中国次期首相は誰か?─非主流派の胡錦濤氏直系が浮上

 中国次期首相の人選について関心が高まっている。習近平国家主席(共産党総書記)が着々と権力基盤を拡大していることから、習氏の腹心起用説がある一方で、現政権では非主流派である胡錦濤前国家主席の直系幹部も有力候補として浮上。習氏が首相という要職を「外様」に任せるかどうかは、2022~23年に発足する次の指導部人事全体に大きな影響を与える。

■異例の公式映像・写真

 習氏は5月中旬、中部の河南省を訪れ、水利関係の視察を行ったが、これに珍しく胡錦濤前国家主席の直系といわれる胡春華副首相が同行した。習氏の地方視察は通常、対米貿易協議の代表として知られる劉鶴副首相ら習派の高官を従えるが、今回の河南省訪問は劉氏が外れ、胡氏が加わった。
 しかも、国営中央テレビはニュース番組で、習氏が視察現場で胡氏と並んで歩いて説明を受けている映像を流し、党機関紙の人民日報はその写真を1面に掲載した。習氏への説明は本来、現地当局者の役目であり、北京から同行した高官たちは前面に出ないのが慣例なので、このような公式報道は異例。あたかも習氏の胡氏重用を強調するかのような報道だ。
 胡氏は2019年4月、習氏の重慶市視察に同行したが、その時は現地高官の後ろを歩いており、あまり存在感はなかった。この視察には劉氏も加わっていた。

■かつては総書記候補

 胡春華氏は党指導部の政治局で最年少の58歳。胡錦濤氏と同じく共産党指導下のエリート青年組織である共産主義青年団(共青団)の第1書記経験者で、「小胡錦濤」と呼ばれることもある。胡錦濤主席時代には将来の総書記・国家主席候補といわれたが、習政権になると、「団派」と呼ばれる共青団出身者グループの勢力は弱まり、胡春華氏も「ポスト習近平」を担う政治家とは見なされなくなった。
 このため、今年3月の全国人民代表大会(全人代=国会)では習氏の腹心(例えば、上海市党委員会の李強書記)が次期首相含みで副首相になるとの見方が出ていたが、実際には副首相人事はなかった。
 中国共産党政権の首相(2人目以降)はこれまで、全員が副首相から昇格した。次期首相は来年秋とみられる第20回党大会で内定し、2023年春の全人代で正式就任する。李克強首相は2期10年の任期を終えて退任する。
 胡氏以外の副首相3人(劉氏ら)は67歳以上と年齢が高く、今期限りで引退する可能性が高いので、今後新たに比較的若い誰かが副首相に就任しなければ、「胡春華首相」の公算が大きくなる。そこで、香港や海外の中国語メディアで胡氏に対する注目度が再び上がっているというわけだ。

■習氏腹心起用にも障害

 総書記3期目を視野に入れる習氏が次期指導部人事で自派の絶対的優位確立を狙っているのは間違いない。香港の親中派メディア関係者は「胡氏は政治局員から政治局常務委員に昇進するだろう」としながらも「筆頭副首相はあり得るが、首相は無理」と述べ、首相の有力候補として李強氏を挙げた。
 確かに団派現役筆頭格の李克強氏(元共青団第1書記)がようやく首相を辞めるのに、その後任がまた団派というのでは、習派だけでなく、江沢民元国家主席派も承服できないかもしれない。
 もっとも、中国共産党のトップ(党主席もしくは総書記)が側近を首相にしたことは1度もない。毛沢東主席は皇帝のような存在だったにもかかわらず、自分の人脈に属さない周恩来初代首相を最後まで使い続けた。後任の華国鋒首相(後に党主席兼任)は毛主席が発動した文化大革命の中で出世したが、毛主席の死後にその最側近だった四人組を拘束したことから分かるように毛主席直系ではなかった。その後の首相は党トップのライバル的な指導者が多い。
 企業グループに例えれば、党のトップは親会社の代表取締役社長、首相は親会社の代表取締役副社長兼最大子会社の社長。上下関係ははっきりしているものの、首相の権限は決して小さくない。党の歴代トップが自分の子分のような人間を首相にしなかった(できなかった)のは、巨大組織を運営していくために人事面でバランスを取る必要があったからであろう。習氏腹心の首相起用はそのバランスを崩すことになり、党内では抵抗が少なくないと思われる。

■定年ルールが不確定要素

 最高指導部人事で「68歳以上は引退、67歳以下は続投」というこれまでの暗黙の定年ルールを習指導部が撤廃もしくは変更すれば、1954年生まれの韓正筆頭副首相(政治局常務委員)の首相昇格もあり得るが、韓氏は上海市の党委書記、市長経験者で、江派の中核を成す「上海閥」出身だ。
 なお、派閥色の薄い孫春蘭副首相(女性)は既に71歳、劉副首相も来年70歳になり、上記のルールがなくなったとしても、首相昇格は難しいとの見方が多い。
 国政諮問機関である人民政治協商会議(政協)の汪洋主席(政治局常務委員)は来年67歳で、副首相を務めた経験がある。汪氏も共青団出身ながら、団中央の指導者だった李克強氏や胡春華氏と違って、団の地方幹部出身で、団派色は薄い。また、豪腕タイプの汪氏を習氏は高く評価しているといわれ、首相へ転任する可能性が皆無とは言えない。
 ただ、汪氏が来年以降も政治局常務委員を続け、現職副首相でもないのに首相に就任した場合、同年齢の李氏と党中央書記局の王滬寧筆頭書記(上海閥出身)を引退させにくくなる。特に李氏が首相から全人代常務委員長(国会議長)などに転じて政治局常務委員に留任することは、習派の勢力拡大の妨げになる。
 結局、誰が首相になっても、政治的に何らかの問題が生じる。来年の党大会で自らの指導体制を盤石なものにしたい習氏にとって、次期首相の人選は最大級の難題になりそうだ。(2021年6月8日)

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