見出し画像

木の食器用ウレタン塗装について

展示室では、木のスプーン以外に、木の器もご覧いただけます。
同じ師匠のもとで教えを受けた作り手の皆様が作ってくださった器です。

師匠から教えを受けた時期も、期間も、場所も異なり、性別も年齢も様々ですが、多くは先輩にあたり、師匠の薫陶を受け、作り手としての経験も豊富、その土地その土地で、器を作ることで表現を続けている皆様方です。

個々の作り手の紹介は後日させていただくことにして、今回は、塗装について語りたいと思います。


●はじめに

木のカトラリーや食器を作る人間にとって、塗装などの最後の仕上げをどうするかは、それを使う方のことを考えた時、大切な判断を求められることだと感じています。

命ある木の道具をできるだけ長く愛用いただきたい、そして、使う人が心地よく使える食器であってもらいたい。木の食器と使う人との蜜月関係をいかに構築するか。可能な方法はなにか、形を作るのと同じくらい、あるいはそれ以上に、最後の仕上げは重要と感じています。

作り手の一人として感じている塗装についての考えを考察を交えつつ、お伝えいたします。

色彩豊かな木の器たち やまざくら、ケヤキ、杉、楓、センなど

●塗装について  展示室の器は全て当方で塗装しています。

木の食器用ウレタン塗装仕上げの作り手は多いため、作り手自ら塗装していただいてもいいのですが、器を木地の状態で届けていただき、最後の塗装は当方で行っています。

実は、塗装作業の前はいつも緊張し、うまく塗装できるかと心配になります。
気温や湿度などの天候、木のコンディションなどにより、塗装の出来不出来が左右されることとがあり、天候によっては作業を避け、繰り延べすることもあります。
塗装の工程期間は一週間に及ぶこともざらにあり、ホコリやチリなどの除去、塗装できる環境を整えることから始まり、体調も万全で塗装に望みます。
長時間同じ動作が続く塗装作業は、同じ体勢が続くだけでなく、集中力の継続が必要なため、少しも気を緩めることのできない作業です。塗装が失敗すれば、木地そのものが無駄になってしまうこともあります。どの仕事もそうだと思いますが、特に塗装については、体調が万全でなければ良い仕事はできないとしみじみ実感します。

木地を作ったとき、塗装の仕上げをどうするかは正直なところ悩ましい問題です。
使い手の好みや暮らし方、価値観が多様のため、今よりもっと良い塗装の仕上げがあれば、と、アンテナを立てて探している作り手は、当方だけではないように感じます。

ウレタン塗料、漆塗り、水性塗料、ガラス塗料、オイル仕上げなど、仕上げの選択は様々あります。
一つの手法を純粋に追求する作り手もいれば、お客様の好みに応じて、いろんな仕上げの選択肢から柔軟に対応している作り手もいます。なにが良い悪いとは、作り手同士軽々に言えない世界だと痛感します。

当方としては、どの仕上げについても一長一短あると感じています。
固執しているわけではないのですが、今のところ、当方では木の食器用ウレタン塗装がベターとして採用しています。

木のスプーンが好きとおしゃってくださるお客様のなかには、ご高齢の家族を介護している方や、子育てをしている方など、社会で毎日忙しくされている方が多いと感じています。
忙しくされている方にも木のスプーンを使っていただき、美しい木の道具を使う事で暮らしをより豊かに感じていただきたい気持ちが常にあります。
そして実際、木そのものを楽しめるこの木のスプーンが好き、この手触りや口に入れたときの滑らかさが好き、という方は多くいらっしゃいます。

ただ、ウレタン塗装と一口にいっても、細かいことを言えば塗料や作業工程は様々で、一括りにできないこともあります。次の章では、当方で行っている木の食器用ウレタン塗装の歴史について少しご紹介します。

当方で使用している木の食器用ウレタン塗料

●木の食器用のウレタン塗装のはじまり 小学校の木の給食器を作ろう 

この塗料や塗装方法は、約40年ほど前、ある東北の地にて、小学校の子ども達に、地元の人の手で作った木の給食器で給食を食べてもらおう、と、木の給食器づくりの取り組みがきっかけで生まれたと聞きます。
子ども達に給食で使ってもらえるよう、安心・安全な塗料と塗装方法を開発したのだそうです。

それまでは、山に木はたくさんあるものの、価値のない木材と考えられ、冬は仕事を求めて大人は出稼ぎに出ることが多く、なにもない土地と考えられた地域。その山の木を使って、地元の大人が給食器を作ることで、素晴らしい木が育つ土地、素晴らしい作り手達がいる土地への誇りが、子ども達に芽生えたそうです。
今では保育園や小学校など、全国約150カ所でこちらで作られた木の給食器が使われています。

木の給食器は使っていくうちに傷んできます。塗装が剥がれたり、器が欠けたりしたら、地元の作り手達が直して再び使えるようにする。直すことで使い続けられる、給食器を通して、物を大切にする、教育の実践の機会になったそうです。

使って傷んできたら捨てて新しく買う、これは現在の私たちにはごく当たり前の行動ですが、これを消費だと捉えると、消費ではなく、直しながら愛用できる器を、との発想です。

実は、この木の給食器作りとともに、木の食器用ウレタン塗装の開発に携わった一人が、木工芸の師匠の故 時松辰夫氏でした。
当時、塗料会社とともに塗料の開発、塗装の工程などを試行錯誤のうえ編みだしました。

“器にならない木はない”、“木は平等”、この言葉を木工芸における人生の柱にしていた師匠らしさがより際だった判断だったと感じます。

この塗装は複雑で工程数が多く、大変時間がかかります。
木がため作業から始まり、次は中塗り作業、その次は上塗り作業があり、その間には研ぎの工程があります。
研ぎ一つとっても、空研ぎや水研ぎの工程があり、それをどの状態まで研ぐのか、研がないのか、などなど、マニュアル化するのは困難な経験値が必要な手作業の世界です。

木によっても、その木の特徴に合わせてその都度対応する必要があるため、一朝一夕で身につけることは困難、こんなに手間のかかることをやり続けるのは難しすぎる、と、この世界に入りたての素人の私は感じたものでした。

スプーン塗装作業

●直して使い続けるという文化 
“消費者ではなく愛用者になろう” と言ったのは、工業デザイナー 故 秋岡芳夫氏

消費者ではなく愛用者になろう、素敵な言葉です。
この言葉は、日本における工業デザイナーの先駆者、故 秋岡芳夫氏が提唱されました。
私の師匠がこの秋岡氏を生涯尊敬し続けたことは、関係者の間ではよく知られています。秋岡氏は大変魅力的な人間性と、希有な才能の持ち主で、今でも多くのファンがおられます。

前述の、木の給食器の取り組みは、当時、東北工業大学教授であった秋岡氏のリーダーシップのもと、大学や町のバックアップを受け、実技指導を師匠が担い実現したと聞いています。

私が師匠のもとで教えを受けていた頃、30年以上その地でお店を構えていた師匠の店には、お客様から修理の依頼が途絶えることはありませんでした。
あるとき、二つに割れた、花の形をした花盆の修理の依頼があり、師匠の手によって継ぎ目の跡もわからないほどに美しく直された時の感動は、今でも忘れられません。

器、カトラリー、木べらなど、使い込まれた数々の木の道具が、修理によって、よみがえる。
修理に携わらせていただく時は、替えがきかないため、作業中はずっと緊張しっぱなしです。
今でも、当方で修理品をお預かりするときは、最新の注意で作業にあたらせていただいています。

この塗装で仕上げたお直しの文化が定着しているのは、秋岡氏や師匠が携わった地域だけかもしれませんが、ここ岡山でも、そうした在り方が出来たら、うれしい限りです。

伝統工芸の、木地が見えないほど塗り重ねられた漆塗りほどの耐久性はないものの、現在の食器の塗装方法では、耐久性については最高レベルと言ってもよいと捉えています。

現在の食品衛生法だけでなく、令和7年に施行される改正食品衛生法にも適合されるとのことで、当方でも、まだしばらくこの塗料のお世話になります。

●漆の素晴らしさから学ぶ そして漆を超える表現を求めて

この塗装は、漆の強度や仕上がりに近づけるため、漆塗りに似た工程を経ることになったと聞いたことがあります。前述した、木がためから上塗りに至るまでの過程は、漆塗りの技を取り入れたものと捉えています。そのため、この塗料を十分に使いこなすには経験が必要なのだと感じています。

この塗装で目指したもの。それは、漆の素晴らしさから学びつつ、科学技術の進歩を否定せず改良を重ね、そうでありながら、本物の漆にはできない表現、木の木目や色合いの美しさをそのまま活かす、木の食器としての新しい在り方なのだと感じています。

そして、当方も同様に、美しい木と使い手をつなげる作り手でありたいと考えています。

●漆のお椀の夢

ウレタン塗装のお椀も素敵なのですが、漆塗りのお椀は、ちょっと特別な気持ちになれるお椀だということを、気づかされた出来事がありました。
その経験から、いつの日か、漆独特の、なんとも言えない漆黒の豊かな艶を帯びたお椀を、展示室でお披露目することが夢になっています。

椀木地作りから何年もかけ(或いは何十年)、木地がみえないほど漆を塗り重ねることで作られる、ふっくらとした優しい艶と手触り。そして耐久性は何代にも渡り使えるお椀です。
漆よりも先に、内側の木地が傷んでしまうという本格的な漆塗り。そのような工芸品を展示室に将来品揃えするのが夢です。
木地作りも漆塗りも、作れる諸先輩方がいますので、お願いすることになると思いますが、その時は、喜んで場所を整えます。

漆塗りには及びませんが、食器が衛生的に使えることを考えると、木の食器用ウレタン塗装も、優れた塗装方法の一つだと感じています。

●オイル仕上げについて ご要望がありましたら木地製作いたします

オイル仕上げによって、自分のスプーンに育てたいという方もいらっしゃると思います。
日々メンテナンスを楽しめる方は、木地のまま販売することもさせていただきますので、木地のご要望などありましたら、工房及び展示室にてお声がけいただければと思います。

●木がため作業とは 木がため作業を施した木べら

様々な木の調理道具 けやき、ミズナラなど

木がため作業は、木を丈夫にするための下地作りの作業です。
漆塗りの場合も木がため作業の工程があるのと同じ考え方で、木の食器用ウレタン塗装でも、木がため作業は下地作りの大事な作業です。

例えば木べらなどは、フライパンに傷がつきにくく、当たりも柔らかいので便利な調理道具です。木べらなど、鍋で炒めることに使うものなどについては、最後の塗装までする必要性もないと考え、木がため作業を施した道具も用意しています。

木の匂いが料理の妨げとならないよう、木がため作業を2度繰り返し行っています。
洗剤で洗っていただいても問題ありません。
木地(白木)のままだと湿気の多い台所ではすぐにカビが出るところ、木がためすることで、カビにくい効果もあります。

カビや木の匂いが少しでも気になる方は、最後まで塗装したものも、展示室にてご用意しています。

●耐用年数 ではなく、 耐用回数  
でも、あまり気にせず食事を楽しんでいただきたい

この塗装の耐用年数は、おそらく大変に長保ちします。
師匠が昔作った器は、数十年間の時間を感じさせないほどに、ほぼ作られた当時のまま、美観を保っています。

それでは何故、塗装がはがれるかというと、塗装は摩耗によって、こすれることによって取れていきますので、よく使えば早くお直しが必要になり、あまり使わなければ長保ちすることになると言えるかもしれません。

よく使いながら長保ちさせるには・・・?

皆様には丁寧に使っていただいています。
木のカトラリーや食器は、作品ではなく、暮らしの道具です。
あまり気をつかわず、好きな道具で楽しい食卓の時間を過ごしていただくのが、一番だと感じています。
もし気になることがありましたら、お気軽に工房及び展示室へご相談ください。

今後も使いやすく美しい木の道具を作るよう精進いたします。


里山の木のスプーン展示室は、木のスプーンゆきデザイン工房が運営しています。