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ありがとうが言えない人の話

「ごめん」も「ありがとう」も素直に言えるほうがいい。思い返せば自分もなかなか気持ちを言葉にして言えない時代もあったからわからなくもないけど、やっぱり近くにいる人には素直に言える習慣があってほしいなとあらためて思う。

というのも、初めて長くお付き合いをした人が「ありがとう」をすぐに言えない人だった。たくさんエピソードがあるわけじゃないけど、そこは言おうよ!と思ったその時の衝撃というか、モヤモヤした気持ちを今でも何かにつけて思い出すことがある。
初めて一緒に過ごすクリスマス、私は彼に帽子をプレゼントとしようと持って行った。待ち合わせ場所で合流したとき、彼の手にはプレゼントらしきものはなかった。まずそこ見ちゃってるやん(笑)というツッコミは自分でも腐るほどしましたが、私には何を?という気持ちよりも、私しかプレゼント用意してないとなったらこれどのタイミングで渡すんよ!が先行してしまい、見えるように持ってる自分も気まずいしなかなか渡すタイミングもわからなくて気まずいしでずっとソワソワしてたことを思い出します。私へのプレゼントは一緒に買いに行く系かな?そしたら渡しやすいのにな〜とかずっと考えてた記憶が。(やっぱ期待してるんやん笑)

結局その日は何をしたかどこに行ったか今となっては全く覚えてないですが、最後まで渡しやすいシチュエーションは訪れず、、、別れ際に「これ何持ってるんやろと思ってたやろ?クリスマスプレゼントやってんでー!はい!普段帽子被るかわからんけど似合うと思って選んだから!」って極めて明るく渡したわけですよ。そしたら彼は「…あぁ、、」みたいな感じで。大したリアクションもないしまぁ電車もきたから帰ろう〜と思ってバイバイして。その時はやっと渡せた安堵感で満足して帰ったんですが、感想も何もメールがない。ん?何か逆鱗に触れることでもした?いや私プレゼントしたんですよ?って私も若いもんですからリアクションが早くほしいわけですよ。でも待てど暮らせどメールがない。そのうち礼すら言ってこないことにめちゃくちゃムカつき始める私。自分にプレゼントがなかったことなんてどーでもいいんです。私はあなたがこんなの似合うかな〜こういうのがいいかな〜と一人で悩んで悩んで選んだものをお渡ししたんです。100歩譲ってもし欲しかったものじゃなくても、お礼くらいは言えませんか?と。
その時はすごく好きな彼でしたが、その日を境に人としての不信感が芽生えてくるんですね。自分の彼氏が「ありがとう」ってすぐに言えない人やという事実がもう悲しくて悲しくて。結果的に3日後ぐらい?に「こないだはありがとう」的なメールをもらいましたが、その時にはもう私の中での気持ちはしぼみかけております。やっとかよ…というやるせない気持ちで年越ししたことは言うまでもありません。
「ありがとう」の言葉ひとつにしても見返りと考えるならば、見返りがほしかったのかもしれません。時間もお金も労力もかけたのに!って口では言いつつも、選ぶのも買うのも楽しかったのでそこはいいとして、やっぱりすぐにリアクションしてほしかったなというのが一番やったんかな。
そんなことを今でもしばしば思い出すんですけど、考えてみれば彼にもすぐにありがとうを言えなかった理由みたいなもんってあったんかもな…と考える余裕が出てきたのか、ちょっと考えてみたんです。

①照れて言えなかった
②自分はプレゼント用意してなかったから気まずくて
③どう反応したらいいのかわからず
④ありがとうと言う習慣がそもそもない

挙げればもっとあるかもしれないけど、④でないことを祈るばかり。でも④説が濃厚…。

「ありがとう」「ごめんなさい」はほんと習慣になってないと言えない人はほんまに言えないみたいで。

うちは割と何かにつけて言う家庭で育ったから、照れも勇気もなくポーンと言えちゃう。そんなんやったら重みがないと言われれば言い返しようがないけど、いざというときだけじゃなくて事あるごとに言えるほうが私は絶対いいと思ってる。

彼は男兄弟で、家族間でもなかなかにクールなコミュニケーションなほうだった記憶があるので、どうしても素直に言うのが恥ずかしかったんかな。そう思うようにしよう。

気持ちがしぼんでしまってからというもの、他の要素もありしばらくしてお別れしましたが、数年後会った後にすぐ連絡してきて対応がクズやったので当時の恋心は見事に塵と消えました…。今はちゃんと言えるいい男になってるといいな。(私が変えてあげたい!とまで思えなくてごめんよ。結構タイプだったんですけどねー。)

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