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2999【MSS】

ある朝、カノジョは死んだ。

2999年の12月24日のことだった。

カノジョの造り物の頬はとても冷たかった。ロボットだから当たり前なのかもしれない。
こういう時、人間だったら涙を流すのだろう。
でも、ボクはロボットだから涙を流すことはできない。

庭に穴を掘って、カノジョを埋めた。人間はそうしていた。ロボットがする必要はないだろうけど。
カノジョはボクの妹でもあり、友達でもあり、恋人でもあった。

ボクらは、小さな村で大昔の人間のマネをして暮らしていた。
ここには人間もいないし、他のロボットもいなかった。
ボクとカノジョだけ。
一日の流れは大体こうだ。
朝日が昇ると、ベッドから動きだし、ヴィンテージのドラム式洗濯機をただ回しながら読書し、午後は食べられないのに育てている野菜畑の世話をし、夜になるとカノジョとソファに座り、クラシック映画を見る。
最後に見たのは、1999年の映画。
ボクとカノジョのママとパパが子供だった頃の映画だった。
カノジョとは時々、人間のマネをして、抱き合ったり、キスしたり、愛撫した。
そして、ベッドで朝を待った。

その日、朝日が昇ってもカノジョは起きなかった。
最初は、寝坊のマネをしているのかと思った。それとも日曜の朝の人間のマネ?
ボクは笑った。表情は変わらないけど、笑ったんだ。チャーミングだなって。
だから、ボクも枕を投げてみた。でも、カノジョは動かなかった。メンテナンスはしたばっかりだ。
死んだマネ? ロボットが死ぬなんて。
でも、カノジョは死んだ。ボクはそう思った。

その日、ボクはどうしたらいいのかわからなかった。
人間のいた時代には、ボクはロボットとして黙々と人間の仕事をこなしてきた。
感謝してくれる人間もいたし、仕事を奪われた人間にはひどいことを言われたりもした。
人間はどんどん増えて、何百年か経った頃から減り始めた。
ボクは仕事を変えながら、ボディを変えながら、今日まで生きている。
人間と一緒に働いた時代もあったし、人間を殺した時代もあった。
人間がいなくなった頃だった。ボクとカノジョが人間のマネをして、誰もいないこの村で暮らし始めたのは。
だから、カノジョが死んだ今、何をしていいのかわからなかった。
仕事をくれる人間も、人間のマネを一緒にしてくれるカノジョもいなくなって。

次の日の朝、もしかしたら昨日のボクも、人間のマネをしていたのではないかと思った。
最愛のカノジョを失ったマネ。映画で見たこともあるシーンだ。
そして、ボクはこの村を去ることに決めた。

外は砂埃がひどく、ボクは人間が残していったローブを着た。
出発する前に、長年住んだ部屋を眺めた。
ボクのメモリーにはママとパパとの記憶は鮮明に残っていたけど、なんとなく一緒にとった色褪せた写真を鞄にしまった。

日中はずっと歩いた。飛ぶこともできたけど、ボクは疲れることがないから、歩くことにした。
夜は寒くないけど、焚き火をし、星を眺めた。
ナビも使わず、何ヵ月か歩いた頃、高層ビルが立ち並ぶ大都市が見えた。
人間が暮らしていた街かもしれない。
街に辿り着いて、驚いた。その街ではたくさんのロボットが暮らしていた。
恋人同士のようなロボットが街を歩き、子供と思われるロボットを連れた親子のようなロボットまで。ペット型ロボットを散歩するロボットもいる。
街中が人間のマネみたいだ。
カノジョとひっそりと暮らしてきたこともあって、久しぶりのロボ混みにやれやれと思っていたとき、映画館を見つけた。
特にやりたいことはなかったけど、映画館で映画を見てみたいと思った。見たことがなかった。
満員のシアター。最新の映画らしい。ボクは少しワクワクした。
上映されたのは、ロボットが演じるアクション映画だった。
大都市で、ロボット同士が派手な変身をし、バトルを繰り広げ、派手な爆発シーンからロボットが無傷で生還するというなんともつまらない映画だった。むしろ、シュール過ぎやしないか。
ひどくがっかりして映画館を出たボクは、あるポスターが目にとまった。
『自主製作映画、持ち込み募集中』
映画を自分でとるか……。
何もやりたいことはなかったけど、映画はとってみたいかもしれない。
でも、ボクには映画を一緒にとってくれる仲間も映画監督のマネに付き合ってくれるカノジョはもういない。

行く場所もないボクは、夜の公園でカノジョと暮らしてきた何百年という膨大なメモリーを、公園の壁をスクリーンにして映した。
そして、カノジョとの日々を編集し、一本の映画を完成させた。
早速、映画館のオーナーに、出来上がった映画を見てもらった。
ボロボロのローブに身を包んだボクを見て、最初は期待していなかったオーナーだったけど、映画を見終わった後、拍手をし、こう言った。
「これこそ映画だ。静かで美しい瞬間の連続がここにある」

ボクの初監督作品『2999』は映画館に買い取られ、上映が決まった。
映画はオーナーの宣伝と、今までのロボット映画とは違う作りもあってか、シアターは毎回、超満員の大ヒットを記録した。
ボクは一躍、有名な映画監督となった。街を歩けば、たくさんのロボットに囲まれた。
次から次へと仕事が舞い込み、何もすることがなかったボクの生活は忙しくなった。
公園での暮らしもホテル暮らしになり、超人気ロボット女優が主演する映画監督にも抜擢された。
その女優とは役者と監督以上の関係にもなった。
スベスベとした最新の加工が施されたボディを撫でながらも、ボクはカノジョの型落ちしてデコボコとしたボディをよく思いだし、笑った。
「何、笑ってるの?」
「そろそろメンテナンスが必要なのかもしれない」
そういう時だけ、ロボットぶって誤魔化した。

ある年の大晦日。
カウントダウンを控えた街は、たくさんのロボットたちで賑わっていた。
超高層ビルの最上階からそんな街の景色をボクは眺めていた。
悪くない暮らしだ。好きな映画を仕事にもできた。
人間のマネをして、ここまで登り詰めた。
それでも、なんなんだ。どこかが正常ではないようなこの違和感は……。
ボクは思考を切り替えようと、映画をランダムで再生した。

あっ……。

その映画は、カノジョと最後に見た1999年の映画だった。
ソファにひとり座って、映画を見終えると、ボクは部屋を飛び出した。

何十年ぶりだろう。
村は真っ暗で、ボクは自分のライトを頼りに、カノジョを埋めた庭を掘った。
カノジョはちゃんとそこにいた。
抱きかかえるようにして、穴から出して、カノジョをおんぶした。
「迎えにきたよ」
カノジョはもちろん動かない。
ボクはカノジョとこの星を離れることに決めた。
それは人間が宇宙を目指したことのマネなのかもしれない。人間が宇宙開発で得られた情報は確かにある。でも、それもある地点までの情報までで、そこから先はボクにもわからない。だからこそ、確かめてみたい。
そこから先はマネじゃない。そして、その旅にはカノジョが必要だ。
ボクはここまで乗ってきた最新のスペースオープンカーに、向かって歩いた。
ふと、立ち止まる。
一瞬、カノジョが抱きしめてくれたようなそんな気がした。
振り返ることはせず、ボクは満天の星を見上げた。
これはマネではない。
そうしたくなったからだ。

ボクとカノジョは、カウントダウンが始まる頃、この星を旅立った。

(了)

読んでくださった方、ありがとうございます。

そるとばたあ@ことばの遊び人です!

音楽から物語を創作するMSS(ミュージックショートショート)の第2弾。

今回の物語は、羊文学の『1999』から想像して完成したお話です!

この曲は、初めて聴いたときから、音や言葉から物語を作りたいとずっと思っていた曲でした。

物語単体はもちろん、素敵な曲と一緒にも楽しんでいただけたら嬉しいです。

ショートショート×音楽。

これからも楽しいこと考えていきます!&

文章や物語ならではの、エンターテインメントに挑戦しています! 読んだ方をとにかくワクワクさせる言葉や、表現を探しています!