩出される。
だが実態は
【促成栽培】であり
【粗製乱造】
にすぎない。
大量補充された新入隊員は、正月休みを迎える頃には半数以上が初任配属の自衛艦を去っている。
洋上の勤務環境に適応できる乗員を選りすぐる海軍伝来の究極の手法だ。
とはいえ、たくさんの新入隊員を目の細かいふるいにかけるような作業の欠陥は、昭和の後期から何度も指摘された。
その都度改善がはかられた。
しかし、文化である以上劇的な変化は望むべくもなく、平成初期の新入隊員枯渇期において乗員不足は深刻な状況を露呈した。


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