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ウラジーミル・ソローキン『テルリア』リプス!

 『青い脂』の凄まじい読書体験が忘れられないウラジーミル・ソローキンの描く、”ユートピア的多島海(アーキペラゴ)”と化した近未来ロシア。

<タリバン>襲来後、世界の大国は消滅し、数十もの小国に分裂する。そこに現れたのは、巨人や小人、獣の頭を持つ人間が生活する新たな中世的世界。テルルの釘を頭に打ち込み、願望の世界に浸る人々。帝国と王国、民主と共産、テンプル騎士団とイスラム世界...。散文、詩文、戯曲、日記、童話、書簡など、さまざまな文体で描かれる50の世界。 

帯より

なんというイマジネーション! なんという自由! ワケがわからない面白さ。
『青い脂』でもそうだった、妙味に気づけていないことは読みながらにして明らか。
なのに麻薬のように不思議世界へ引っ張られ、あらゆる手法、あらゆる長さ、あらゆる遊びとイロニーで読まされてしまう。
むつかしくても放り投げられない。

『青い脂』よりストーリー性を失った、際物なのに、増します無二観。

ずっとソローキン作品を翻訳し続けている松下隆志氏に感謝しつつ、恐れ入るばかり。

<タリバン>襲来後の世界に、すでに日本はない。
サハリン島として黄色く塗りつぶされてしまう程度だ(46章)。
政治も宗教も人間も、複雑多彩に存在する新しい中世には巨人や小人、獣人までいる。
それなりに和平を結びながら、しかしアルタイ地方のテルル合法の産出国”テルリア”だけは権威を強めていく。

テルル、天使の衣の如く光るもの!
テルル、人間的なものの限界を拡張するもの!

頭を剃り耳の上に打ち込む釘=テルル。
麻薬であり、それ以上でもある。
もしも打ち込みに失敗すれば命を無くしかねないテルル。
電脳とそのバーチャルリアリティの支配する世界で、自然へと回帰していくひとりの男の原始的生活が綴られて、最終章は幕を降ろす。

訳者あとがきにあるように、一続きの物語があってないゆえ適当に好きな章から読んでみるのもありなのだ。詩みたいに。
それがいつかの再読の楽しみになればうれしい。

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