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夕立に隠れる


 夏の道に跳ねる大粒の雨。夕立の匂い。
 公園のベンチに座った古瀬怜奈は、青い柄のハンカチで濡れた髪を抑えた。降り頻る雨の向こう側。傘を差したクラスメイト。雨の中を走る西野純平の横顔を遠くに見つめる怜奈。
 夕立の壁に囲まれた空間。水の弾ける振動が怜奈の呼吸音を呑み込む。雨の中の静寂。音のない世界。公園の向こうを走り去るクラスメイトの姿が、抑揚のないモノトーンの景色の一部となる。
 雲間に見える暗い青。主役も観客もいない舞台袖で、予定のない劇を待つ人形のように、怜奈はジット俯いた。鞄に眠る傘の沈黙。ただ、雨を待つだけの時間の心地良さ。
 日が沈み、雨が止む。
 屋根の先から落ちる水滴。薄暗い街の音に囲まれた公園のベンチ。雨を恋しがる怜奈はのそりと立ち上がった。涼しい夏の夜。繋がった世界に溢れる色。
 忘れ物に気がつく怜奈。自作の詩の綴られた手帳が鞄の底に見当たらない。慌てて濡れた夜道を振り返った彼女は、学校までの道のりを駆けた。水溜りを飛び越える彼女の耳に届く遠雷。東の空に映る山影に雨を期待する怜奈。
 眩いグラウンドの光。教室から聞こえる楽器の音色。
 俯きがちに教室に足を踏み入れた怜奈に、夜練中のクラスメイトが明るい声をかける。先ほど公園で見かけた純平の姿に驚く怜奈。顔を下げたまま手帳を掴んだ彼女は、暗い窓を打ち鳴らす雨音を聞いた。
 クラスに響く不平不満。窓の外を見つめる純平と目が合う怜奈。
「……西野くんも、忘れもの?」
「え?」
 雨音をすり抜ける澄んだ声。怜奈の細い声に首を傾げる純平。
「その、さっき公園で、西野くんが下校してるの見かけたから」
「ああ……うん、練習用に持ち帰ったトロンボーン忘れちゃってさ。そっか、公園で雨宿りしてたの、古瀬さんだったんだ?」
「うん、雨宿りってゆうか、隠れてたってゆうか」
「隠れてた?」
「そう、夕立に。あたし、隠れるの好きなんだ。……見つかっちゃってたけど」
 雨に隠れた教室で、普段より饒舌な怜奈はニッコリと笑った。
 物静かなクラスメイトの意外な一面。初めて見る怜奈の笑顔に、純平はドギマギと視線を泳がせる。
「えっと……古瀬さん、忘れものは見つかったの?」
「うん」
「なら良かった、傘はあるの?」
「あるよ、まだ帰れそうにないけど」
「ああ、そうだね」
 強まる雨と夜に囲まれた教室。窓を揺らす雷の響きに高鳴る心臓。
 練習を再開した純平を見つめる怜奈。同じ空間を誰かと共有するという、初めて感じる高揚感に揺れる想い。
 暗い雨の向こう側を見た彼女は、そっと、手帳の白いページを開いた。
 
 
 

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