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星の川を走る


 月明かりの空を見上げた進藤美雪は、星の川を探した。
 早過ぎる朝と夜の境界。暗い街の冷気。昨日と明日の狭間に眠る夢の中の喧騒。静寂の空に灯る無数の光に手を伸ばした美雪は、細い指を大きく広げた。
 簡単に渡れそうだ。
 夜空の端から端に伸びる指先。瞳に映る川の光。何処からか聞こえてくる口笛のような鳥の鳴き声が、天の川を掴んで離さない彼女を地上に引き戻した。
 星空を見上げたまま、美雪は玄関の笹飾りに祈った言葉を呟く。
 叶いそうで叶わない想い。叶っても気付けない願い。人に溢れるパワースポットを写真に収めるような感覚で短冊に綴った言葉。
「勇気が欲しい」
 想像の果てに咲く曖昧な花の色。流れ星の消えた空に思い出す願い事。
 声を出す勇気が欲しい。前を向いて話す勇気が欲しい。真っ直ぐ気持ちを伝える勇気が欲しい。
 街灯の向こうに流れる水の音。天の川よりも広い水の川。
 曖昧で形のない気持ちを七夕の夜に願った美雪は、明日に向かって駆け出した。昨日の願い事が叶ったならば、明日の自分は迷わず前を向けるだろう。短冊と同じ赤いスニーカーが夜闇を蹴る。風に流れる黒髪が夜空の川を泳ぐ。
 徐々に目を覚ます朝の声に白む空。淡い日の光が美雪の頬を伝う汗に反射する。
 願い事は叶ったのだろうか?
 曖昧で無形の想い。自分の中に収まるだけの気持ち。
 形のない川を空に探して、近くて遠い対岸に向かって駆けた夜の終わり。天の川の下を走り続けた美雪は、やっと辿り着いた今日の岸辺に、形のない願いを叶えた気がした。
 曖昧な願いを祈った昨日。本当の願いを叶える今日。星の祝いが終わった朝の空気を吸い込んだ美雪は、叶ったはずの願いを胸に、青い空に指を広げる。
 
 

 
 
 

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