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【AZアーカイブ】使い魔くん千年王国外典・タバサ書 第四章 タバサとニート族(前編)

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始祖ブリミル降臨暦6242年、初夏の第五月ウルの月。ガリア王国のイザベラ姫殿下は、広大な花壇に降り注ぐうららかな陽射しにも関わらず、幾重にも緞子の垂れ下がった、薄暗い自分の部屋に引きこもっていた。別に鬱っているわけでも、吸血姫になったわけでもない、強い陽射しにあたるのが億劫なだけだ。多分あれだ、使い魔の……『墓場鬼太郎』の悪影響だ。

使い魔くん千年王国・外典 タバサ書
第四章 タバサとニート族(前編)

ソファーに寝そべるイザベラの物憂げな眼差しが、縮こまっている同い年ぐらいの、赤い髪のメイドに注がれる。
「ねえ、のろまのアネット。あんたはまたヘマをしたってねえ、全くうすのろだねえ」
「も、申し訳ございません、姫殿下」
「いいのさ、あんたの愚図はいつものことだもの。むしろそれを叱るのが目的で、あんたを雇っているんだしねえ」
「え」

そう、実に恐ろしい事実だが……サディスティックな姫殿下の憂さを晴らすために、プチ・トロワのメイドの何割かは、わざと適度なドジっ娘を選んでいる。豪勢な小宮殿にはあちらこちらに、さまざまな『責め具』を備え付けた部屋があるという噂だ。イザベラの嗜虐心に満ちた好色そうな眼差しが、哀れなアネットの体を這い回る。

「ねえ、アネット。お前、身持ちは固い方かい?」
「え」
「繰り返すよ、身持ちは固い方かい? 今は病気じゃないかい、変な病気はしたことがないね?」
「あ、あの、はい、したことはありません」
身持ちの確認、そして病気の有無の確認。よもやアレか、アレなのか。ぶるぶるっとメイドは身震いする。イザベラは枕元から、豪奢な装飾の鞘に包まれた短剣を取り出す。

「跪いて両手をお出し。お仕置きだよ」
「は、はい、姫殿下」
恐る恐る掌を差し出すと、イザベラはすらりと短剣を引き抜き、ざくりと両手に傷をつける!
「ヒイッ」
アネットが声にならない悲鳴をあげるが、イザベラはべろりと舌を出し、傷口から血を舐めとる!

「………うん、なかなか美味しいじゃないの。健康な証拠だわネ、いいもの食べさせてるものネ」
「ひいいいいいい」
「傷は治してやるから安心しな。ところでねえ、先日の官報(ガゼット)に書いてあったんだけどさ。アルビオン新政府樹立の記事の下にさ、ゲルマニアのとある貴族夫人が『吸血鬼容疑』で逮捕されたって。若いメイドの血液が美容薬になるって信じ込んで、しまいには毎日『血の風呂』に浸かるようになったんだって! 城の庭をほじくり返して調べたら、何百という娘の骸骨が出てきてさ……うひっひっひひひ」

イザベラは血まみれの唇でニタッと笑う。蒼白な顔のアネットは涙を流して失神し、バタンと倒れた。

それはともかく、アルビオン共和制革命が成って間もなく。アルビオンから帰ったタバサは、またぞろイザベラに呼びつけられ、面倒な仕事を仰せつかった。なんと『不登校の息子を魔法学院へ通わせろ』という仕事だ。今流行のニートとかヒキコモリとかいうやつらしい。イザベラも流石にしかめっ面をする。

「……くっだらないだろ? でもまあこれも難儀な仕事さ、せいぜいがんばんな人形娘(ガーゴイル)。依頼人はなんつったっけ、そうそうド・ロナル伯爵家だ。あんたも知っているよね?」
「古くからの有力貴族。大臣や将軍を多く輩出している」
「そうだよ、だから断れないんだ。はぁ、自分のとこのダメ息子の世話ぐらい、親元でなんとかすりゃあいいのにねえ。名前はオリヴァン、オリヴァン・ド・ロナルか。歳は15、あんたと同じだね。きっとあの両親と同じで、豚みたいにぶくぶく太っているんだろうねえ! おおいやだ」
タバサは相変わらず無表情だが、ふと気づいて質問する。
「キタローたちは?」
「ああ、あいつには別の用事をさせてんだよ。こんなの一人で充分だろ、さっさと支度して出発しな!」

シルフィードに乗ったタバサは、早速ヴェルサルティル宮殿から、朝のリュティス市内へと向かう。ガリアの首都、人口30万の大都市リュティスには、貴族の子弟が通う学校が多数存在する。魔法学校に女学校、士官候補生を鍛える兵学校と種類もさまざま。その中でも群を抜く名門こそが、旧市街の真ん中に聳える『リュティス魔法学院』であった。

大通りに面した巨大な邸宅、依頼人のド・ロナル伯爵家は、そこから程近いロンバール街にある。門の上には大きな魔法人形(ガーゴイル)のマンティコア像が鎮座し、門番を務めている。マンティコアはこの家の象徴なのだそうだ。タバサはその像に名乗り、執事に案内されてずんずんと邸内へ入っていく。

目の眩むほど装飾品が散りばめられた客間の真ん中には、3メイル四方はある巨大なソファー。そしてそこに鎮座ましましているのは、カネとヒマを持て余して豚のように肥え太った、まさに肉塊と形容するのが相応しい女性。オリヴァンの母親、ド・ロナル伯爵夫人その人である……。

「そなたが王宮から寄越した、花壇騎士かえ? どう見ても子供ではないかや」
「恐れながら奥さま、ここなタバサさまは、12歳にしてシュヴァリエの称号を得られた、まごうかたなき花壇騎士。それにその、一応15歳におなりです。オリヴァンさまと同い年ですぞ」
「子供じゃ子供! ……ふん、シュヴァリエの称号も、近頃は商家の認可証並みに濫発しておるそうではないかえ。わらわはのう、もそっと年上で凛々しい、臆病者に勇気を与えるような騎士を期待しておったのじゃ」

駄々をこねる母親。タバサは無言のまま、じっとその肉塊を見つめる。大食いのタバサでもしばらく食事を節制したくなるほど、酷い肥満である。
「ま、よいわ。眼光は鋭いようじゃしのう。そちに任す、よきに計らえ。失敗したら上に報告させてもらうぞえ」
執事はほっと安堵し、胸を撫で下ろす。

「まずはオリヴァンを探し出してくりゃれ。あのドラ息子は、毎日街中をほっつき歩いておるようじゃ」
「了承した。では、彼が入り浸っていそうな場所を教えて欲しい」
「そんなものは自分で調べるか、そこの執事やメイドに聞くがよい! わらわは宮中の付き合いで忙しいのじゃ」

さて、そこからやや離れた、とある大通り。時間は午前10時ごろ。下駄を履き縞々のちゃんちゃんこを纏った子供が上機嫌で歩いている。イザベラから用事を仰せつかった鬼太郎だ。その用事も終わり、しばらく花の都を散歩する。小うるさい目玉の親父はイザベラが預かっているし、懐は暖かい。久しぶりに素晴らしい自由だ! 鬼太郎は陽気に笑い、ポケットから上等な葉巻を取り出して火をつけた。

「ああ、いい天気だなあ。ボヤボヤしていると年老いてしまう、人生は一日でも楽しまなくちゃ! さてまずはタバコを楽しんで」(スパスパ)
彼は法律上未成年だが、ガリアに未成年者の路上喫煙を禁じる法律はない。第一彼は人間ではなく、妖怪だ。そのため人間世界の煩わしい規則に縛られることはないのだった。
「ああーうまい、次は歌を楽しむか! ♪コラッソンコラソン レメロンレメロン ラララララ~~、と。我ながらほれぼれするような声だ! キャッホホホホ」

道行く人々の訝しげな視線を浴びるが、躁状態の自由人はカッフェ(喫茶店)の看板を見つける。
「次はコーヒーと、ついでにケーキも楽しもう!」
充分なカネと自由がありさえすれば、死に物狂いで働かずともよく、この世は幸福に溢れる天国なのだった。モシャモシャと旨いケーキを味わい、砂糖を多めにしたモーニングコーヒーを飲む。おお、満ち足りた気分!

「あっ、おいしかった。次は早めの昼寝を楽しもうかな」

と、賑わう店内へ新しく客が入ってきた。肌が白く丸々と太った、15歳ぐらいの貴族の少年である。
「どこも満席だなあ。……君、ここあいてる?」
「あっ、はい」
「じゃあ相席させてもらうぜ。おおい、コーヒーを五ツにケーキ二十個。早くしてちょう……」
少年は注文の品が来ると、鼻歌を歌いながらバクバクと平らげ始めた。鬼太郎は目を丸くしてそれを見ている。
「この人、ずいぶんタノシムなあ……」

不健康に太った少年は鬼太郎の視線に気づき、話しかけてきた。朝から酔っ払っているのか、眼がどろりと据わっている。
「君は何か僕に……憧れを持っているような眼差しだが……」
「ははあ、そのケーキをひとかけら頂けないでしょうか」
「それは困る。これは僕だけが楽しむためにとったのだから。他人がどうなろうと、僕のタノシミをビタ一文もゆずれない」

なんとも自己中心的な人物だ。それに彼ぐらいの年頃の少年なら、今は学校に通っている時間帯のはずだ。
(これがあの有名な『ビート』とか『ニート』とかいうのじゃあるまいか……)
鬼太郎の憧れの眼差しは、カガヤキを増したのだった。

「あなたはもしや、今はやりの……」
「そうだ、ニートだよ」
「おお、やっぱり!」

鬼太郎は彼に葉巻を勧める。二人の暇人は、たちまち意気投合した。
「ふうん、キタローねえ。僕はオリヴァンって貴族だ、よろしく」(スパスパ)
「よろしく。……で、ニートって一体ナニビトのことです」
「そんなこと分かるものか。分からないところがニートの特徴だ」

ニート、すなわちNEET。教育(エデュケーション)を受けず、労働(エンプロイメント)も職業訓練(トレーニング)もしていない若年無業者。現代日本ではもっぱら学校からドロップアウトした人、臆病で下等な人物という蔑称として用いられる言葉であるが、ハルケギニアではむしろ一部富裕層の有閑子女、『高等遊民』のニュアンスがあるようだ。まあ働かずに年中遊び歩いていて生活に困らないというのは、普通なら富裕層の子弟でなければ難しいだろう。ちなみにビート族というのは、いわゆるヒッピー(自由人、自然回帰主義者)のことであるらしい。

「君、カネはあるのかい? カネとヒマのないやつはニートになる資格がないぜ」
「ヒマはありますし、幸いに裕福なパトロンがあります。でも、カネがなかったらどうするのです」
流石にイザベラ姫殿下の使い魔ですとは名乗れない。ふん、とオリヴァンは鼻を鳴らす。
「親のスネをかじるのだ。僕の親はド・ロナル伯爵家という有力貴族でね、カネがうなるほどあるのさ。資産を食い潰すのでも数世代はかかるという、よい家だ。非常に太いスネだ、事実でっぷりと太っている」
「ほほう、ではスネがなかったら」
「スリとかドロボウでもするんだな。働いたらニートとして負けだ」
「ふうん、ヒモとか寄生虫みたいなものか」

鬼太郎が見下したような言葉を吐くと、オリヴァンは豊かな顎を撫でながら微笑む。
「寄生虫……に似たようなものだが、その精神は大いに違う。大衆が汗水たらして働くその汗の結晶、即ち『エキス(精髄)』だけを吸い上げる仕事。いわば王侯や資本家と同じく、高級で優雅な仕事だ。否、ライフスタイルなのだ。昔風に言えばディレッタント(道楽者)、あるいはランティエ(不労所得者)というやつだ」
「なるほど、学がある。でも、なんだか吸血鬼みたいだナア」

「ワッハハハ、近頃はやりの文士先生だって似たようなものさ。書生なんかだってニートのたぐいだ。生産性ばかりが人生ではないぜ。人生とは消費と遊惰、刺激とスリル、無駄な楽しみがあってこそだ」
「うむ、まったくだ。じつに首肯させられます」
「それに僕ぁ、『ヒキコモリ』じゃない。かくも大いに世間をぶらついているじゃないか。ああ、世界は美しい! それにひきかえ、人間という存在のなんと醜く卑小なことよ!」

キャッホホホホと異様な声で笑い出すオリヴァン。笑い返す鬼太郎。
二人の奇人の間には、奇ッ怪な友情が成立したようだった……。

だがそこへ、ばんと一人の侵入者が現れた!
「見つけた」
鬼太郎は聞き慣れた声を耳にして、挨拶をする。
「あっ、タバサさんではないですか。お久しぶりです」

執事やメイドによれば、オリヴァンの放浪のルートは大体決まっているとのこと。案外簡単に発見できた。
「久しぶり、キタロー。今は仕事中、邪魔をしないで。オリヴァン・ド・ロナル、私はガリア花壇騎士、『雪風』のタバサ。家族からの依頼により、あなたをリュティス魔法学院に連れて行く」
が、タバサはどう見てもせいぜい12歳ぐらいの子供。オリヴァンは驚きながらも冷笑を浮かべる。
「……花壇騎士ィ? 貴様が? おいキタローくん、知っているのかい」
「はい、この人は本当に花壇騎士ですよ。こんななりでも実力はトライアングル級です」

フハッと鼻息を噴き出し、オリヴァンの白い顔は青くなる。
「じょ、冗談じゃない! ガリアは花壇騎士が不登校の生徒の世話をするような国なのか? 力づくでも連れて行く気なら、全力で逃げさせてもらうぜ。僕のアイデンティティの危機だからな!」
本格的にダメだこいつ、早くなんとかしないと。タバサは躊躇わず、『エア・ハンマー』の呪文を唱え始める。
「《ラナ・デル・ウインデ》……」
「さっ、さらばだキタローくん、ミス・タバサ!!」

オリヴァンは懐から、家宝の『不可視のマント』を取り出して身に纏うと、煙幕弾を投げつけて姿をくらました! バカに気合の入った、性根の据わったニートである。

「逃げられた」
「……あのう、こりゃ結局どういうことなんです」
「あなたには無関係。でも、探し出してくれたら謝礼ははずむ」
「と言ってもナア……あの人、自己中心的だけどそう悪い人間じゃないですよ」

鬼太郎は弁護するが、タバサは眼を据わらせ、ボソボソと持論を呟く。
「人間には権利だけでなく、義務と責任がある。特に彼は上級貴族の子弟、今は社会のため勉学に励むべき。それを放棄するのは、自ら社会的に無用な存在となることであり、倫理的に悪であると私は判断する。将来的にああした人間は犯罪を起こしやすく、出版物等を介して大衆に堕落礼賛を煽る危険性もある」

「ふうむ、『小人閑居して不善を為す』というやつかなあ。悪にしたって、大した悪じゃないけどナ」
「何にせよ、彼を学院に復学させるのが、私の今回の任務。果たせなければ私の立場は不利になる。……あと、あなたの主人に毎回ネチネチといびられる」
「うわあ、そりゃ辛そう。分かりました、協力しましょう!」

兄弟たちよ。主イエス・キリストの名によってあなたがたに命じる。怠惰な生活をして、私たちから受けた言い伝えに従わないすべての兄弟たちから、遠ざかりなさい。…またあなたがたの所にいた時に「働こうとしない者は、食べることもしてはならない」と命じておいた。ところが聞くところによると、あなたがたのうちのある者は怠惰な生活を送り、働かないでただ無用に動き回っているとのことである。彼らに対しては、静かに働いて自分で得たパンを食べるように、主によって命じ、また勧める。
新約聖書『テサロニケ人への第二の手紙』第三章より

それから二人は、手分けして広いリュティスを駆け回り、オリヴァンの行方を捜す。捜索用の魔道具も借りて調べるのだが、『不可視のマント』の効果はなかなか強力らしく、反応しない。ようやく夜になって、鬼太郎がとあるカッフェで彼を見つけ出した。

「いよおー、元帥閣下」
「いよおー、皇帝陛下。なんだい、君まで僕をひっとらえようってのか? ずいぶんスリルを満喫したぜ」
「えっへへへ、そんなこたぁしませんよ。タバサさんはあなたの家に泊まられるそうで。でも家に帰ったって面白くないでしょ、ちょいと夜遊びのお誘いに来たんです」

オリヴァンは意外そうな顔をする。
「夜遊び? ふふん、誇り高いニートたるもの、生やさしいことでは驚かないぜ」
「こちらもしびれるような、身の毛もよだつようなスリルと刺激に満ちていますよぉ」
キッヒヒヒヒ、という鬼太郎の不気味な笑いに、ニートはぶるぶるっと震えた。
「む……そいつあこたえられないや。面白そうじゃあないか、それで時間と場所は?」
「草木も眠る今夜遅く、サン・フォーリアンという閉鎖された古寺です。そこで退廃的なニート族による、怪奇な夜宴が開かれるというのですよ。ほら、これが招待券」

数枚綴りの、羊皮紙に血液で書かれた招待券が差し出される。
「……いかしてるねえ、ぼ、僕は怖いのが大好きだ。さぞかし趣向を凝らしたパーティーなんだろうね」
「へへへ、そりゃもう。一度このパーティーに参加したら、もうヤミツキですよ! 今までのお遊びなんかバカらしくなりますよ!」
「しかし待ってくれ、僕を騙して誘拐しようとか、妙なことを企んではいまいね?」
「心配ご無用です。なんとですね、イザベラ姫殿下もお忍びでおいでになるんだそうで。あの方もずいぶんと怪奇趣味がおありですものねえ、ケッケッケッ」

姫殿下のいかれ具合は、オリヴァンの耳にも届いている。
「そ、それならある意味安心だな。何か危険があっても、このマントがあれば逃げられるしね。じゃあ夕食も食べたし、早めに出発しようか。招待券をくれよ」
「どうぞどうぞ。提灯を出しますから、先へ進んで下さい。ここからならすぐそこですよ」

ひゅるひゅると音を立てて、青白い色の鬼火が夜道を照らし出した……。

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