『たまごの祈り』㉟

「そうだ、あんたに訊きたいことがあんのよ」
「えっと、なに?」
「結局あんた翔太郎とどういう関係なの?親戚とか?」
「いや全然。他人も他人」
「ふーん。でも、あんたたち付き合ってないんでしょ」
「そんな、付き合ってるわけないじゃん」
「じゃあ何?蒼衣の片思いとか?相談なら全然乗るよ、私普通にモテるし」
 彼女はどうやら自信があるようだった。ミントグリーンに塗られた自分のつやつやの爪を撫でていたかと思うと、スーパーで買ったチョコレート菓子を取り出して勝手に食べ始めた。透子という人は全く、足枷を知らない鳥のように柔軟で自由だった。
「そんなんじゃないから大丈夫。ていうか、透子は柳のことが、好きとかじゃないの?」
「別に。蒼衣はどうなの?ちょっとは好きなんでしょ?」
「うーん、人としてはとても好きだし信頼してるけど、恋愛的な感じではない、かな、説明が難しいけど」
 透子は、ふーん、と言いながら、忌々しそうにチョコレート菓子を噛み砕いた。
「翔太郎、変な奴だから蒼衣とお似合いだと思うんだけどね」
「なに?ちょっと馬鹿にしてる?」
「蒼衣のことは馬鹿にしてないよ、ただ翔太郎はねえ、馬鹿にしてるというか、何考えてるかわかんないから怖いんだよね、キモいっていうか」
 チョコレート菓子の砕け散る音が、やけに新しく耳に響いて聞こえた。透子はずいぶんはっきりとものを言うなあ、と思いながら私はお茶を啜った。
「こんなに人がわかりやすく口説いてたのに、何やっても全然なびかなかったからさ。あいつ」
「口説いてたの?好きでもないのに?」
「そういうもんでしょ、翔太郎って見てくれはいいからさ、声掛けるじゃん。普通に。でもさ、せっかく私が声掛けてんのに、全然こっちに興味もってくれてる手応えがないのよ。おかしいと思わない?今まで私が口説いてなびかなかったの、あいつだけだよ」
「へえ、なんかすごいんだね、透子って」
「まあね」
 私は透子が得意気にふん、と鼻を鳴らす意味が全くもって理解できなかった。透子は続けた。
「で?蒼衣はもう、翔太郎と寝たの?」
「寝たって?」
「一線は越えたのかってことよ、わかるでしょ?」
 私がしばらくの間黙っていると透子は、なんかまずかった?ごめんって、でも普通さあ、なんかあると思うじゃん、男女が一緒に住んでるんだから、と言って、わざとらしく不機嫌そうに机に伏せてしまった。透子は、ほんとごめんって、と言いながら、駄々をこねる少女のように頭を揺らした。どうやら私はよほど苦い顔をしてしまっていたようだった。自分の眉間に力が入っているのがわかった。
「なにもないよ」
 ため息をついて眉間をゆるめ、平行になっていた肩をななめにゆるく解放し、やっとの思いで私は答えた。
「うわあ、ほんとうに何もないんだあ。あいつ、男じゃないんじゃないの」
 柳からは確かに、男性的ないやな感じをひとつも感じたことがなかった。柳は私のなかで、どこまでいっても人間だった。それはとても不思議な感覚だった。柳は私に対して、安心感のあるヒト目ヒト科ヒト属のヒトであり続けた。
「そうかもね」
 私はぬるく溜まったお茶を一気に飲み干した。口元から逃げ出した雫がマグカップの表面をこぼれ、つややかに落ちていった。
「やっぱね。手を出さなかったんじゃなくて、出せなかったのよ。あいつ。まあ、ふたを開けてみれば、あいつ、ホモとかかもね」
 にやりと笑いながら、私は悪くなかったんじゃん、と言って、勝手に納得するようにして透子もぬるくなったお茶を飲み干した。
「だからホテルで何もしてこなかったのよ。あいつ」
「ホテル?」
「そう。翔太郎と二人でホテル行ったの。でも逃げられちゃった、私がシャワー浴びてる間に」
 ホテル?
 私は心の中でもう一度繰り返した。
 柳と透子が?ふたりだけで、一緒に?
 ぐにゃりとした安っぽいイメージの中で、繁華街のネオンがちかちかと光った。

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