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【AZアーカイブ】新約・使い魔くん千年王国 第四章&五章 皇太子&女王の愛

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時刻は深夜。ラグドリアン湖へ続く街道を、一頭のグリフォンが駆けている。乗っているのは、アルビオンのウェールズ皇太子と、トリステインのアンリエッタ女王。女王は秘薬によって眠らされている。皇太子はフードを深く被り、夜陰に紛れて進む。ところどころにある関所を避け、慎重に、時には大胆に。
「上手くいったわね、皇太子」
「お蔭でね、公爵。ラグドリアン湖までは、もうすぐだ」

グリフォンのすぐ傍らを、美しい女性の乗った馬が駆けている。乗り手と馬には、鰓と水掻きと鱗がある。ともにこの世の存在ではない。
「この私、水に関しては地獄でも屈指のプロフェッショナルよ。お眠りになっている女王様も水の使い手らしいけど、私の足元にも及ばないわね」
彼女は、かつてソロモン王が召喚した72柱の魔神の一、海洋の公爵ヴェパールだ。クロムウェルと結託した悪魔ベリアルに助力するため、魔界から召喚された。乗っているのは『海馬』だ。

彼女が口から吐く息は、白い濃霧となって一帯を覆い、幻影を映し出して行方を晦ます。また、その邪悪な視線は相手に触れずに傷を負わせ、その傷は忽ち化膿して蛆が湧き、三日もすれば死んでしまう。海上にいればその力はいや増し、嵐を起こして艦隊を沈めるという。

二人の目的地は、まずガリア。女王と皇太子がガリア王に忠誠を誓えば、両王国の過半はガリアの手に落ちるだろう。そうでなくとも、新しい女王という求心力を失えば、トリステイン王国は脆くなる。
「まあ、人間どもの争いが増えれば、地獄の収入も増える仕組みだからね。沈没船に積まれた財宝は、私が貰うよ。飛行船は沈めにくいけどねぇ」

ヴェパールの放った霧のお蔭で、女王捜索隊は道を見失い、各所で彼女と皇太子の手下に討ち取られた。グリフォンは街道を真っ直ぐ疾走する。しかし湖には松下たちがいるのだ。
「水の力で、死人を動かすとはねぇ。この世界の魔法も面白いじゃないか」
「アンリエッタには内緒にしてくれ。再会できて、僕も嬉しいのだから」

その頃、松下は村に戻り、モンモランシーとギーシュを元に戻す秘薬を調合していた。
「ヴォジャノーイ族から、いろいろ秘薬もせびり取れたからな。どうにか期限には間に合う。地球のカッパ族の分派らしい。なんでも始祖はストトントノス大王で、全世界の水界と月を支配していたのだとか」
「眉唾物ね。あんな気持ち悪い種族が、世界を支配していたなんて」
「カッパ文明もなかなか侮れない。地球の奇怪な地下都市遺跡・カッパドキアは、その都だったそうだ」

喋っているうちに、秘薬はできた。早速二匹、いや二人に飲ませる。
「一晩安静にしておけば、脳の中の触媒生物が殺され、徐々に元に戻るだろう。少々記憶障害や人格の改変はあるだろうが、大きな支障はない」
「全くもう、人騒がせよね。人体実験はこれっきりにして!……ところで、あの蛙男も、こうやって作ったの? 私も時々、夢で会うのよ」
ルイズが質問する。キュルケとタバサは、奥で休んでいる。

「いいや、彼は古代の魔術師『蛙男』の魂を、秘術によって人間の肉体に戻した存在だ。ぼくの忠実な部下であり、十二使徒の筆頭でもある」
「……十二使徒って、何者なの? 私は第一使徒、モンモランシーは第三使徒って言ったわよね」
心配そうな顔のルイズに、松下は落ち着き払って答える。

「まあ、高等な使い魔と言っても、志を同じくする友人と言ってもよい。神の遣わしたメシヤの代理人だ。人間は皆同じように見えるが、本人は気付かなくとも様々な本性を持っている。猫のような人、猿にそっくりな人、牛のような男、蛇のような女という風に。人間はその本性を掘り下げると、何らかの別の生物とも繋がりがあるものだよ」
「そうかしら……人は皆、ブリミルの子孫とされているのに」

「ぼくのいた世界……地球ではもはや、そう考えてはいない。猿に似た動物の子孫という説が有力だ。勿論ブリミルのような優れたメイジの子孫は、メイジになるだろう。だが、生物の起源系統は皆一つなのだ。食物を摂取する事で、その遺伝情報、性質を我が物としているかも知れない。昔、地球のメイジたちは自分の本性を研究し、その本性を極限まで修業して、そのものに成りきった。本性が蜘蛛だとすれば、蜘蛛と共に生活し、蜘蛛と同じ物を食べ、蜘蛛の巣を張って虫を取るほどに修練する」
「きゃっ」
「そうした術の最も優れた十二人の者が東方の神童の下に集い、千年王国を樹立する手助けをするという。それが十二使徒だと伝説にはあるのさ」

ギーシュはモグラ、モンモランシーは蛙。では松下を呼んだルイズは。
「……じゃあ、ひょっとして私も、何かの動物だったりする? 猫とか」
「さあね、それは自分でないと分からない。前の十二使徒には、召喚した悪魔や、警官や召使い夫婦や幽霊、自分の父親や同級生の子供まで含めていたからなあ。別に二十四人の長老や14万4千人の選民でもいいのだが。おお、どれも十二の倍数だな。イスラエルの十二族長が元だからなあ」
「わりといい加減なのね……」

構わず、松下は続ける。
「うむ、ぼくを召喚したきみが第一使徒、忠実なる信者シエスタは第二使徒。モンモランシーが第三使徒で、ギーシュが第四使徒。ならばキュルケが第五、タバサが第六、マルトー親父は第七か」
「平民でもいいの?」
「人間は皆同じ生き物だ、差別は良くない。この占い杖も自分の意思を持つし、第八使徒にしよう。ミスタ・コルベールを使徒に加えるかは、保留だ。どうも宗教には距離を置くタイプらしいし」

と、その占い杖が動き出した。何か危険が迫っているらしい。
「ルイズ! 済まないが、キュルケとタバサを起こしてくれ!トリスタニアの方角から、何者かがこっちへ来るそうだぞ! 急げ!」
「敵!? なんで、こんなところまで? ていうか、何者よ」

白い霧が、ラグドリアン湖を覆い始めた。重い風が吹き始め、あちこちに旋風が巻き起こる。冷たい雨も降り出した。
「むむむ、異様な妖気だ。これは、おそらく上位の『悪魔』だぞ!」
「悪魔ですって!?」
森から鳥たちが飛び立ち、獣たちも逃げ惑う。深い霧の彼方から、十騎ほどの馬群が来る。彼らは生気なき亡者たち。そして、海洋の公爵ヴェパールに仕える悪鬼ども。

「おお、水だ! 我が麗しき故郷、水よ!」
女の声がする。彼女は異様な姿の馬から飛び降りると、銀に縁取られたエメラルド色の鱗を持つ人魚となり、すっと波音も立てずに湖へ飛び込んだ。ウェールズたちは湖畔で待機する。
「今、渡し舟を作るから待ってなさい。湖底から引き上げて来る方が早いかねぇ」

松下とルイズ・キュルケ・タバサは、気配を隠しつつその近くへ向かう。
「……暗くて、よく見えないわ。こんな中を、よく馬で駆けてきたものね」
「ぼくは見える……いや、あの先頭に立つ金髪の男は見覚えがある。あのグリフォンも……しかし、あり得ないか? いや、まさか……」
「見えるの? 勿体ぶってないで、教えなさいよマツシタ」

「あれは、アルビオンのウェールズ皇太子だ。乗っているのは、ワルドのグリフォン」

「皇太子さま!? 嘘、だって、あの時……」
「生きていた、いや『生き返らされた』のだろう。アルビオンの支配者となった、クロムウェルによって。でなければ、ワルドのグリフォンに乗っているはずはない。クロムウェルが盗んだアンドバリの指輪は、死者に仮初の命を与えると言っていたな。ならば、それだ」

「湖に飛び込んだ女は、強い」タバサが口を開いた。松下もそれに肯く。
「うむ、あれはこの霧を起こしている悪魔だろう。正体は掴めないが、水の中なら水の精霊がいる。……ちょっとヴォジャノーイを呼んでみるか」
松下が湖面に呪文を呟くと、やがてざばりとヴォジャノーイが現れた。
「何か御用ですか、東方の神童よ」
「うむ。今、怪しい女が湖に飛び込んだだろう。奴は何者か、分かるかな。どうも恐ろしい悪魔らしいので、水の精霊に伝えてくれ」

「ひえっ、悪魔ですって! この間から災難続きだ! 分かりました、すぐ伝えます! おお偉大なるストトントノス大王よ、我らを守りたまえ……」
ヴォジャノーイは再び湖底へ去る。しかし、バチュッと水中で何かが爆ぜる音がした。ぷかりと両断されたヴォジャノーイが浮かんでくる。

「しまった、水中を伝わる音を聞きつけたな! 皆、岸辺からできるだけ離れろ! 悪魔が襲ってくるぞ!」
水面が不気味なエメラルド色に輝き、気泡と波紋が広がる。海洋の公爵のお出ましだ。それを合図に、馬群もざわつき出す。グリフォンに乗る皇太子らしき人物も、こっちへ駆けてきた。
「公爵よ、どうした! 伏兵か!」

「あの声は、確かにウェールズ皇太子のようだ。では、なぜここに……」
すると、グリフォンの上に横たわっていた女性も、よろよろと身を起こす。
「眠っていたまえ、きみは大事な人質だ」
皇太子が声をかける。それを見たルイズとキュルケは、あっと声をあげた。

「「あれは、アンリエッタ女王陛下!?」」

【第五章 女王の愛】

アンドバリの指輪で甦らされたと思しきウェールズ皇太子、そして悪魔とともにいたのは、アンリエッタ女王。決まりだ。クロムウェルが謀略戦を仕掛けてきている。いかにあの女王でも、搦め手から攻めれば捕まる。後は人質として枢機卿たちに降伏を迫るもよし、洗脳して操るもよし。指輪があれば操るのは容易だ。そして、この悪魔。バックベアードが言っていた、ベリアルの部下といったところか。

「ルイズ! キュルケ! タバサ! そのウェールズは、もはや死人だ! 無傷で捕らえればそれなりに利用はできるが、我々は女王を奪還せねばならない!」「分かっている。悪魔も撃退する」
「ちょっと、いきなり悪魔ですって!? 本物なの!?」

湖面が激しく波打ち、水柱が立つ。体長5メイルはある、人魚の姿をした悪魔が現れた。銀に縁取られたエメラルド色の鱗を持ち、波打つ髪は海草に覆われている。口は耳まで裂け、耳の後ろに鰓がある。
「あんたが東方の神童マツシタかい!? なあんだ、まだちいちゃな餓鬼じゃあないか!腹の足しにもなりゃあしない! そおれ、霧でも喰らえ!」
びゅうーっと悪魔が口から濃霧を噴き、松下たちを攻撃する。タバサは風を放って霧を吹き散らす。

「あの姿、この能力。貴様はソロモン王の召喚した、72柱の魔神の一であるヴェパールだな!海洋を支配する地獄の大公爵であり、29の悪魔軍団を指揮するという……」
敵の正体と名前を知っている事は、魔術戦闘における大きなイニシアティヴだ。だが百年前のオールド・オスマンを苦しめたアンドラスは不和の侯爵。その上位にある公爵が、ホームグラウンドたる水の中にいるのだ。生半な事では倒せない。ソロモンの笛があれば、従わせて使い魔にしてやるのだが。

「いかにも、私は海洋の公爵ヴェパールさ! 海でないのが残念だけど、水さえあれば私は無敵! 今度は、私の邪眼を受けてみな! グズグズの膿まみれにしてやるよ!」

悪魔の邪眼により、キュルケとタバサの体には無数の傷が生じた。その傷はすぐにグズグズと腐り、膿と蛆が湧き始める。
「この呪傷を治すには、ヴェパールを倒して解呪させる他方法がない! 手遅れにならないうちに、総攻撃をかけるぞ!」
松下はそう叫ぶと、モンモランシーの使い魔・蛙のロビンを思い切り遠くへ投げ、湖の中へ放り込む。上手く湖底まで逃げ延びれば、水の精霊を呼んで来てくれるだろう。

松下、キュルケ、タバサが力を併せ、悪魔ヴェパールに挑む。だが敵は1体ではない。
「おお公爵、敵は懐かしい、あのヴァリエール嬢とその仲間たちか! 僕も加勢しよう! 喰らえ『ウインド・ブレイク』!」
ウェールズが杖を振るい、側面から魔法攻撃を仕掛けてきた。馬群もこちらに駆け寄り、魔法を放つ。多勢に無勢、大ピンチだ。ルイズは大して役に立たないし。……いや、待てよ。

「ルイズ!あの祈祷書と水のルビーの指輪は、肌身離さず持っているか?」
「え、ええ! 始祖ブリミルより伝わる、二つとない秘宝だもの! 姫様のお墨付きと一緒に、ここにあるわ!」
ルイズが薄い胸に手を当てる。ああ、何か入っている気がしたが、そこか。

「よし、この間のタルブでの戦闘を思い出せ! その指輪を嵌めて祈祷書を読めば、新たな『虚無の呪文』が見えるだろう! それでこの場をどうにかするんだ! 防御と時間稼ぎは、ぼくたちがやる!」
「分かったわ! ええと、ええと、これね!」
松下はルイズに命令を下すと、さらなる呪文を唱え、森の木々から根や枝を伸ばさせて追っ手を縛ろうとする。さらに葉っぱは刃となって降り注ぎ、敵を切り裂く。だが、仮初の生命でしかない死人は、頚を裂いても斃れない。空中に指で『精霊の五芒星』を描き、手裏剣のように投げつけて、死人の手首を落とし、悪鬼の頭を割ってゆく。

業を煮やしたヴェパールの姿が変容し、赤い甲羅のような鎧に包まれる。
「私の別名は真紅の公爵ゼパール! 女性を他人の愛の虜にし、劣情と恥ずべき情欲を燃え上がらせる! さらに女を不妊にすることもできるのさ。そこの赤い髪の売女(ビッチ)、私の手下にならないかい?」
強力な『魅了』の魔法がキュルケを襲い、陶然とした表情でタバサに杖を向けた。やむなくタバサは雪風を放ち、彼女の手から杖を弾き飛ばす。これで戦力が減った。

「ははははは、行け、我が29の軍団の精鋭たちよ!」
悪鬼たちはぐにゅぐにゅと分裂を開始し、松下たちに襲い掛かる。霧の中から幻影と嵐も湧き起こる。

愛は寛容であり、愛は親切である。また人を妬まない。愛は高ぶらず、誇らない。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛はいつまでも絶えることがない。
『愛の讃歌』:新約聖書『コリント人への手紙1』第十三章より

猛攻を加える悪魔たちを相手に、松下とタバサは、それでも頑張っていた。
松下は、タバサにしなだれかかるキュルケを転倒させ、魅了解除の秘薬を飲ませて戦線復帰させる。タバサは周囲に風の結界を作り、ルイズが呪文を完成させるまでの時間稼ぎとする。
「ルイズ! まだかっ!」
「Eloim Essaim frugativi et appelavi(炎の神よ、我は求め、訴えたり)……」
ルイズは呪文を発見し、トランス状態に入っていた。もうすぐだ。

「ええい、まだるっこしい! ウェールズ! 愛しいアンリエッタと協力して、さっさと邪魔者を殺すんだよ!」

愛を操るヴェパール=ゼパールの呪文が飛び、正気を失ったアンリエッタはふらふらと立ち上がる。そして二人は、風と水のトライアングル・メイジは、力を併せて呪文を唱える。現れるのは六芒星。
「始祖ブリミルの正統なる後裔、王族の近親者同士にのみ許された、ヘクサゴン・スペルの威力を見よ!」
猛烈な嵐に水の刃が混じり、タバサの結界に穴を空ける。おそらくスクウェア級以上の威力だ。

サノバビッチ(売女の子)! ああ、王族にこんな事言っちゃダメよね、ブリミル(畜生)!
キュルケが憎まれ口を叩きながら新たな結界を張るが、防御しきれない。松下も魔法結界を構築する。
「キュルケ! タバサと協力して、ヘクサゴン・スペルとやらは撃てないのか!?」「さっき二人が言ったように、よっぽど条件が揃った相手同士じゃなきゃ無理よ! それに皇太子はともかく、女王陛下は生身なのよ!」

愛か! 愛とはなんと、人間の理性を、正しい判断力を失わせることか!
アガペー(隣人愛・人類愛)ではなく、フィリア(友情・好意)やストルゲー(家族愛)でも過ぎればそうだが、ただのエロス、情欲、愛欲、恋愛という奴は!

「あああはははははは、愛の力を甘く見たかい? 二人は永遠に結ばれるのさ! 地獄でね! 情欲のために国を滅ぼした罪で、邪淫地獄で嵐の中、互いにぶつかり合って苦しみなぁ!!」

「おお、ウェールズ皇太子……愛しています。いいえ、愛していました

突如、アンリエッタの氷結魔法が、隣のウェールズを襲った。意表を点かれ、彼は首まで氷に包まれる。
「なっ!? あああああああ!! アンリエッ、タ!?」
「けれど、今は立場がございます。貴方の飲ませた眠りの秘薬は、右奥歯に仕込んだ解毒剤で。魅了の魔法は、同じく左奥歯に仕込んだ強力な気付け薬で、解除しました。この頃激務続きでしたもの、こんなものまで仕込んでいて、助かりましたわ。ふふふふふ」
アンリエッタは不敵に笑う。眼の下に隈が出来ていた。皆、正直驚愕する。だが、トランス中のルイズは別だ。

「……ヘカス・ヘカス・エステべべロイ!忌まわしき太古の術法よ、主なる神の御名において、この者たちより退き、彼らを解放せよ!『解呪』!」
霊的結界が周囲を包み、『虚無』の力が解放される。ルイズの放った虚無の呪文『解呪』によって、ウェールズたちの仮初の生命は失われた。さらにキュルケとタバサにかけられた『呪傷』も、解除される。

「くっ、愛のない女だねぇ、女王陛下ぁ! 鉄の処女王にでもなるおつもりかい!? って、うわあぁああ!?」
たじろぐヴェパールの背後から、同じ姿を取った水の精霊が襲い掛かる。悪魔を羽交い絞めにし、手下の悪鬼どもも飲み込んで、精霊は彼らを湖の底へと引きずり込んだ。ちゃぽん、と蛙のロビンが水面に顔を出す。どうやら間に合ったようだ。

「……曲りなりにも、地獄の公爵だ。いかに水の精霊でも、封印するのに数年はかかるだろう。ここは湖全体に封鎖結界を敷き、しばらく悪魔と精霊を封じ込めた方がいいかも知れん。ガリア側からは無理かな」
「そうですね。彼の弔いが終われば、付近の諸侯をここに集め儀式を行いましょう。ガリア側にも増水被害が出ていましたから、それを食い止める目的と宣伝すれば、国境紛争にはなりますまい。……さようなら、ウェールズ。私は水の精霊に誓いましょう。必ずやクロムウェルとワルドを討ち、貴方の仇をとることを。そして、アルビオン王国の復興を……」

ウェールズ皇太子は、すでに物言わぬ遺体に戻っていた。女王は深く一礼すると、彼に固定化魔法をかけた。……『証拠物件』だ。女王がスキャンダルに巻き込まれても、これなら多少の言い訳は立つ。敵は卑劣にも皇太子のご遺体を操り、女王を無理矢理誘拐したのだ、と。女王はそっと涙を流す。
「いずれアルビオンを解放した暁には、ご遺体は霊廟にお納めしましょう。それまでは、我が王城にお眠りを……」

「女王陛下ァ! ラグドリアン湖を封鎖するなんて、本当ですか!? 我々ヴォジャノーイ族は、どこへ行けばいいんです!? 数千年ここで生きてきたんですよ!」「わしら周辺住民も、湖の漁業で生計の半分を立ててきたんですぞ! 今更住み慣れたこの土地を、数年とは言え離れろって仰るんですかい!?」

翌日から、女王は住民や諸侯との折衝に入る。王都での外交と内政は枢機卿に任せた。

「では、ひとまずぼくの治めるタルブへ移住させよう。戦争の準備中だから、仕事の口は充分にあるぞ。税金は国内のどこよりも安い。身の安全は、国家とぼくが保証する。なんなら条例で保険加入料も無料にしよう」
「おいおい、湖や川はあるのかい? ヴォジャノーイは陸上じゃあ暮らせないぜ。海辺でもいいが」「地下水脈はそれなりにあるようだが……。陛下、どこかいい場所はありませんか」

女王は少し考え、返答する。
「では、海辺の『ダングルテール(アングル地方)』に彼らを移します。もともとアルビオンからの移民が多い土地、亜人でもどうにか暮らせるでしょう。何か問題を起こせば、トリステイン国民と同等に処分します」
ガリア側諸侯や住民との交渉は枢機卿にも任せる事とし、女王はトリスタニアへと還御された。

かくして、ラグドリアン湖畔での一件は落着した。モンモランシーとギーシュも人間に戻り、ルイズも一安心したという。

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