東京のうどんツユは黒くて塩っぱいという指摘の誤り

この議論は昔からあるけれど、根本的な勘違いがあると感じている。
ご存知ない方は少ないと思うが、デイリーポータルZの記事がわかりやすい。

読んでいただければ確かに黒いツユが確認できるだろう。
しかし、この記事に出てくる店は全て立ち食い店であることにご留意いただきたい。

結論から述べると、これらの店はうどんを蕎麦ツユで提供しているのだ。
関東圏、特に東京23区は江戸時代から筋金入りの蕎麦食い文化。
蕎麦は江戸っ子のアイデンティティのような料理だ。
そのため蕎麦とうどんを提供する立ち食い店では圧倒的に蕎麦が出る。
だから、用意しているのは蕎麦ツユだ。
コストがかかるのでうどんと蕎麦のツユを使い分けたりしないというか、できない。
そのため「立ち食い蕎麦の店でうどんを頼むから、蕎麦ツユに浸ったうどんが提供された」というだけなのだ。

逆に西日本ではどうか。
うどん文化圏なので、うどんと蕎麦を両方出す店ではうどんツユで蕎麦を出す。
広島市域で大人気の「ちから」は基本うどんの店だが、うどんを蕎麦に替えることができる。
その時のツユはうどん用とは別に作った蕎麦ツユではなく、うどんツユで供する。
「ちから」のルーツは京都市の「力餅食堂」だし、調査は行っていないが、広島市だけではなく関西圏共通の流儀ではないかと思う。
庶民向けの安価な店で、手間と原価がかかるツユをうどん用と蕎麦用で作り分けるというのは考えにくいからだ。
なお、ご存知ない方のために書き添えると、庶民的とはいえ専門店のツユは作り置きできない。
蕎麦の場合、カエシは寝かせるが、ダシは寝かせたりしない。
時間が経つとダシの香気が消えてしまうのだ。

つまり、東京のうどんは汁が真っ黒で塩っぱくて食べられたもんじゃない!という指摘は、東京を訪れた際、うどん専門店ではなく、蕎麦が主、うどんが従の立ち食い店でわざわざうどんを選んだからでは?と僕は考えている。
冷静に考えると、ほとんど言いがかりだ。

蕎麦ツユは「飲んじゃ辛いが、食っちゃ旨い汁を取れ」という言葉が伝わっているように、蕎麦と合わせた時においしくなるよう調整されている。
逆に小麦の麺はダシが効いているほうがおいしく感じるので、その差が表面化しただけなのだ。

なお、東京でもうどん専門店で蕎麦ツユのうどんを出したりはしない。
うどん専門店ではうどんに合った、薄い狐色のダシの効いたツユで提供する。
元々の嗜好として、関西(西日本)は薄味のダシ文化であるのに対し、関東(東日本)は濃い味の甘塩っぱい文化なので、20-30年前までは住民の好みに引きずられた部分がいくらかあっただろうが、情報の流通量が一気に増加した現在では、ローカルな味付けは駆逐されつつある。

今では蕎麦専門店の甘汁ですら、昔のように濃い色ではなくなりつつあり、高級な蕎麦店では、蕎麦に合わせた薄味の甘汁で提供する店が増えている。
むしろ黒く甘塩っぱい蕎麦ツユは、立ち食い蕎麦や昔からある大衆的な蕎麦店にしか残っていないのかもしれない。

ぶっちゃけ、蕎麦は江戸好みの甘塩っぱい味付けを料理として見事に昇華させたが、現代において、それ以外の料理では江戸好みな甘塩っぱさは旗色が悪い。
料理として上品なのは薄味でダシを効かせたものであるという意見には同意するが、ローカルな味付け、ローカルな料理も大切にしたい。
料理も多様性を維持したほうが良いに決まっているのだ。

東京らしい味付けで思い出したが、東京出張の帰りなどにはぜひとも日本橋弁松総本店の弁当を買って食べてもらいたい。

甘い!濃い!とびっくりするような味付けだが、これが江戸の味かぁと頬が緩む。
詳しくは別にまとめる予定だが、歴史と伝統を重んじる京阪文化に対して、歴史も伝統もない江戸の人たちはずっとコンプレックスを抱いていた。
そしてやっと江戸後期、町民文化が花開いた際には、京阪文化に憧れて真似るようなことはせず、アンチ京阪を貫いた。
京阪が芸術の粋(すい)、技術の粋(すい)を尊べば、江戸では粋(いき)を尊ぶ。
京阪がハモやタイを尊重すれば、江戸ではカツオを尊重する。
元々粗野でせっかちで濃い味を好み、当地で醤油などの調味料が発達したという背景もあるが「歴史だ伝統だとうるせぇんだよ、このコンコンチキが!」というアンチ京阪の一例が濃くて甘塩っぱい味付けなのだ。

そんな背景に思いを馳せながら食べれば、もはや新幹線の中の観光、食べる体験学習である。
僕は豆きんとんのあまりの甘さに身震いしたが、ここ数年食べていないので、久しぶりに体験したくなった。
次に上京した際は日本橋弁松総本店の弁当を買い、新幹線の中で「それにしても甘えな!」と苦笑いしながら食べるのを楽しみにしている。

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