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『オッペンハイマー』にみる、世界を変えた核兵器のコワサ

クリストファー・ノーラン監督最新作は“原爆の父”、天才理論物理学者ロバート・オッペンハイマーの実像に迫る伝記ドラマ。

3時間と長いが1ミリも退屈させない演出の妙と、とにかくオッペンハイマーを演じるキリアン・マーフィ氏がヤバい。

広島と長崎に原爆が落とされて、のちにオッペンハイマーは苦難のなか、核軍縮を呼びかけ、赤狩りに遭い、そのキャリアは幸せなものとはいえなかった。

第二次世界大戦下の“マンハッタン計画”、ニューメキシコ州のロスアラモス研究所、のちのオッペンハイマー事件についてすら素養がなく、字幕を追うので精一杯。
天才ノーランの頭の中は情報過多で、しばしば置いてかれながらも観る者を画面に捉えて離さない。
それは化学反応を可視化した観念映像の数々で、重低音に腹の底から震え、時に無音の静寂があり、爆音が轟く恐ろしい世界観に晒される。
どうしたって怖い。

党員の元恋人(フローレンス・ピュー)や妻(エミリー・ブラント)、マンハッタン計画を指揮したグローヴス准将(マット・デイモン)、米原子力委員会委員長ルイス・ストロース(ロバート・ダウニー・Jr)などとても書ききれないほど名俳優揃い踏み。

画面の中に、歴史上の人物が大勢配される意義をおもう。オッペンハイマーの隣に違和感なくアインシュタイン(トム・コンティ)がいて、二人の会話がラストへの大きな伏線となっていく、ノーラン監督らしい演出の妙。

原爆成功へむけて途方もない力を注ぎこんだオッペンハイマーもまた、ユダヤ人だ。ナチス・ドイツに先を越されてはならなかった。
原爆投下後、抑止力に留まるどころか、さらに数百倍の威力を持つ水爆が生まれ、世界は一変していくけれど、彼が成功しなくても核兵器はどこかの時点で必ず誕生した。
最も恐ろしいのは、理論上最悪の可能性として地球ごと滅ぼす危険があったことで、アインシュタインをはじめ、オッペンハイマー自身も怖れ、それでも突き進む彼らから発せられる”near zero”という言葉の響きだったかもしれない。

とにかく、”オッピー教団”と揶揄される狂信的なオッペンハイマー役のキリアン・マーフィ氏がとんでもなく素晴らしい。
吸い込まれるような青い眼で、誠実に狂い、自責の念と共に生きた実在の理論物理学者の光と影を、見事な瘦身で演じる。
目を惹くのにけして長身ではなかったことに、初めて気づいた。ルックスの良さで好きになったはずが、いつの間にか出演作のなかで光り続けて、こんな大作で観客を魅了している。すごい。

映画館から帰宅後、最初に好きになった『28日後...』を久しぶりに再見することを忘れなかった。

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