見出し画像

一時的支援から見る支援の闇

 支援というとどのようなことを思い浮かべるだろうか?真っ先に思いつくのは「寄付」であろう。寄付というのは一時的支援と言われていて、最も効果が現れやすい。お金や物を相手に渡すので目に見えやすいしやりやすい。

 災害など、今すぐに問題に対処しなければならない時にはとにかく「生きる」ということが大事なのでこの一時的支援は有効である。問題は「その寄付は適切に使われているのか?」ということである。よくコンビニで見かける「〜国に学校を建てよう」だが、何年経っても同じ表記である。お金をあげているのに一体いつ学校は建設されるのだろうか?

 知り合い伝に調べたところ、開発途上国で問題となっているのはどうやら校舎ではなく先生の質だ。どんなに立派な校舎が建っても先生がいなければ教育にならない。逆に言えば良質な先生がいれば、黒板一つで学習を進めることは可能である。

 では校舎は建てられなかったのか?そうではない。建てられて写真を撮られたらそのまま放置である。考えてみれば広告で「校舎を建てよう。」までは見たことはあるが「校舎を観に行ってみよう。」はほとんど見たことがない。私だったら、「皆さんの力で建てた校舎を一緒に観にいきましょう!」「そしてそこで学生たちとの交流機会しましょう!」と展開させていく。現に本校が支援しているルワンダのFamily Vision Foundationという学校は国際研修旅行期間中に必ず交流するし(今はもちろん行けないが)、寄付したあとは写真付きのレポートも送ってもらっている。

 それと同様の例として環境問題解決のためにマングローブ植樹はよくあるが、旅行会社のツアー数に比べて植樹された木の数は圧倒的に少ない。その理由は簡単である。人が立ち去った後、現地業者が抜いているのだ。

 もちろん全てが全てではないだろう。健全に運営し、人のため、その国のために活動している人はいる。私の周りの人たちは最低でもこのような「せこい商売」はやっていないしこのような現状を憂いている。私はそういう人たちとしかお付き合いをそもそもしない。

 しかし、なぜこのようなことが起こるのか?理由は簡単だ。「ビジネス」なのである。校舎を建てたと言えば人に好印象を与える。コンビニの寄付など自分たちは一銭も出していないのに、小銭を集めて1つ学校を建てただけで広告効果は抜群である。マングローブは旅行会社もそれでツアー料を徴収しているのだから、マングローブいっぱいで植えるところがなくなったら失業してしまう。

 寄付する側はコンビニの余銭が人の役に立つ。環境改善のためにこのマングローブが役に立つ。そういう思いを込めて寄付、活動をしているが、世の中善意を食い物にする人たちはいる。だからこそ、「誰が寄付する」「誰と活動する」が最も重要なのだ。全て自分でできるのであればそれに越したことはないが、自力で寄付を集めて現地で校舎まで建てるなんて人は稀だ。共に動いてくれ、寄付金を適切に管理してくれる信頼できるパートナーを探すことは最も大切なことである。

 ここからは宣伝であるが、私がそのような現状を少しでも変えるために立ち上げたのがアフリカを舞台に教育、産業的に進出したいと願う人たちを集めた団体AEIS だ。我々の団体にはアフリカを中心とした開発途上国現地で活動している人たちが多く所属し、まさに現地で動いてくれる信頼できるパートナーを探せる。本気で人の役に立ちたい。小銭でも人の役に立つところに適切に行き届いてほしい。本会への登録料は無料なので、そういう強い思いを持つ人たちはぜひ我々と共に活動してほしい。ビジネスは大事だが、健全なビジネスを通じて世界全体を発展させるにはまず利己的なビジネスを排除していかなければならない。本会がその一助となり得たら幸いである。


 



世界を旅するTraveler。でも、一番好きなのは日本、でも住みたいのはアメリカ・ユタ州。世界は広い、というよりも丸いを伝えたいと思っている。スナップシューターで物書き、そうありたい。趣味は早起き、仕事、読書。現在、学校教員・(NGO)DREAM STEPs顧問の2足の草鞋。