「70後」経営者の登用相次ぐ─国有企業から次官級の地方高官に

 中国で国有企業経営者が次官級の地方高官に登用される人事が増えている。いずれも「70後」と呼ばれる1970年代生まれの世代。習近平政権の国有企業重視政策の一環だが、「国進民退」(国有企業が前進し、民営企業が後退する)現象がさらに顕著になり、市場経済化による改革・開放の推進に悪影響が生じる恐れがある。

■元トヨタ担当幹部も

 2月後半から4月前半にかけて、中国国有企業(金融機関を含む)の「70後」経営者7人が相次いで地方政府機関に転じ、副省長(副知事)などに就任した。社会主義体制の中国では、主要国有企業の経営者人事も政府高官と同様に共産党が決めており、このような異動は2、3年前からあったが、短期間にこれほど集中的に行われるのは珍しい。
 転身した7人は以下の通り(就任順、かっこ内は前職と生年)。
 山西省副省長 韋韜(広西北部湾国際港務集団董事長=会長、70年)▽上海市副市長 張為(中国遠洋海運集団副総経理=副社長、73年)▽広東省副省長 孫志洋(第一汽車集団副総経理、74年)▽江西省副省長 任珠峰(五鉱集団副総経理、70年)▽甘粛省副省長 張錦剛(宝武鋼鉄集団副総経理、70年)▽重慶市副市長 蔡允革(交通銀行監事長、71年)▽湖北省副省長 寧咏(中国輸出入銀行副総裁、70年)
 上海と重慶は省・自治区と同格の直轄市なので、副市長は次官級とされている。また、副省長や副市長は省・市政府指導部の党組(共産党組織)メンバーでもある。
 この中で最年少の孫氏は5月で47歳。中国メディアによると、トヨタ自動車との合弁事業を手掛けている大手自動車メーカーの第一汽車(一汽)でトヨタプロジェクト室主任を務め、日本で1年間研修したこともある。その後は主に一汽社内の共産主義青年団(共青団)や党の組織運営に関わるポストを歴任し、2018年から副総経理(党委員会の常務委員兼任)。一汽経営陣で初めての70後だった。
 広東省指導部には既に70後の覃偉中副省長(19年就任、71年生まれ)がいるが、覃氏も国有企業出身。前職は中国石油天然ガス集団の副総経理だった。
 なお、全国の次官級高官の中で最も若いのはチベット自治区副主席の任維氏(20年就任)。任氏も国有企業(国有電力会社の大唐集団副総経理)出身で、76年5月生まれである。

■31歳で副局長級

 習近平国家主席(党総書記)のような「太子党」(高級幹部子弟)や李克強首相を典型とする共青団出身の若手官僚がハイペースで昇進するケースは、習政権下で大幅に減った。勢力拡大を図る習派にとって、太子党や共青団出身者の実力者たちがそれぞれ派閥的な活動をして政治的影響力を振るうことは好ましくないからだろう。
 共産党指導下のエリート青年組織である共青団の出身者が極めて重用されたのは、教育を軽視した毛沢東時代の文化大革命(66~76年)の結果、まともな知識・教養のある人材が激減したという事情があったようだ。北京大卒の李氏の場合、30代後半で閣僚級の共青団第1書記になった。
 また、改革・開放の過程で社会主義の理想に反する金銭至上主義が広がったり、天安門事件(89年)による混乱で一党独裁体制が動揺したりしたことから、政治的に信用できる太子党も若い頃から要職に起用されるケースが多かった。習仲勲元副首相(故人)の息子である習近平氏は40代半ばで閣僚級に昇進している。
 しかし、中国は故鄧小平氏が改革・開放加速の大号令をかけた92年以後、高度経済成長を続け、発展レベルではいまだに中進国ながら、経済規模は米国に次ぐ世界2位に躍進。文革や天安門事件の直接的な影響は薄れて、高官人事で太子党や共青団出身者を極端に優遇する必然性はなくなった。
 立身出世を志向する中国の官僚の目標は党指導部の政治局入りだが、そのためには原則として複数の閣僚級ポストの経験が必要。したがって、比較的若いうちに次官級になっておかねばならない。現政治局員の大半は40代半ばまでに次官級に昇格し、閣僚級を経て、60代前半までに政治局入りしている。
 中国では次官級60歳、閣僚級65歳という定年規定があるので、50歳以下の国有企業経営者が政治的に重用される形で次官級の党・政府高官に転じれば、官僚としての昇進という点で非常に有利だ。
 国有企業重視の傾向がますます顕著になる中で、70後だけでなく、80後の国有企業経営者の人事も注目されている。
 3月24日の中国紙・新京報(電子版)によれば、寧夏回族自治区の主要国有企業としてインフラ建設を担う寧夏国有資本運営集団の総経理(社長)補佐、李超氏(89年7月生まれ)が副総経理に昇格した。
 李氏は全国で最も若い副庁長(副局長)級幹部となった。これまで最年少は福建省南平市党規律検査委の李騰書記(84年11月生まれ)だった。31歳で副庁長級ということは、40代半ばまでに庁長級を経て次官級に昇進する可能性が極めて大きい。

■「赤い遺伝子を継承」

 左派(保守派)の習氏は民営企業より国有企業を重視する考えを持つことから、国有企業の若い人材を党・政府高官として活用することで、国有企業の強化を促進すると同時に、彼らを自分の権力基盤としていく思惑があるとみられる。
 江西省副省長に起用された前述の任氏は副省長就任前の2月24日、省政府党組メンバーとして省国有資産監督管理委を視察。国有企業が「赤い(社会主義の)遺伝子を継承し、政治的優勢を発揮する」よう求め、「国有資本と国有企業を不断により強く、より素晴らしく、より大きくしていこう」と呼び掛けた。
 任氏の発言は第14次5カ年計画(2021~25年)の綱要に盛り込まれた習政権の基本方針を示したものだ。企業の「赤い遺伝子」や「政治的優勢」を強調する発言からは、経済活動の合理性や効率を重んじる考えはうかがえない。
 綱要には市場経済化推進の方針も明記されたものの、政権運営の基軸である高官人事の影響は大きい。国有企業と党・政府機関の人事面の一体化は国有企業の優遇を実質的に拡大して、市場経済の主役である民営企業の活力を引き出す政策を遂行する上で大きな障害になると思われる。(2021年4月15日)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?