フライドチキンとピンクマウス

「名前を教えてほしいんだ」
そんなことを聞いたのは、何度目かに会ったダイナーでのこと。
彼が軽食にとピンクマウスをつまみ、喉を鳴らしてそれを飲み込んだ、少し後のこと。

ダイにとってはこうした食事会に彼が来てくれるということが、それだけで既にうれしかった。まるでデートのようだと、何度思ったかしれないくらいに。
浮かれきったその気持ちでいると、彼は手のひらより小さなマウスを口に放り込む姿さえどことなく、愛らしくみえる。
そんな幸せの中にあってさえ、それ以上を望んでしまうのが人間のさが、というものなのだろうか。何度か会う度に、ダイの中では、彼の名前を呼びたい、という想いが募っていったのだ。そしてそれは、つもりにつもって息のできなくなるくらい、ダイの心のほとんどを占めてしまった恋心と同じくらいの山になり、腹の中、心の底に溜めておけなかったものが口からあふれてしまうのは、当然のことのようにも思えた。

「名前をね、呼びたくて。」

なまえ、と、ほんの少しきょとんとして見える顔で、彼はいう。
なまえ、と、彼は繰り返す。
いつまでもきみと呼ぶのが気恥ずかしくて、だなんて、ダイはへたくそな嘘をつく。

たしかにいつまでも、他人行儀に、きみ、だなんて呼ぶのは気恥ずかしさもあるのだけれど、ダイにとってのいちばんの理由はそこではないのだから、これはささいな嘘だった。

彼は、ぽつりと、なまえではないけれど、アオダイショウという種である、というようなことを言ったような気がした。彼の声はなんとなくふしぎで、ダイには声として届かない。それが不便でもあるのだけれど、そのふしぎな感覚は彼特有のものだから、なんて、とても愛おしくもある。

「じゃあ、アオくん、って呼んでいい。」

おれのことはダイでいいよ。
なんて言うと、彼はおうむ返しにダイと言い、ちょっと考えた後に、首をかしげて、くん?と付け足す。ダイの呼称を真似たのだろう。おそらくは名前を呼び合う文化のないのだと思われるそのしぐさに、やっぱり文化が違うのだなあ、なんて、ダイはちょっと、うれしくなった。
人間どうしが、違うということを認め合えることは少ない。
けれどそうではないからこそ、認め合うのになんの障害もない。
それもまた、ダイは、アオとすごすうちに「好き」だと気づいたことなのだ。

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アオダイショウの彼と、彼に恋した大学生

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