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バターと砂糖と真夜中のりんご

真夜中にさしかかる、家族が寝静まった時間。人の気配はあるのに、静寂が満ちる電気の消えたリビング。
さみしがりだけど、人といすぎると疲れる。そんなわがままが赦されて、心が安らぐ。そういう時間。

思春期の頃、不眠に悩んでいた。寝るリズムが崩れると、眠れなくなる。ベットの中で目をつぶってゴロゴロしていても、いっこうに眠れない。「眠れない」と思ってしまったら、もう眠れない。

そうなってしまったら仕方ない。お菓子を焼き、本を読み、この時間を堪能するにかぎる。

今日は何を作ろうか。電気をつけ、本棚を眺める。
そういえば、どこかの本に「焼き菓子は、焼いてすぐより1日たったほうが味が落ち着いておいしい」と書いてあった。それを書いた人は、市販のお菓子しか食べたことないんだろう。かわいそうに。
お菓子を焼く人間は全員知っている。どんなお菓子だって焼きたてが一番だ、と。

自然に手が伸びた何年も使っているレシピ本は、バターや卵の染みがつき、パウンドケーキのページが勝手に開くほど。
そういえば寝る前に母が「紅玉リンゴを買っておいたよ」と言ってた。バターもあるよ、と。

そうだ、りんごの季節だ。生のリンゴを焼き込むケーキもいいな。でも今日はバターたっぷりの生地に、キャラメルリンゴを入れよう。紅玉の皮でアップルティーも作ろう。
頭の中でできあがりの味を想像しながら、暗い階段をそっと降りていく。

リビングの時計を見れば、夜中の2時過ぎ。夜更かしの母も、さすがに寝ている。
台所のゴミ箱のフタの上に、レシピ本を開く。もう見なくたって材料も手順も覚えているけど、これは儀式みたいなものだ。
まず、オーブンの予熱を始める。次はバター。ボウルに入れてラップをしておく。
紅玉の皮を半分剥いたら芯を抜いて、角切り。砂糖を焦がしてキャラメル色になったフライパンにりんごを入れてさっと加熱。砂糖の焦げた匂いと、加熱されたリンゴの匂いは、中毒性がある。中毒になってしまったから、こんな時間にお菓子を作っているのだ。そもそも、眠れなくなるのは、中毒だからかもしれない。
キャラメルりんごをバットに移して、ツマミ食いをする。バターに砂糖を加え混ぜる。ふわっと空気を含んだシュガーバターを、当然、ちょっと舐める。卵を加え、薄力を加え、キャラメルリンゴを加え混ぜ、なめらかで食べたくなりそうな生地になったら、もう成功は確約されたようなもの。あとは型に流してオーブンに任せればいい。

オーブンに生地を入れたら、洗い物をする。ボウルも泡立て器もゴムベラも、油脂が残らないように丁寧に洗ったら、オーブンの上に乗せておく。焼き上がったら、オーブンの余熱で完全に乾かすためだ。

流しが片付いたら、小鍋に剥いた紅玉の皮と、水を入れて火にかける。読みかけの本をとってくる間に、リンゴの赤色と香りが煮出される。ティーバックを入れ、蓋をして3分。本物のアップルティーができる。

オーブンの中を覗き込めば、どろっとしていた生地が膨らみ、質感を変え、色づいていく。小麦粉と、バターと、砂糖が焼ける匂いが、徐々に台所に広がってくる。一番大きいマグカップに注いだアップルティーをすすりながら、オーブン台の前に座り込んで読みかけの本を開く。中毒患者の特等席だ。
焼き菓子は、バター、小麦粉、砂糖、卵、だいたいこの4つの材料で作れる。「錬金術師」という単語を初めて本で知った時、パティシエのことだと思った。お菓子作りは、4つの材料から様々な種類を生み出す錬金術。だから、必要のないレシピ本を開くのも、焼き上がりを体育座りで待つのも、必要な儀式なのだ。きっと。

焼き菓子の食感は、日本では「しっとり」が好まれる。でも、わたしはしっかり焼いた方が好きだ。焼き色がしっかりついた濃いめのきつね色。これがいい。最高に中毒な色になったところで、オーブンの扉を開ける。瞬間広がる、甘さと香ばしさのまじった匂い。熱気。高揚感。これらを体験することなく、「1日たったほうがおいしい」なんて、といつも思うのだ。

気づけば、真夜中よりも明け方よりの時間になる。粗熱のとれたケーキを切り分け、2回目のアップルティーをいただく。ケーキはまだあたたかくて、表面はサクサクしていて、生地はほろほろと崩れる。紅玉のシャキシャキ感と、バターと小麦粉の甘さがなんとも言えない。

出来上がりに満足しながら紅茶をすする。

寝静まった家族。焼きたてのケーキ。香り高い紅茶。読みかけの本。
あぁ、眠れなくてよかった。最高の時間だ。この時間がただただ愛おしい。

だがしかし、残念ながら、神様の優しさは平等だ。静寂を破る、階段を降る音が聞こえ、リビングのドアが開く。
「おはよう。今日は何焼いたんだ?」
困ったことに、絶対に今日中に寝ない母と結婚したのは、朝活なんてものがはやる前から朝4時起きの、父。いつも娘のケーキを「おいしいおいしい」と食べる甘いもの好きの父だ。
「どーぞ」と、切り分けたケーキと、残りのアップルティーをカップに注いで差し出せば「うまいね! 何入ってるの? リンゴ? 梨?」と聞いてくる。なんでもおいしいと言ってくれるのはいいが、父の味覚性能はあまり高くない。

わたしの幸せな時間を邪魔するなら、せめてこのおいしさを正当に評価してほしいものだ。父にリビングの占有権を明け渡し、自分の部屋に退散する。幸せをお腹に入れて、わたしの今日は、今、やっと終わったのだ。


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