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One step away...

ふぁぁ〜。仕事がひと段落して、豪快に伸びをした。誰も居ないフロアに自分の声が響き渡る。
「おつかれさまです。」
「ん?!」
突然誰かに話しかけられた。pm22:30。まだフロア内に残ってる人いたの?!驚いた私は声のする方を見上げた。いつもポーカーフェイスで、クールな新入社員、進藤くんがそこに立って、私を見下ろしていた。
「あ!し、進藤くん!お疲れ様!まだ残ってたんだね!誰も居ないと思ってたからびっくりしちゃった!」
へへへっと笑うと、彼はフッと口角を上げてこう言った。
「あ、だから声かけた時、あんな間抜けな表情してたんすね。」
予想外の返答。
「間抜けな顔って〜!失礼だなぁ!」
私がムッとすると、進藤くんはフッと口角を上げた。そして、
「酒井さん、飯、それだけですか?」
私が食べかけていたカロリーメイトを指さしている。
「うん。正直食べる間も惜しくてさ。今日のミスは私に責任があるから。しっかりリカバリーして帰らないとね!ごめんね、進藤くんも残って作業してくれてたんだよね、ありがとう!」
「俺は自分の仕事をしただけなんで。」
そう言うと、進藤くんは俯いて少し黙った後、「酒井さん、俺、コーヒー飲みたいんです。カフェ付き合ってください。」
と言って、わたしの顔を覗き込んだ。
距離感、近くない?一瞬心が鳴るのを感じた。
「おっけー、すぐ片付けるから待ってて!」
すぐに先輩モードに戻った私は、バタバタと帰る準備に取りかかった。

「お待たせ!」
声をかけると、進藤くんは振り向いてぺこりと頭を下げた。
「すぐそこのスタバでいいですか?」
「うん、この時間だもんな。開いてるところ限られちゃうよね。ってか、さむー!明日雪降るって言ってたもんなぁ。」
「明日、雪なんすか?」
「うん、すっごい寒いんだって〜。」
手のひらとひらをこすりながらはぁーっと息を吹きかけていると、急に首元にふわりとした感覚。
「女性は関節冷やさないほうがいいらしいっすよ。とりあえず首元、どうぞ。」
進藤くんが、自分のマフラーを私の首に巻いてくれた。
「あ、ありがとう。」
唐突な優しさに心があったまる。何だか照れ臭くて下を向いて歩いた。

スタバに着くと店内は中々の繁盛っぷり。きっとみんな寒さを凌いでるんだ。
「酒井さん、席、とっといてください。」
「うん、わかった!」
店内をうろうろする。窓際のカウンター席しか空いていないようだ。とりあえず腰掛ける。何だか、やっと仕事から解放された気分になる。ぼーっとキラキラした街並みを眺めていると、隣に進藤くんが座った。
「はい。酒井さん、カロリーメイトだけじゃ腹は満たせないですよ。」
トレーの上にはフィローネが置いてある。
「わぁぁ!ありがとう!」
大好物を目の前にテンションが上がってくる。
「あと、これ。」
飲み物を渡されて、ラベルシールに印字されたカスタマイズに目を疑った。
「え、私の好みのカスタマイズ、何でわかったの!?」
「あー、…前に話してるの聞いた事があったんで。」
「覚えててくれたんだ!ありがとう!」
「合っててよかったです。あ、俺が誘ったんで、ここは俺に持たせてくださいね。」
「え、いいの!?じゃあ、今日は甘えちゃおうかな。ありがとう。進藤くん。」
「お返しは焼肉でいいですよ。」
そう言って進藤くんはニヤリと笑った。
「逆に高くついちゃうじゃん!」
自然に笑顔が溢れた。できる男、進藤くん!疲れた心に優しさが沁みた。コーヒーを一口飲むと、あたたかさがじーんと身体中に広がった。
「何か、今日私もやっぱりずーっと肩に力入っちゃってたみたい。今やっと体がほぐれた気がする。あ、進藤くんのおかげで、心もほぐれたかも!誘ってくれて、本当にありがとう。」
進藤くんの方を向いてふふっと笑った。目が合うと、進藤くんはパッと視線を逸らす。そして頬杖をついて、視線を逸らしたまま言った。
「…、俺の方こそ、お付き合いいただいてありがとうございます。」
そんな彼の様子をかわいいと思ってしまった。
「今回の企画、酒井さんが、色んな事サポートしてくれてるおかげで進められてると思います。俺にできる事があれば何でも言ってください。」
「そんな風に思ってくれてたんだね。こうやって、一緒にコーヒー飲んで話聞いてくれてる事が私にとって癒しだよ。ありがとう。」
「絶対、俺の方が癒されてると思います。」
「私の方が癒されてるよ。」
「いや、俺の方です。」
「待って!笑 2人でいるとマイナスイオンでも発生するの!?笑」
「はい。発生しますよ。マイナスイオン。」
「何!?最高過ぎるね。ずっと一緒に居てよ!笑」
急に、私の右手に進藤くんの左手が重なった。大きくて、骨ばってて、あったかい。
「ずっと一緒に居たいです。」
進藤くんはまっすぐにこちらを見つめている。
「えぇっ?!えっと…」
言い返す言葉が見つからずにしどろもどろになってしまう。
「冗談です。」
そう言って進藤くんの手が私から離れた。なんだ。冗談か。少し残念に思っている自分に気付いたけど、そっと蓋をした。
「ふふ、またお茶しようね。」
私がそう言うと、進藤くんは嬉しそうに笑った。

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