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背景を大切に扱ってくれるから物語が立ち上がってくる。

この日の落語会は満席。ご贔屓さんが多かったんじゃなかろうか。

開口一番を務めた希遊さんの「転失気」も、よくウケてはいたけれども、文菊さん登場してからの客席の、なんというか笑いに向かっていく勢いが違った。
もう、ここで笑うんだ、と用意をしてるかのような空気感。

吉田食堂さんのスケジュールを眺めていて、「なんとなく気になってるんよね、文菊さん」と落語好きの友人に言うと「エスねえ、ぜったい文菊さん好きだと思う!」と勧められ、この友人のオススメは外れたことないからその場で申し込み。

もちろん大当たり。
大好きになった。

会場の「笑う用意はできてる」お客さんたちと同様、私もすぐに前のめりな姿勢になった。

転宅

間抜けな泥棒が、とある大店のお妾宅に仕事に入った。金を出せ、とすごむが女はまったく動じない。それもそのはず、自分は、今は引退して金持ちのお妾をしているが、大泥棒の孫娘、同業者よ、とまぜっ返す。

そして、そろそろお妾もつらいから、手切れ金をもらって落ち着きたい、ついては私と一緒になって逃げておくれ、とくる。

泥棒は、ころっと騙される。自分の財布の中身まで「いずれ世帯を持つんだから同じこと、アンタにお金持たせておいたら帰りにおかしな女のところに行きやしないかと心配なんだよ」と丸め込まれて奪われてしまう。

翌日、家を訪ねると雨戸が閉まって人の気配もない。訝しんで向かいの煙草屋に事情を尋ねると、まんまと騙されたことを知る、というお話。

お菊が魅力的

この噺は、以前三三さんのを聞いた(いつだったかなぁ)。

三三さんのお菊さんも、もちろん素敵。でも、文菊さんのお菊は、お妾さんならではの色仕掛けもうまいし、泥棒(ホントは違うけど)らしく度胸があって何事にも動じない。機転の効く超やり手で、こんな人につかまったら足も手も出ないよね、という、魅力がパンパンに詰まったひとだった。

物を食べたり酒を飲んだりする仕草も、ネタの序盤で堪能できるから、初めての落語家さんでも、「あ、この人好きだな」って好きになるポイントが掴みやすい。

文菊さんこの、転宅というのは落語の魅力がいっぱい詰まったお得なお話だなと思った。

マクラは奉公人の話。

二席目は奉公もの。

マクラでご自分の見習い時代の話に触れた。今の時代からは考えられない理不尽の極みのような小言を四六時中言われ、「苦労しなきゃ大成しない」という価値観の時代でしたね、と。

「最近は、この話をするとすーっと客席が引いていくのがわかるんですよ」と、おそらく、少し前なら披露していた、こんなことを言われた、こんなことをされた、いう具体的なエピソードは、最近では省いてるんじゃないかと思う。言えば本当に、客席が引いてしまうのだろう。

そういう私も、多少は脚色されてると言えども、あまりそういう話は笑えなくなってきてる気がする。自分がやられた理不尽を思い出して沈むのもあるが、自分が誰かに与えた理不尽を思い出したくないからかもしれない。

とにかく。

マクラで奉公についての詳しいご案内があった。昔は10歳11歳で奉公に出され、手先が器用なら職人に、そうでなければ商家に入り、10年は下働き。お給料もなく住み込みでなんでもやる。
次の10年は東京の落語で言えば二つ目さんのようなもの。次が番頭さん。さらに上が大番頭。

室内で羽織を着るのを許されてるのは大番頭さんだけなので、番頭さんは出先から帰ってきたら羽織を脱いでから屋敷へ入るのだ、という話、など。

こういう背景を教えてもらうと、その頃の風景が目に浮んでくる。ただネタのストーリーを面白く味わうだけでなく、自分の頭の中で映像が立ち上がって、文菊さんのお顔の表情やら、着物の動かし方などから連想し、登場人物たちが動き出すのが楽しい。

案内(解説)しますよ、とやるのではなくて、マクラで関連するお話をしながら、私達お客に自然と、当時の価値観やら環境やらを想像させてしまうのは、本当に上手やなぁと思う。

百年目

そうして入ったのが、大きなネタの百年目。奉公人たちも番頭さんも、芸者衆もでてくるし、太鼓持ちも登場する。それぞれの役に合わせてくるくると変わる表情や仕草がほんとに素敵。

お話の中心は、堅物で鳴らした大番頭の治兵衛さんが、奉公人たち大旦那に隠れてコッソリ屋形船でどんちゃん騒ぎをするところ。

最初は治兵衛さん、人目につくことを恐れて障子を閉めさせ、岡にも上がらない用心深さだったのが、酔いも回って気が大きくなると、太鼓持ちや芸者衆に乗せられ、桜を見ようと舟を岸につけ、岡に上がってしまう。

そして、顔を隠してのメンナイチドリ(鬼ごっこ遊び)を始め、あっちへふらふら、こっちへふらふら。

「つかまえた!」とやったら、なんと相手は奉公先の大旦那だった!

正体を見抜いた大旦那の、「ずいぶん酔ってるようだから、危なくないように遊ばせておくれよ」と太鼓持ち達にかける言葉が粋だ。

てっきり、こっ酷く叱られるんだと思ってた。いや、ここは大衆の手前、大物感を出して花を持たせてもらったけれども、お屋敷に帰ってからクドクド言われるに違い無い、と思っていた。

ところが、大旦那はやっぱり器が違う。「センダンとナンエン草」の話には、ははぁ、なるほどと唸らされた。

さらには、どんちゃん騒ぎのお金の出所を、大旦那の役目としては確かめないわけにはいかないから、これまで一度も、報告を受けてから改めたことのない台帳を寝ずに確認したところ、一円だって誤魔化したところはなかったと。だからお前さんの器量なんだと認めるところは、器のデカさと信頼を裏切らない大番頭さんの実直さに心打たれて泣けてきてしまった。

マクラの理不尽話から入っての、この大きなネタ。私は初めて文菊さんの落語わ聞いたけれども、文菊さんの魅力がいっぱい詰まった回だったのではないだろうか。

大満足。

オススメしてもらって本当に良かった。

文菊さん。
次も必ず伺います。

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