見出し画像

ペイトンの会計公準論

会計学の学説史の解説書を読んでいる。今日は会計学の歴史上初めて会計公準論を展開した20世紀初頭の米国の会計学者ペイトン Paton の箇所を読んだ。ペイトンは次の7個の公準(仮定)を挙げて会計学を演繹的に体系立てようとしている。

(1)企業実体 business entity

ペイトン以前の資本主理論というものでは会社は資本主の持ち物として従属的に認識されていたようだが、ペイトンは企業を資本主(株主)から独立に存在する実体 entity であると仮定した。したがって、資産 asset は会社自体の財産であり、持分(もちぶん) equity は会社自体の債務 debt と所有権 ownership であるとする。会計担当者はこの実体の財務に関する記録と報告をおこなうことになる。

この第1公準によって従来の資本主理論から離れて、当時の米国で生じていた大規模株式会社の所有と経営の分離に対応したのだろうと推測できる。

(2)継続企業 going concern

企業という実体は少なくとも近い将来、継続して存在するはずだという仮定である。いわゆる「継続企業の前提に疑義あり」の明確な証拠がない限り、この仮定の元に倒産や清算を前提とした評価をおこなうのは不適切であると言える。一方、飽くまで存続を前提とした上で、暫定的かつ人為的に会計期間を区切って貸借対照表(以下、B/Sと略す)というかたちで財政状態を評価することができる。

(3)貸借対照表等式 balance-sheet equation

ペイトンの企業実体論においては、まず資産=持分という恒等式があり、持分の中が(政府+債権者+優先株主+普通株主)のように負債と株式に区分されている(これは留保利益計算書に示される)。資産は資金が投じられた対象を示し、一方で持分は資金の調達源泉を示している。ここで資産と持分とは等しいと仮定されている。なぜならば、持分は法的権利に応じて資金総額を分割したものに過ぎないからである。

(4)財政状態表示と貸借対照表 financial condition and the balance sheet

(4)-1. 貨幣額による資産と負債の表示はB/S作成日における企業の財政状態の完全な表現であると仮定する。一方、B/Sに書き込めないその企業に固有の立地・商号・顧客なども存在することも述べている。なぜならば、それらは貨幣額で測定できないからである。また、当然ながらB/S作成日以降の費用・収益・利益も不確定なので書き込むことができない。B/Sは企業の財政状態を表示するための一手段である。

(4)-2. 測定単位である貨幣価値は一定であると仮定する。一方、貨幣価値が変動しているのも事実であり、測定尺度の修正が必要になるほどの変動かどうかは会計担当者が判断しなくてはならない。この貨幣価値一定の仮定の元に取得原価主義が成立する。

(5)原価と帳簿価額 cost and book value

原価 cost は最初に報告するための金額として実際に使われるだけの価値があると仮定する。なぜならば、資産が仕入されたり製造されたりするときは原価のみが利用可能な客観的金額だからである。ここでは相応の情報分析力と取引手腕を持った当事者間で売買がおこなわれるものと仮定している。なぜならば、そうでなければ一方的でメチャクチャな取引によって不適切な原価が認識されてしまうことになるからだろう。なお財貨やサービスの価値は、その製造プロセスにおいて消費され、製品やサービスに移転・凝着し価値が決定されるとする。ここにはペイトンの原価価値説の反映を見ることができる。

深草の感想としては、その商品を製造するのにかけた原価とその商品の売却価格とは何の関係もないのではないかと素朴に思ってしまうのだが、仕入をした段階ではそれ以外に価値を算定する目安が無いということでもあるのだろう。

(6)原価の発生と利益 cost accrual and income

(6)-1. 原価は商品の製造過程で累積的に発生する一方、原価と売価との差異である利益は販売時点に突然生じると仮定する。売れてみるまでは実際にどれぐらいで売れてどれだけ利益が出るかわからないという主観的な未実現利益を排除する思想がうかがえる。また、費用は発生主義的に認識されるものだとしていることもわかる。

(6)-2. 固定資産の減価は時間経過と共に一定の割合ずつ発生すると仮定する。ペイトンは会計担当者が固定資産の耐用年数と残存価額(=耐用年数が経過した後になお残る固定資産の価額)を算定してから、償却すべき額を複数会計期間に渡って均等に配分(いわゆる定額法)すべきであるとする。

会計担当者は必ずしも機械などの専門家でもないのにあらゆる固定資産の価値について見積をしなくてはならないのは大変そうである。

(7)順序 sequences

ここでは基本的な資金の使用順序を定めている。

(7)-1. 資産価値の損失補填の順番は、当期純利益、留保利益、原初出資額(元入れ)であるとする。まずは直近で稼いだものから手をつけるということだろう。
(7)-2. 原材料・商品は常に最も古いものから消費・販売されるものとする(先入先出の仮定)。現実には必ずしもすべての企業が先入先出をおこなっているわけではないが、経済的な観点からこのような観点を置くようである。
(7)-3. 配当財源としては利益を優先し、その次に投下資本を置く。現在の会社でも利益のうち何%を配当に回しているかが注目されているので、配当をするために投下資本にまで手をつけるような会社は聞いたことがない。

文献

(2,331字、2024.02.07)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?