チョコレートはなぜ美味しいのか(集英社新書)を読んで

舌触りがよく,口溶けのよいチョコレートは,どのようにしてできているのか?

著者は,食品物理学者であるが,本書に数式はなく,科学になじみのない人にもわかりやすく,チョコのおいしさの秘密を解きほぐすように書かれている.文系の人にもチョコレートを通じて,科学の素養を身につけるのに丁度いい内容となっている.もちろん,理系の人にとっても,チョコの味と日頃学ぶ抽象的な事柄が,どのように結びつくのかという意味で別の味わいがある.

「チョコレートは食べる結晶である」

このシンプルな命題に込められた深い意味は,読みすすめるうちに明らかになる.

チョコレートは油脂でできた結晶であるが,そもそも結晶とは何なのか?

 結晶とは,ダイヤモンドのようなきらびやかな宝石をイメージするかもしれないが,鉛筆やシャーペンの芯に含まれる黒鉛も結晶である.どちらも炭素原子が密集した状態であるが,炭素原子の配列に違いがある.これを結晶多形という.

チョコレートも結晶多形であり,油脂の配列の違いによって,食感の違いが生まれる.人間の舌には,分子配列の違いを感知できるすばらしい機能が備わっていることには驚かされる.

手作りチョコにトライしたことのある女の子は,チョコが白くかたまり,がっかりした経験があるだろう.このブルームと呼ばれる現象は,油脂結晶の粗大化であり,かわいくもおいしくもない残念なチョコレートの結晶である.この美味しくない結晶を除去し,かわいくもおいしいチョコを作り出すショコラティエの技についても,明快な説明がなされている.

通常この手の表向きは一般向けに書かれた科学本は,歴史的背景に偏っていたり,成分を羅列していたり,測定機器のすばらしさや,研究の苦労話に花を咲かせて,著者のナルシズムを感じさせる本も少なくないが,本書はその限りではない.

地理や歴史的背景と,食品物理学の専門性がバランス良く網羅されていて,様々な背景の読者にも飽きさせない内容となっているので,すべての人へおすすめできる.後半は,油脂の結晶化という共通のキーワードによって,チョコレートだけでなく,マヨネーズやマーガリンへ話が展開される.まさに,食文化に科学的なリテラシーを編み込んでくれる本である.

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