魚倉

生まれる時代を間違えた

魚倉

生まれる時代を間違えた

マガジン

  • 「いい子」をやめたかった

  • Lonely

    加筆修正を大幅に加え、書き下ろしもつけたものを、コミティア123にて頒布予定。

  • インク溜まりの悪あがき

最近の記事

先輩の話

文筆家というのはただ「走った」というだけのことを表すのにも気を遣い神経をすり減らして生きている。私も一読者に過ぎなかった頃はなんというか、難儀な人種だとか、「走った」と書いてはたしてどんなふうだったかと想像させるのが仕事ではないのかとか思ったものだったが、いざ筆を取ってみると「そう描かねばならない」という強迫に駆られるのだ。 私がそれに気づいたのは、例の25日がうんと過ぎた時のことだった。 先輩のことなどもう忘れてしまうのではないかというくらい長い時間を経て、私がSNS

    • フライドチキンとピンクマウス

      「名前を教えてほしいんだ」 そんなことを聞いたのは、何度目かに会ったダイナーでのこと。 彼が軽食にとピンクマウスをつまみ、喉を鳴らしてそれを飲み込んだ、少し後のこと。 ダイにとってはこうした食事会に彼が来てくれるということが、それだけで既にうれしかった。まるでデートのようだと、何度思ったかしれないくらいに。 浮かれきったその気持ちでいると、彼は手のひらより小さなマウスを口に放り込む姿さえどことなく、愛らしくみえる。 そんな幸せの中にあってさえ、それ以上を望んでしまうのが

      • 新刊届きました。 ブロマンスSF純文学です。 公開しておりましたLonelyを下書きに、倍以上のボリュームでお送りします。78ページ、700円。既刊はプロローグのみ在庫切れですが間の2冊あります。既刊含め通販承り中。よろしくお願いします。

        • 【連載のおしらせ】 黒髪の美青年と無骨なおじさんの薄暗く澱んだBL、連載してます。 毎週金曜の夜更新。 未完の黒髪 - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054883604212 #BL #美青年 #おじさん #純文学 #白紙文庫

        先輩の話

        • フライドチキンとピンクマウス

        • 新刊届きました。 ブロマンスSF純文学です。 公開しておりましたLonelyを下書きに、倍以上のボリュームでお送りします。78ページ、700円。既刊はプロローグのみ在庫切れですが間の2冊あります。既刊含め通販承り中。よろしくお願いします。

        • 【連載のおしらせ】 黒髪の美青年と無骨なおじさんの薄暗く澱んだBL、連載してます。 毎週金曜の夜更新。 未完の黒髪 - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054883604212 #BL #美青年 #おじさん #純文学 #白紙文庫

        マガジン

        • 「いい子」をやめたかった
          2本
        • Lonely
          9本
        • インク溜まりの悪あがき
          8本

        記事

          【連載のおしらせ】 闇が深めの双子BL小説、 連載はじめました。 ひめごと - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054884903662 #連載 #BL #双子 #純文学 #白紙文庫

          【連載のおしらせ】 闇が深めの双子BL小説、 連載はじめました。 ひめごと - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054884903662 #連載 #BL #双子 #純文学 #白紙文庫

          コミティア123のお知らせ。 当サークル「白紙文庫」は、コミティア123への申し込みをしております。スペースをいただけた場合、当日は「Lonely」としてマガジンにまとめてあるものを下書きとした新刊、「冬」、および既刊を携え、筆者「魚倉」が出展します。

          コミティア123のお知らせ。 当サークル「白紙文庫」は、コミティア123への申し込みをしております。スペースをいただけた場合、当日は「Lonely」としてマガジンにまとめてあるものを下書きとした新刊、「冬」、および既刊を携え、筆者「魚倉」が出展します。

          -白紙と安寧

           彼は夏の暑さで憂鬱な顔をして、汗で首元に髪をはりつけて、じりじりと鳴く蝉の声に内側から炙られながら、冷たいアイスクリームを食べるのが好きだった。きっと彼自身はそんなこと意図してもいなかったのだろうけれど、私がペットボトルの飲み物を買って行った時と、それにアイスも買って行った日とでは、目の輝きが違っていた。  彼はその暑さを鬱陶しいと言いながら、それでも愛しているようだった。たしかにそれを鬱陶しいと思いながら、それでもその鬱陶しさがあってこその楽しみを見出していた。  そんな

          -白紙と安寧

          白紙と安寧

           崩壊の足音は、雪の降る音だ。  冬が来て、街が死んだ。徐々に死につつあった人間たちは、街が死ぬ頃にはほぼ死に絶えていた。  世界の終わりは、今までに何度も、映画や漫画、小説で見てきた。その終わりはどれも劇的で、涙を誘いさえしたし、時には「次の世界」への希望すら持てるものだった。  現実は、残酷だ。  終わる世界には何もない。  しんしんと降り積もる絶望が、心を凍らせる。  次の世界なんてありやしない。何もないんだから、何にも、つながらない。 白紙と安寧  

          白紙と安寧

          --少女、ひとり

           ふとモニタに視線を戻すと、私がジョンドゥの声に混乱していた間にも――当たり前だけれど――時間は過ぎていて、モスグリーンの人影は「彼」の隣に座っていた。  あぁ、そうだ。「彼」のことは、私が守っていたんだ。けれどもう守れなくなったから、だから。  「守れなくなった、と、自分を責める必要はないさ。すべてがなるようになった。当然の帰結なんだ。」  まるで、私が何をどうしようと同じであったかのような。この真っ白な結末は最初から決まっていたものであるかのような口ぶりに、私

          --少女、ひとり

          -少女、ひとり

           その声は確かに聞こえるけれど、私の回線は随分前に切られているはずだ。  この部屋にきてすぐに切られた回線。もう外部との通信は必要ないと、するべきでないと、そして何よりも、私はもう世間様にとっては存在しないものと同じであると思い知らされたそれから、声が聞こえた。  私はまだ生きているのだ。と、場違いな感慨が湧いて出た。  切られたはずのその回線を利用できる人間がいるとしたら、それはきっとこの部屋を管理している連中よりもずっと上等な人生を約束された誰かだろうけれど、私にそんな人

          -少女、ひとり

          少女、ひとり

           灯りを落としてから、どれだけが経ったか分からない。もう死ぬのだと覚悟を決めて、それから。暗い部屋には相変わらず、モニタの中の真っ白な景色が映っていた。  私の手を離れ誰かに渡されたそこには、もう、何もない。  守りたかったものの、大切に思っていたものの亡骸を無意味に眺めさせられているというのに、私のこころは意外にも穏やかだ。  そこは、私の玩具箱などではないのだと分かったから。ようやく実感を伴ったその感覚。  きん、と耳に響く静寂。  彼ひとりを映し続けていたモニタに

          少女、ひとり

          --遠く、遠く

           きっと消失を目の当たりにした人間は皆、私と同じような状況に陥ったのだろう。騒ぎ立てることもできないほどの圧倒的な虚無感。あの人が消えた、だの、いなくなった、だの、言い方は山ほどあるけれど、そのどれもが言葉にしようとするだけで、あの時の記憶を掘り返し心の傷に塩を塗りこめる。  関係者以外の誰にも気に留められることなく、そして、関係者は誰もが忘れようとするほどの衝撃を与えるには、きっと「目の前で消してしまう」のが一番効率がいいのを、この世界は知っていた。  そして私は――

          --遠く、遠く

          -遠く、遠く

           ぼんやりとした白ばかりの視界。  私の前に道はない。私の後ろに道はできる。  いつだか何かの本で読んだ文言がそのまま、今の光景に当てはまる。目の前にはただ真っ白く、どこに側溝があるかも分からない雪ばかりが広がっていた。  私の散歩の目当ては、コンビニエンスストアへ行くことだった。  今はもう、あの頃の異様とは比べ物にならないほどの異様が、街を覆っている。雪のように。それは当たり前の顔をして、静かに忍び寄り、そして街を、生活を侵食した。   なんとか側溝に落ちることも、

          -遠く、遠く

          遠く、遠く

           季節は過ぎ去った。  赤や黄色にとりどり染まった街路樹の葉はすべて散り、その腐葉土の匂いすら、降り続く雪に圧し殺される。穏やかに、いつもと変わらないような顔をして流れて行く日々、世界にとって私ひとりの人生など他人事。  街にはもはや、誰一人として人影はなく、話し声も、冬への反抗、雪かきの跡も、足跡ひとつも、みられない。 遠く、遠く  すべての始まりはあの秋だったように思う。  見も知らぬたくさんの人間が失踪し、死んだはずの人間が生き返り、そしてそれに気づかぬ人々

          遠く、遠く

          45分

          マーマレードができた。 鍋の中でつややかに光る。 かけていた火を消して、 隣に置いた鍋に水と、 瓶を入れて火にかける。 瓶を先に煮沸して、冷やして、 さめたところに、 できたてのジャムを入れて、 それでわたしは、 瓶を割ったことがある。 ガラスの瓶はそのとき、 切ない小さな悲鳴をあげた。 そのことを思い出すと、 わたしは決まって、 何年か前にわたしの一番だった男を、 思い出してしまう。 わたしは子どもを作れなかった。 彼はそのせいで、 冷えてしまった。 わたしがいく

          38分

          口を縛った茶漉しの中に、 オレンジのタネと、 白い甘皮を入れたもの。 鍋の中では、 それがすこしずつ、 なにかよくわからないけれど オレンジをマーマレードにするものを、 ぐつぐつという音に合わせて出している。 生産性。 わたしの大嫌いな言葉。 わたしは何も生み出せない。 わたしは何も作れない。 こうして見ている鍋の中、 ぶつぶつと飴のようなマーマレード。 それだって、 わたしより上等な命の使い捨て。 わたしに何ができるんだろう。 ぼんやりと、沸き立つ湖面を見つめる