秋の七草
秋の七草の成立、各花の特徴や効能、見ていた光景についてなど、考えたことを記します。
この記事を読んで気になったとしても、絶対に、草の薬効をご自分で試そうとは思わないでください。法に触れない範囲で、根を掘ったりする分には大丈夫かと思いますが、効き目が気になる方は漢方の専門店へ!
●秋の七草の成立
秋の七草は、日本最古の歌集である「万葉集」巻八に登場する。万葉集の成立は700年代の中期から後期と考えられており、さらにこの歌集が平安時代すでに基礎教養として知られていたことを踏まえると、平安時代頃から「秋の七草」は少なくとも知識層には知られていたと考えられる。
以下が、「秋の野の花を詠める歌」として山上憶良が詠んだ二首である。
あきののに さきたるはなを
およびおり かきかぞうれば ななくさのはな
(秋の野に咲いている花を、指折り一つ二つと数えてみると、七種の花々があることよ)
はぎのはな おばな くずばな なでしこのはな
をみなえし また ふじばかま あさがおのはな
(萩の花、すすき、葛の花、撫子の花、女郎花、そして藤袴、桔梗の花)
平安時代後期に成立した漢和辞典『新撰字鏡』において「桔梗」の項に「あさがお」の振り仮名が振られているため、この「あさがおのはな」は桔梗を指すと考えられる。
●萩
名称:ハギ
分類:マメ科ハギ属
草丈:1〜2m
開花:7〜9月
分類的には低木に属する。大きく立ち上がり、花房は枝垂れる。晩夏から秋にかけて、エンドウマメやカラスノエンドウに似た多数の赤紫色の花を咲かせる。
花後、ガーランドのような形の種子をつける。衣服につきやすく、「ひっつきむし」等呼ばれることもある。根粒菌という微生物と共生関係にあり、この作用で土壌を豊かにする。
根に、婦人のめまいやのぼせに対する薬効があるとされる。
●芒
名称:ススキ、オバナ、カヤ
分類:イネ科ススキ属
草丈:1〜2m
開花:9〜10月
「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」に詠まれたのもススキである。暑さ寒さに強く、分布が広いため、日本人の生活に深く根付いている。他の植物を圧倒する勢いで生育し、その高さは植物にも関わらず2mを超えることもある。
他のイネ科植物同様、葉は薄く固く鋸の歯のようにギザギザしているため、手指などを切りやすく、痛みが強い。花粉症のアレルゲンにもなる。
月見に添える他、箒や郷土玩具に使われたり、屋根に拭いたりもする。
●葛
名称:クズ
分類:マメ科クズ属
草丈:1.5m〜
開花:8〜9月
多年生のつる植物であり、環境が良ければ10mほども蔓を伸ばして成長する。
根塊を用いて作るものに、葛根湯がある(たくさん飲んでカイロを貼って寝るとだいたいの風邪の初期症状は治ると実感している)。その他、根塊から採れたデンプンを用いて葛餅や葛湯、葛切りなどが作られたり、蔓を用いて布を折ったりと、幅広く利用されている。
根に解熱、発汗作用があるほか、葛花もめまいや悪寒に効果がある。
●撫子
名称:ナデシコ、カワラナデシコ
分類:ナデシコ科ナデシコ属
草丈:10〜80cm
開花:4〜10月
カワラナデシコは日本原産種であり、深い切り込みのある花びらが特徴。可憐な花姿とは裏腹に、庭の隅でいつまでもしぶとく咲き続けている。
草や種子に、消炎、利尿等の効果があると言われている。また、種子はかつて堕胎薬として使われていた。
●女郎花
名称:オミナエシ、粟花、敗醤
分類:スイカズラ科オミナエシ属
草丈:1〜1.5m
開花:6〜9月
数本の茎をまっすぐに伸ばして、多数の黄色い花を咲かせる。花には独特の香りがあり、
まれに、オトコエシとの間にオトコオミナエシという種を作ることがある。
根と全草に、鎮静、抗菌、消炎作用がある。また溶血作用(赤血球破壊作用)があるため、貧血を起こすことがあり、連用は避ける。
●藤袴
名称:フジバカマ、アララギ、香草
分類:キク科ヒヨドリバナ属
草丈:60〜120cm
開花:8〜10月
茎は直立し、小さな花を10cm程度の房状に咲かせる。茎や葉を乾燥させると良い香りを放つ。
源氏物語にも「藤袴」という巻名が用いられている(ちなみに内容は、喪中の玉鬘が源氏その他に口説かれるというもの)。
水製エキスには、利尿、解熱、血糖効果作用があるとされる。
2018年、環境省によって准絶滅危惧種に指定された。
●桔梗
名称:キキョウ、アリノヒフキ、ヨメトリバナ
分類:キキョウ科キキョウ属
草丈:15〜150cm
開花:6〜10月
茎は直立し、先端に5〜7cmの花を多いときで10輪ほど咲かせる。
家紋としてデザインされるなど深く愛されており、明智家もこの桔梗がデザインされた。江戸時代には貝原益軒によって多数の園芸品種が紹介されている。
根には消炎、排膿、鎮咳去痰作用があるとされる。
●山上憶良の風景
この歌が詠まれた背景、山上憶良が見ていたものについて、以下に考察。
①生活で利用する植物を意図的に詠み込んだ
多くが薬効を持つ植物、人の生活になんらかの役に立つ植物であることから、これらを意図して詠み込んだ可能性。
ただしいつから漢方として使われ始めたか未確認であり、また山上憶良本人がその効能を熟知していたとも考えにくい。漢方とは関係のない植物もあることから、効能等は意識していないと推定。
②実際に眼前の風景を詠んだ
屋久杉の年輪から推定する気温変化によると、山上憶良が生きた600年代後半から700年代は、現在より1〜2度気温が低かったようである。つまり秋の到来が現在よりやや早く、開花時期も1ヶ月程度前倒しに見る必要があろう。ともかく、現在の9〜10月であれば、全種咲き乱れる野を見られたとしても不思議はない。
ただし、これらの植物は高さや育ち方に大きな差があり、ひとところに咲き乱れる、という風景が想像しにくい。葛の枝ぶり、萩の茂み、すすきの群生、藤袴と桔梗と女郎花となでしこの草むら、と個々はピンとくるが、葛が繁茂しすすきが群れている野に、桔梗が咲くのか…? 誰かの庭か何かではないのか…?
③秋の野全体を詠んだ
「秋の野を眺めていると、こんな花々が入れ替わり立ち替わり咲いているよ」という意味とも取れるかもしれない。ここで歌の確認を。
あきののに さきたるはなを
およびおり かきかぞうれば ななくさのはな
益荒男振の万葉集なら、そんなダイナミックな歌もありうるかもしれない。
ただ、
・「咲きたる」が完了の助動詞=全ての花が咲いている状態と読めること
・「指折りかき数う」=指をおって一つずつカウントしていること
これらを踏まえると、やはり目の前に咲いているものを並べ上げた、と見るのが自然と思われる。
……となると、山上憶良が見たのは本当に「野」だったのか。撫子や藤袴といった可愛らしい背丈の花々と、ススキや葛といった野山のラスボスが、どうすれば野原でうまく共生できるのか。
謎は深まるばかりである。
●所感
山上憶良というと、貧窮問答歌あたりが有名でしょうか。このほかに、飲み会を途中で退席するときの歌を作ってらっしゃるんですが、これがほんと満点なんですよ。私もいつか使おう。「子どもが泣いてるでしょうし、子どもを抱っこしてる相方も待ってるでしょうから」。これを歌ってさっとハケる。なんて出来た御仁なんでしょう。
萩、ススキ、葛あたりは、家の近くの野道でも簡単に見つけられました。春に植えた60円の撫子は、まだ頑強に花咲かせてるよ…。一方夏終わりに植えた桔梗は、すっかり埋もれてしまいました。伸びるのが遅いんだよ! 朝倉氏の袂でうだうだやってっから! これは明智ですね。麒麟は良かった。
●参考
https://www.benricho.org/koyomi/nanakusa_aki.html
https://www.mnc.toho-u.ac.jp/v-lab/yakusou/intro/autmn7/akino-nanakusa.html