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私と車とスズメバチ

「この中にお医者様はいらっしゃいますでしょうか」
 私は一人、車の中で呟いた。この問いかけの答えは当然NOだし、応えてくれる人間すら存在しない。理由は至極簡単で、何故ならばこの車には私しか乗っていないからだ。このような絶望的な状況、おそらく生涯の中で一度あるかないか、そんなレベルの発生頻度である。いやきっと『ない』生涯を過ごす人の方が多いはずだ。

 高速道路を運転するこの車の中に、スズメバチがいる。先ほどの車線変更の際に左のサイドミラーを見た瞬間、視界にそれが入ったのだ。この黄色と黒の禍々しきコントラスト。圧倒的速度で上下する羽根。誰がどう見ても悪人面に感じられる顔面。最悪だ。私は現在進行形で死を覚悟している。死を覚悟するのは、車の事故にあいそうになったり、ナイフを持った男に財布の中の金を要求されたり、あとは自分の仕事のミスを上司が発見した時だったり。こんなふうに瞬間的に感じるものだろう。長くて1~2分程度だ。しかし私はかれこれ5分も死を覚悟している。そしてこれから高速道路を乗り続ける2時間も、継続的に死を覚悟するだろう。

 スズメバチに2回刺されると、アナフェラキシーアレルギーショックで死に至る。しかし別に、過去に一度も刺されたことはない。なので今ここでスズメバチに殺されたりはしない。問題は私自身にある、私はペーパードライバーなのだ。就職してからはずっと電車とバスと徒歩移動で仕事をしてきたのだが、部署移動をしてからはそうも言ってられなくなった。そして今日の早朝、7年ぶりに車に乗って取引先に赴いた。行きがけの運転で分かったのだが今の私では、運転しながらラジオのチャンネルを変えたりエアコンを操作したり携帯の着信に出たり、そういう操作が全くできそうもない。要するに運転そのもの以外に集中力を割く余裕が無いのだ。となればこの後の私の運命は決まりきっている。スズメバチに気をとられ事故を起こすか、スズメバチに刺された痛みで誤操作をして事故を起こすか、あるいは普通に事故を起こすか。

 私は、感じた。私の左肩甲骨上部にスズメバチがいるのを。僅かな異物が肩に乗って、その重みが服を押し、服の内側が私の肌に触れている。直接手で払おうにもハンドルは離せない。なので肩を背もたれに擦り付けてやった。こうやって潰してしまおうとしたのだが、まったく手応えがない。たんにうまく挟めなかったか、挟まれる直前に肩甲骨丈夫から離陸したか。この推測の正解は後者だった。バックミラーに空中で佇むスズメバチが写った。

 いったいどこでスズメバチが入り込んだのだろうと考えると、タイミングはいくつかあった。あの自然豊かな田舎町で、ドアを開けっ放しにして部長と長電話したり開けっ放しにして荷物の整理をした。そりゃあ入り込んでしまう。もしこの世にタイムマシンがあったら私はまず過去に戻ってドアを閉めるだろう。

 真面目に生きて、真面目に働いてきた末路がこれか。毎日スーツを着て朝早く出社して、夜遅くまで仕事をして。お堅い会社のお堅い上司に従って生きてきた。もっとクリエイティブな仕事をフレキシブルな社風の中でエンゲージメントのある会社で働きたかった。そうすれば服装も自由だっただろう。つまり何を後悔しているかというと、こんな事になるくらいなら毎日真っ白な防護服を着て通勤しても許される職場が良かったのだ。

 しかし私一人で死ぬつもりもない。もし事故を起こせば、車内の衝撃は計り知れないだろう。エアバックも作動するだろうし、オイルが漏れたら炎上の可能性だってある。そうなればスズメバチ、お前も道連れだ。エアバックで圧死するもよし、火がついてその身が焼け爛れていくのもよし。どちらにしろお前はロクな死に方をしない。

 前方の道路標識に、サービスエリアが見えた。あそこで一休みして対処するのも選択肢としてはアリだ。あそこまで私が生きていれば、一旦車を停めてドアを開けて一時的な避難と対策の構築も可能となる。しかしその考えは一瞬で消え失せた。何を考えている、今は勤務中だぞ。車を停めて一休みなんてあの部長が許すはずもない。

 今だけは煽り運転車両の出現を願った。過去に部長が遭遇して、仕方なく車を停めたことがあったらしい。であれば、私の身に同じことが起きれば私だって車を止めて良いはずだ。そこでスズメバチから避難すればいい。こういう日に限ってそいつは現れてくれない。暴走車両の気まぐれも程々にして欲しい。

 なんとかして車を停めて、車外に避難出来ないか。様々な可能性を考えたのだが、どれも起こりそうもない。たとえば高速道路をカルガモの親子が横断するので、心優しき警備員的な人が全車両の動きを妨げるとか。どれもこれもありえない。外部の事象による救いは、どこにも無い。

 ついに私の首元にスズメバチが降り立った。薄い皮膚を通じて彼女のその6本の脚を感じとった。スピードメーターのプラスチック面には私と彼女が薄くぼんやり映った。私の人生もこれまでか。そう悟った時、私は覚醒した。本当の人生に目が醒めたのだ。外部に救いなど無い、これは私自身が分かっていただろう。自分を救うのは常に自分なのだ。私はアクセルを踏み込み、高速道路上でさらに急加速した。そして右前と左後の窓を全開にした。走行中の車の窓を開ければ、風が入ってくる。私の席付近でこの急加速による強風が吹けば、スズメバチも首元につかまっていられまい。しかしそれだけではただ後部座席に飛んでいくだけだ。こいつを外に出すならば、出口も作らねばならない。だからこそ左後を開ければ、空気がナナメに通り抜ける。私の目論見は当たった。突風が通過し、スズメバチは窓から旅立った。私はその旅立ちを見送った。

 そして前を見ると、その見送る行為そのものが命取りだったと後悔した。すぐ前には渋滞が始まっていた。私は追突した。

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