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Co.山田うん 『In C.』 の音楽

山田うんさんから「次の新作は『In C.』でお願いします」と依頼された時は、驚いた。

この曲の楽譜は、53の断片的なフレーズが番号順に記された一枚の紙だ。

演奏人数も楽器編成も指定されていないが、ふつうは十数名以上のアンサンブルで演奏される。どのタイミングで次のフレーズに移行するかは演奏者に任されていて、53番目のフレーズで曲は終わる。このルールに従ったうえで、各奏者は自由にプレイすることを許された、いわばスポーツのような作品だ。

したがって結果としてのサウンドは、演奏のたびに毎回ちがったものになる。複数の奏者による即興的なインタープレイが、この曲の最大の魅力だ。それをコンピューターのプログラミングによる「音源」として、一人きりで制作するのか! 複数の音楽家になりきって脳内でヴァーチャルな合奏を行い、それを録音するということか! こいつは面白くなってきたぞ ──

と、興奮したのには理由がある。この作品をぼくが初めて聴いたのは、1980年代半ばのことだ。前衛的な「現代音楽」の書法を学び、細かい音符を複雑に並べた楽譜をみっちり書き込めば書き込むほどエラい ── そう思い込んでいた作曲学生の頃、ある先生がテリー・ライリーによる『IN C』と『シュリー・キャメル』のレコードを貸してくれた。ほかにもフィリップ・グラスやスティーヴ・ライヒを聴かせてくれた。一般にミニマルミュージックと呼ばれる、こうした音楽に触れたのは初めてだった。小難しい楽譜など書かなくても、こんなにエキサイティングな音楽が作れるのか。目からウロコだった。

おりしも当時は「ニューアカ(ニュー・アカデミズム)」ブーム。浅田彰『逃走論』のキャッチフレーズ「パラノからスキゾへ」が流行語になった。従来の権威を否定して、ポストモダンの現代思想をポップに語るのが「ナウい」時代だった。難解な哲学や高尚な文化を重んじる価値観から軽やかに「逃走」し、ファインアートもサブカルチャーも等価に語るのが「イマい」態度だった。そんな中、ぼくもミニマルミュージックをきっかけに環境音楽、実験音楽、民族音楽、ノイズサウンドにダンスミュージック…… まさに等価な対象として、雑多な音楽を聴くようになっていった。

そもそも『In C.』が作られたのは、従来の権威が根底から揺さぶられた時代だ。

作曲は1964年。この前年には、アメリカ公民権運動の象徴とも言える「ワシントン大行進」において、キング牧師が有名な「I have a dream」の演説を行なっている。そして作曲者名義のレコードが発売されたのは1968年。世界中で学生運動が吹き荒れ、パリでは学生や労働者の「五月革命」が政権にノーを突きつけた年だ。政治的には、それまでマジョリティが握ってきた強大な権力を否定する動き。哲学思想的には、世界を説明する「大きな物語」や、物事を白黒に分けて判断する「二項対立」の思考に異議を唱える動き。こうした大きな変化が、世界のいたるところで進行していた。

その空気は、音楽界にも及んでいた。アカデミックに閉じた世界で、楽譜書法の洗練をめざしてきた芸術音楽にも、ジャズやロック、あるいはアフリカやアジアの民族音楽のように、演奏する「身体」や「場」そのものがフレッシュなサウンドを生み出すような方法論が持ちこまれていった。現代思想ふうに言えば、エクリチュール(書き言葉)とパロール(話し言葉)の二項対立を「脱構築」し、どちらも活かすような音楽だ。ミニマルミュージックもその一つと言えるだろう。じっさいライリーもアカデミックな教育を受けた作曲家でありながら、ジャズ・サックス奏者ジョン・コルトレーンに大きな影響を受けたと語っているし、一方ではインド伝統音楽の専門家でもあるのだ。

今回の制作にあたって、まず最初にしたのは、とにかく譜面を読みこむことだった。ここにある53個のフレーズは、C(ハ音)という単音の響きに含まれる自然倍音列から音を選び、さまざまに並べかえたものだ。毎日ずっと眺めているうちに、琉球やインドネシアの音階、ロマやフラメンコの旋律、ブルガリアの女声やモンゴルの男声、ブラジルのサンバやアフリカの三連リズム ── 世界中のありとあらゆる音楽が、この中に織り込まれているように思えてきた。「妄想」だろうか。いや、倍音列という物理現象に基づいている以上、どんな時代のどんな民族にも共通する要素が含まれていて当然ではないか。そして仮に妄想であっても、それを現実のサウンドとして召喚することが、コンピューターならば可能だ。

結論を言おう。パロールの極みとしての、さまざまな民族の音。エクリチュールの表象としての、西洋オーケストラの音。そして20世紀という時代の象徴としての、電子の音(『In C.』が作曲された1964年は、電子楽器の代表格『モーグ・シンセサイザー』が発表された年でもある)。これらが渾然一体となった万華鏡のようにカラフルな夢の中を、ノンストップで移動していく「音色の旅」を企画することにした。

とはいえ、ここでのぼくは一介のツアーコンダクターにすぎない。この予想のつかない旅を駆け抜けていくのは、12人の旅人=ダンサーたちだ。彼らの身体が、その躍動が、果たしてどんな景色を見せてくれるか、楽しみでならない。

さあ、旅の始まりだ!

(2022.10.21. 初演パンフレットより転載)

撮影:嶋本丈士

Co.山田うん 『In C』

振付・演出・美術:山田うん
作曲:テリー・ライリー
作曲・音楽:ヲノサトル
衣装:飯嶋久美子
出演:飯森沙百合、河内優太郎、木原浩太、黒田勇、須﨑汐理、田中朝子、角田莉沙、 西山友貴、仁田晶凱、長谷川暢、望月寛斗、山口将太朗

初演: 
2022年 10月21 - 23日  KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオ (横浜)

再演
2022年 12月28日(水) 19:00-
2022年 12月29日(木) 14:30- /  19:00-
スパイラルホール (東京)


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