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【AZアーカイブ】使い魔くん千年王国 第五章&第六章 朝の風景&格差社会

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【第五章 朝の風景】

翌朝。召喚されてから二日目。松下の朝は意外と早い。なにしろ魔術研究のために、寝食を忘れて何日でも徹夜するし、何日も山の中を駆け回って「少しくたびれた」で済ます男だ。時間は無駄にしない。伊達に8歳で高等魔術を修めてはいないのだ。

それでもさすがに欠伸をしながら、ルイズの汗(と何か?)が染みた衣服を手に水場を探す。洗濯など身の回りの世話を召使いに任せていた松下にとっては、誰かにやってもらうのが手っ取り早いのだが……。

折りもよく、メイド姿の黒髪の少女が水場で洗濯をしているではないか。
「おはよう。きみはここの使用人かな?」
メイドは洗濯を一時中断して立ち上がり、「おはようございます」と挨拶を返した。
「はい、そうですが…あの、どなたかのご子弟で?」

貴族でも平民(使用人)でも、学院に10歳未満の子供などいない。教師か学生の子弟が泊まりにでも来ていたのか? と彼女、シエスタは判断する。格好は妙だが、松下の放つオーラというか威厳というか、妖気は、平民のものではない気がした。自然と敬語になってしまうのだ。こんなに小さいのに。

「昨日、ルイズ嬢の使い魔になった松下という者だが」
「あぁ、ミス・ヴァリエールの呼び出された使い魔の方でしたか。噂は聞いていますよ」
既に噂は広まっていたらしく、シエスタはほっとして納得した。松下も学院内をうろついている時、ひそひそ呟く声や不躾な視線を感じてはいた。

(さて、この噂をどういう具合に変えてやろうか…)
群衆の心理は意外と操りやすいのだ。特に学校のような閉鎖空間では。

「私はシエスタと申します。今後ともよろしく……それで何か御用でしょうか? マツシタさん。……あ、洗濯物ですね?」
「うむ、ぼくはあまりやったことがないので、きみに頼めるかな?」
「はい、結構ですよ。お任せください。でもそろそろミス・ヴァリエールを起こされた方が良いかもしれませんね。朝食に間に合わなくなってしまいますから」

受け取ったルイズの洗濯物を、他の洗濯物とまとめながら、シエスタは建物の方を見る。そこに食堂があるというのだろう……。
「そうだな、彼女を起こしに行くか。じゃあ洗濯が終わったら、部屋に届けてくれ」
松下は答えると、踵を返して飄々と寮へ向かい立ち去った。ホテルのルームサービスでも使うような、人使いの慣れ方だ。

「相当変わった子ね…」
シエスタは、松下に会った人の9割が抱く感想を呟いたという。

松下はルイズの部屋に戻ると、洗面器に水を汲み、自分とルイズの洗顔・整容の準備をする。それから、まだ眠りこけている主人を起こしにかかった。
「さあ起きろ、もうすぐ朝食の時間だぞ」
カーテンと窓を開け、朝の爽やかな光と風を入れてやる。太陽はさすがに一つだけのようだ。

そうするうちに、ルイズはどうにか身を起こし、寝ぼけ声で「着替え……手伝って……」と告げる。
「トリステインの貴族は赤ん坊同然か」
「だっ、誰が赤ん坊よ! 御主人様に対して!」
小童に赤ん坊呼ばわりをされ、怒ったルイズはすぐ覚醒した。
「ぼくだって、着替えくらいは自分でするからな」
「貴族はねえ、従者がいるときは普通一人で着替えたりはしないの! 世の中そーいうもんなのよ!!」

信頼関係の構築は少し後退した。ああ、いやな世の中だ。
「やれやれ仕方がない、着替えさせてさしあげますよ『御主人様』サマ」
「サマが一つ余計よ! あんたねえ、慇懃無礼って言葉知ってる? ていうか、年上の、しかも貴族の御主人様をちゃんと敬いなさいよ! 小童のくせに見下して!!(き――――っ)」
「朝から騒がしいぞ御主人様サマ」
「朝から騒がしいわよ~ルイズぅ」ガチャリ。ドアが開けられ、誰かが声をかける。

「ん?」
「あら、ボクは確か…」
背が高く、褐色の肌に炎のような赤毛をした巨乳美女が、部屋の前に立っていた。まあ胸が大きかろうが小さかろうが、松下にはどうでもよかったが。

「待ちなさいマツシ――って、キュルケ! 朝っぱらから人の使い魔に何すんのよッ!」
「別に何も。そっちこそ何時までそんな格好をしているの? もうすぐ朝食の時間よ?」
「だってコイツが!」
ルイズの友人らしい。では人脈作りをしておくか。
「はじめまして、使い魔の松下でーす」
「え、ええ、よろしくマツシタくん。あたしはキュルケよ。……それにしても、ほんとに子供を使い魔にしちゃったのね、ルイズったら」
「た、ただの子供じゃないのよ! なんと『東方』のね……」
「はいはい、でも使い魔っていうのは、やっぱりこういうのじゃないとね」

キュルケの後ろから、虎ほどの大きさをした幻獣・サラマンダー(火トカゲ)がのっそりと現れた。地霊なら召喚実験で何度か呼んだが、サラマンダーの実物を見るのは初めてだ。
「ほほう、見事なサラマンダーだ」
「あら、ありがとー。よく知ってたわね、ボク。そうよ、これは火竜山脈産のブランド物で、すっごい価値があるの。見て見て、この尻尾! 名前はフレイム! 燃えるように情熱的なあたしにピッタリじゃない? メイジの実力は使い魔を見れば分かるっていうもんねぇ、ル・イ・ズ?」

「うっ、うるさいわね!ほらマツシタ、あんたも何か芸を見せなさいよ!」
「それよりさっさと顔を洗って着替えたらどうですかね、御主人様サマ」
「しつこおおおおおおおいい!!!」
「あっはははははは、なかなか楽しい使い魔くんじゃないの。 じゃあ、お先にね」
ルイズをからかえて上機嫌なキュルケは、フレイムを連れて食堂へ向かった。ルイズはすっかりむくれている。
「む~~~~~~~~っ……」

誰も気づかなかったが、このとき松下の『右手のルーン』が鈍い光を帯びていた……。

【第六章 格差社会】

しばらく互いに無言のまま『アルヴィーズの食堂』に着いた。主従二人が連れ立って豪華な食堂に入れば、多数の好奇の視線が向けられる。

平民の子供? 東方の悪魔使い? そんなバカな、ゼロのルイズだぜ?  くすくすくす… きもーい!

いろいろな囁きが聞こえるが、気にせずスルーする。この手の中傷には二人とも慣れているのだ。ルイズは仏頂面全開で、そっとメイドを呼んで耳打ちする。

「ここでは、朝からこんなに豪勢な食事なのか?」
「日々の食事は、食卓での礼儀作法の勉強でもあるの。この学院は魔法だけじゃなく、貴族たるべき教育全般をするのよ。私だって公爵家のレディなんですからね」
テーブルの上には、最高級の西洋料理や高価な果物が所狭しと並べられている。食器だって金銀宝石作りだ。流石はブルジョワ貴族様である。庶民の血税を無駄に食い散らかしているようだ。

「ああ、来た来た。でもあんたはこっちだから。はい、安心なさ~い」
さっきのメイドが持ってきたのは、粗末なスープと固そうなパン。しかもわざわざ床に置かれた。犬扱いか。
「当ったり前じゃない。あんたは貴族ではなくて『使い魔』なんだから。
本来はこの食堂の中にも入れないのよ? 感謝して頂くことね」
そう答えると、ルイズは始祖ブリミルにお祈りをした後で、優雅に食事をし始める。

(さっき馬鹿にしてくれたお返しよ。最低限の衣食住が保証されることの有難さを噛み締めなさい!)

なんたる差別!なんたる人権の冒涜!蟹工船! ああブルジョワジー!! ブルジョワーヌ!! 今すぐ闘争的人民裁判を起こして、徹底的に自己批判させてやろうか。そのマイナス胸にプラカードをくくりつけて、腐った卵塗れにしてやろうか。ご自慢のピンクの髪に、赤いペンキと鳥の羽根を浴びせて、半分にそり上げて、裸馬に後ろ向きに乗せて街中を走らせてやろうか。万国の平民よ、土人よ、使い魔よ、団結して決起せよ。一部特権階級の横暴を許すなかれ。プロレタリア革命万歳!! 千年王国万歳!!

――などという煽動文句が一瞬脳裏をよぎった気がしたが、別にそんなことはなかった。味の薄いスープに固いパンを浸し、数分で食べ終わると、ルイズに蔑みの一瞥をくれて、無言で食堂を去る松下であった。彼は貧乏人を救いたいだけで、無用な争いはしないのだ。多分。

大体松下は、コーヒー一杯で何日間も行動できる燃費のよさを誇る。多少食事を抜いたところでどうという事も無いが、今後の事も考えると、あの囚人以下の食事ではさすがに体が持たない。どうしたものか。待遇改善を求めて早めに労使交渉をしておくか……?

「あらマツシタさん、どうかされましたか?」
と、背中に声が掛けられる。驚いて振り向けば、今朝方の黒髪メイド――シエスタが立っていた。
「あぁ、今朝の人か。なあに、主人に用意された食事が少なくてね」
「あの貴族様ですから…ねえ。そうだ、賄いでよろしければ如何ですか?」
「いや、ぼくは」
「まあまあ、たくさん食べないと大きくなれませんから」
「じゃあ朝は少しでいいよ。どうせ三食ろくなものを寄こさないだろうし、きみ達の食事を分けてくれればそれでいい」
「分かりました」

やはり平民の方が、妙な貴族の面子などなくて、付き合いやすいし扱いやすい。例外はいるだろうが、ぼくのような異邦人にも親切だ。
(彼女や厨房の人たちには、何か恩返しでもしてやらねばな)
無論、革命的な意味で。

朝食が終わると、午前中の授業が始まる。教室に入り、中を見回す。大体の生徒が騒ぎながらも揃っていた。今朝出会ったキュルケもおり、手を挙げて挨拶した。フレイムは椅子の下で昼寝を決め込んでいたが、その他にもフクロウやモグラ、大蛇、猫やカラスや蛙など、生徒の使い魔たちがぞろぞろといる。見るからに幻獣らしいのも結構いるが、人間の使い魔はやはり松下だけだ。

松下はとりあえず、ルイズのそばの床に腰を下ろした。とはいえ、シエスタにメモ用の羊皮紙とペンを調達してもらっており、この世界の魔法の授業を受ける気は満々であった……。

「皆さん、進級おめでとう。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズは、こうやって新学期に、様々な使い魔達を見るのが楽しみなのですよ!」
教室に入ってきた女教師は微笑みながら口を開くが、ふと、床に座っている子供に気付いた。
「おやおや、変わった使い魔を召喚したものですね?ミス・ヴァリエール」
すると教室中が笑いに包まれた。

「『ゼロ』のルイズ! 召喚に失敗したからといって、そのへんの平民の子供なんか連れてくるなよ!」
「あーら、あんたの貧相なフクロウより、私の使い魔のほうがずっと上よ。 『風邪っぴき』のマルコシアスさん?」
ルイズがそうせせら笑うと、野次っていた太っちょの少年は激昂して立ち上がる。
「誰だよそれは!? 僕は『風上』の『マリコルヌ』だ! 風邪なんて引いてないぞ、『ゼロ』のルイズ!」
「ゼロゼロうるさいピザ野郎!! あんたのそのガラガラ声は、まるで風邪引いたみたいなのよ!このマルファス! マルコメ味噌! 丸子彦兵衛! マリみて!」

醜く言い争う二人に、呆れたシュヴルーズが手にした小ぶりの杖を振る。するとルイズとマリコルヌは突然すとん、と席に座る。いや、座らされる。

「ミス・ヴァリエールもミスタ・グランドプレも、幼稚な口論はおやめなさい。お友達を『ゼロ』だの『風邪っぴき』だの『資本主義の豚』だのと呼んではいけません。分かりましたか? 二人とも」
「ミセス・シュヴルーズ……僕の『風邪っぴき』は中傷ですけど、ルイズの『ゼロ』は事実です! あとなんですか『資本主義の豚』って!」

教室のあちこちから、今度はくすくすと笑い声が漏れる。シュヴルーズはため息を吐くと、また杖を振るう。すると笑い声を漏らしている生徒たちの口に赤い粘土が押し付けられた。
「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」
そうシュヴルーズが言い放つと、教室の笑い声はぴたりと止んだ。一方マリコルヌは、口と鼻に赤土が詰められ、真赤になってもがき苦しんでいた。

(ここは小学校だったか?)
松下は教師の魔法には驚いたものの、生徒の程度の低さに早くも軽く失望していた。……おまえも小学生のはずだろ、年齢的には。

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