先生の朗読が心地よい、私はずっとトナリを気にしていた。現文の授業で、古い随筆の『恋愛といふもの』が語られている。それはロマンチックな事ばかりではなく、もっと根源的な……

　私のトナリは幼馴染。野球部のエースピッチャーのクリクリ坊主頭、褐色に焼けた横顔から眼を離せない。

　カリカリとノートに黒板の内容を書き写すフリをする。集中できない私は、すぐトナリを見てしまう。でも彼は……自分の痙攣するような左手を見つめている。

（左手が痛いのかな？）

　
「クソッ。こんな時に！」
「静まれ！　静まってくれよ！　そうじゃないと、皆が！」

　彼が右手で左手を押さえながら立ち上がる。左手だけが別の生き物のように暴れている。静かな教室に響く声はまるで叫ぶように周囲の注目を集めた。

（―――オッパイ発作なの？）

　私は彼の特殊な趣味を知っている、立ち上がった彼を怖がり女子が教室を走るように逃げ出した。

（やめて！ダメよ！）

　―――カチチチチ。

　トナリのOLFAが笑ってる。トナリがカッターナイフを振りかざし、笑うOLFAを振り下ろす。私は自暴自棄の彼の両手をつかむと、カッターナイフが宙を舞う。

　―――痛っ

　左頬の痛みはカッターナイフのせい……ああ、やっちゃった―――。私は自然に彼の左手を自分の胸に当てていた。胸と呼べるようなふくらみがないのに、彼は泣きながら胸を触り続けた。

（オッパイ発作、治まったじゃん）

　トナリは女子の胸ばかり見る『オッパイ星人』だ。だから評判がすこぶる悪い。無意識で自分の胸をニギニギしている事もある。まさにキモイ、でもそんなトナリが、わたしは好きだよ。

「ありがとう」

　まるで賢者のようにすっきりした彼は私に感謝している。いや、他に言う事あるんじゃない？　と、ちょっとムッとしたわたし。わたしの胸を揉むトナリの手を掴み上げ、その手で、頬から垂れたわたしの血を拭ってやった。

「ありがとじゃないでしょ」

　私の体にマーキングしといて……もっと……違う事を言って欲しかった。呆然としている先生や他の生徒からは、どう見られているのかわからない。私は恥ずかしさよりも、胸を触られたことで暖かく感じた自分の心が不思議だ。だから私の血を、彼に塗る。それは私から彼への小さな復讐、ざまあみろ。

　肉体的欲求が、精神欲求より先立つならば、オッパイがきっかけの恋だって、きっとあるんじゃないかな？

　もしそうならさ。

　頬の傷も、無駄じゃないかも。

　君のトナリにいたいから。

　触りたいなら、触っていいよ。

カバー小説を書かせていただいています。

元小説です。ありがとうございました。

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