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"センゾガエリ" (2分で読める小説)

「センゾガエリ」

 その村では十六時に、夕刻を告げる鐘の音が寺から響き渡る。
 地を揺らす低い響きを耳にすると、子供たちは蜘蛛の子を散らすように慌てて家に帰るのだった。
「センゾガエリが現れるでな」
 村の老人は山から現れて人を喰う怪物の話を何度も聞かせた。猿のように背の曲がったセンゾガエリは柔らかな内臓が大好きだ。弱った者から引き裂いていく。
 ある日、太郎と親友の平太は宝探しに村はずれの古いお堂に忍び込んだ。お堂の屋根裏には古い書物が積まれ、所々に丸石が転がっている。二人は夢中になって散策した。
 気が付くと太陽は西に傾き、鐘の音が近付いていた。平太はそろそろ帰ろうよと太郎を促した。しかし、太郎はもう少しだけと砂を被った木箱を漁った。
 ふと顔を上げるとあたりは暗くなっている。太郎は慌てて周りを見渡した。お堂の中は静寂に包まれており、僅かに覗く月明かりが宙に舞う埃を不気味に揺らしていた。かびと獣が混じったような生臭さが辺りに立ち込めている。
「平太、どこ?」
 平太の姿は何処にもない。太郎は恐怖で竦む足を引きずってお堂の出口を目指した。
 ふと、声が聞こえてきた。太郎はそっと、朽ちかけた壁の隙間から外を覗った。そこには村の大人たちの姿があった。鬼の様な形相をした彼らは、手に鋭い鎌やクワを持っていた。太郎はあまりの恐ろしさに「きょっ!」と甲高い声を上げた。
「太郎か!? 平太? そこにおるのか?」
 大人の声が近づいてくる。太郎は身をかがめるとお堂の裏から村へ駆けた。
 低い雑木林を抜けて村の明かりを目にするとホッと息を吐いた。安心するとお腹が空いてくる。太郎は指を舐めた。塩気があって美味しい。じっと目を凝らすと、道の向こうで長い棒を抱えた老人が家の前で腰掛けているのが目に入る。
 何か食べ物を分けて貰えないだろうか。
 湧き出る唾液を拭うと、太郎は老人に近づいていった。
 

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