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【AZアーカイブ】使い魔くん千年王国 第十九章&二十章 ワルド子爵&アルビオン

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【第十九章 ワルド子爵】

「グリフォン隊の隊長……!」
ギーシュは絶句した。トリステイン魔法衛士隊の中でも、最上級のエリートだ。怒りより憧れが優先する。ワルドはそんなギーシュの様子を見てグリフォンを降り、歩み寄ってにこりと笑いかける。
「済まない。いくらモグラであろうと、婚約者が襲われているのを、見て見ぬ振りは出来なくてね。ミスタ・ギーシュ・ド・グラモン」
「婚約者!?」
「え、ええ。ワルド子爵様と私は、互いの両親の決めた許婚なの。お久しぶりですわ」
浮いた噂ひとつ聞かないと思ったら、おそらく十歳も上の許婚がいたとは。これでは同年代の男が子供に見えるだろう。『ゼロ』と呼ばれて苛められていたのだし。

「ええと、きみがルイズの使い魔だったね、マツシタくん」
「はい。よろしくお願いします、ワルド子爵」
まだ若いが、そのまとう雰囲気は並みの青年ではない。トライアングル以上の使い手だろう。(これでしばらく、ルイズの子守からは解放されそうだ)松下はほっとしたが、ワルドを信用したわけではなかった。
「さあ、自己紹介はこれぐらいにして出かけよう。港町『ラ・ロシェール』で一泊だ」
ワルドはルイズを抱え上げ、自分のグリフォンに乗せた。ルイズの馬は厩へ戻らせる。
「ははは、相変わらずきみは軽いな。羽根のようだ」

ワルドとルイズの乗るグリフォンを先駆けに馬を飛ばし、走る事一日。二人は出会えなかった時間を取り戻すようにイチャイチャしている。
「子爵様は相当の使い手とお見受けしますが、系統は何でしょう」
「僕の系統は『風』。二つ名は『閃光』さ。一応スクウェアのはしくれにはいる」全然謙遜になっていない。
「ああ、憧れの魔法衛士隊の隊長が護衛して下さるなど、光栄だ……」
ギーシュがさっきのことも忘れて心酔している。気障どうし気が合うのか。

その日の夕暮れに、山の中の港町ラ・ロシェールの入口についた。谷底のような道だ。アルビオンへはここから飛行船に乗らねばならない。

突然、崖の上から松明が何本も投げ込まれた。松明は勢いよく燃え上がり、暗い足元が照らされる。ギーシュの馬が驚いて跳ねる。「な、なんだ!?」
その火を狙って、無数の矢が襲い掛かる! まずは威嚇のようで、地面に突き刺さる。「敵襲だ! 気をつけろ!」

一陣の風が舞い起こり、小型の竜巻が矢を弾き飛ばす。ワルドが『風』を放ったのだ。「野盗の類か? 命知らずな」
「まさか……アルビオンの貴族派の仕業かも!」
「ルイズ、貴族なら魔法を使ってくるだろう? 弓矢なんか使わないさ」
「傭兵を雇って、野盗の仕業だとする気だろう。ぼくならそうする」
ギーシュの反論を松下が封じる。ワルドがいるとは言え、たった四人では多勢に無勢、地勢も悪い。

その時、後方の上空から羽音が聞こえた。振り返ると、大きな風竜がいる。崖の上から男達の悲鳴が聞こえた。上空にいる風竜を迎撃するため、矢が放たれる。だが風竜からは小型の竜巻が放たれ、男達を崖から突き落とした。
「おや、あれは風の呪文ではないか」
ワルドが呟く。突き落とされた男達が目の前へと転がってきて、気絶した。

それに続いて風竜もこちらへとやってくる。月明かりが照らし、ルイズが吃驚して叫んだ。
「シルフィード!? じゃあさっきのはタバサ?」
「こんばんはルイズ! いい男とグリフォンにタンデムなんて、お姉さん妬けちゃうわ」
キュルケも一緒だ。彼女たちなら裏切る理由もメリットもないし、立派な戦力になるだろう。

任務だとは知らず、いい男についてきたキュルケとタバサを迎えて、一行は六人となる。ラ・ロシェールは、スクウェアクラスのメイジにより岩を刳り貫いて作られた町だという。夜は一番上等な宿で泊まる事になった。食事も豪勢だ。

ワルドが乗船の交渉を行った結果、アルビオンへの出港は明日の夜半と決定した。部屋割りはワルドとルイズ、キュルケとタバサ、そしてギーシュと松下だ。また奇襲があるかもしれないので気は抜けない。ギーシュは疲れて早々に寝てしまった。

翌朝。松下とギーシュの部屋に、ワルドが訪ねてきた。
「おはよう、使い魔くん。昨夜はよく眠れたかね?」
「おかげさまで子爵様。昨夜はお楽しみでしたか?」
「ぷはっはははははは、まだ結婚もしていないのに手は出さないよ。まさかきみに言われるとはな」
ワルドはひとしきり笑うと、妙な事を言い出した。

「今夜の出港まで時間がある。暇潰しがてら、きみと手合わせしたい」
「はて、こんな子供に何をおっしゃるのです、子爵様」
「フーケの一件で、僕はきみに興味を抱いたのだ。だからちょっと実力を知りたくてね。東方出身とのことだが、系統魔法は使えるのかい? 手加減はするよ」
好戦的な奴だ。一文にもならない無用な争いをする気はない。

「ぼくはたいしたことはしていません。御主人様とお友達のお手柄です」
「おやおや、ご謙遜を。そんなに臆病ではルイズを守れないぞ?」
「御主人様を守るべきなのは、あなたもじゃないのですか? 許婚なのでしょう? ぼくはただの使い魔にすぎませんし、あなたが子供に勝っても自慢になりますまい」
ワルドはやれやれと苦笑し、肩をすくめる。
「分かったよマツシタくん。僕が大人げなかったようだ」
子供であるという事は利点でもある。あいにく少年法はないが。

いよいよ今夜アルビオンに渡る。午後からワルドたちは酒場で飲んでいる。キュルケが誘いに来たが断り、岩作りのベランダで夕月を眺める。二つの月が重なる夜、フネは出港するという。
(内燃機関どころか蒸気機関もない以上、魔法で飛ぶようだが……月の魔力と関係があるのか?)「こら!」
松下が物思いに耽っていると、背後から声。振り返るとルイズが腕を組んで立っている。ご機嫌斜めか。

「あんた、ワルドに何言っているのよ! 私の使い魔なんだから、死ぬまで私を守ってもらうわよ!」
どうやらワルドから聞いたらしい。ぼくなりの正論だったが、余計な事を。
「どうも彼がつっかかってくるのでな。それにきっと彼の方が強いし、有能で親切だ。年の差はあるが、たいした障害でもあるまい。気障な男だがね」
「……わかったわよ。私、この任務が終わったらワルドと結婚するわ。彼に申し込まれたの」
「ほほう、きっとそれが一番さ。祝福させてもらおう」
ルイズは少し寂しそうに微笑んだ。そろそろ出港だ、酒場に戻るとしよう。

その時、ずしんと地面が揺れ動いた。地震か!?
「……これは!?」
二つの月へと視線を戻した時、何かの巨大な影が月を覆い隠していた! それは崖を刳り貫いてできたような、岩のゴーレムであった。その頭上に黒いフードを被った誰かが乗っている。気づいたルイズが驚愕する。
「まさか、『土くれのフーケ』!?」

「こおおんばんわあ、お二方。また会えて本ッ当に嬉しいわ」
緑の髪の女盗賊、フーケは歯をむき出して笑う。目が笑っていない。
「お前、捕まっていたんじゃないのか? 縛り首が相当の刑だぞ」
「ところが、世の中はまだ私を必要としてね。ちょっと脱走しちゃったの」

建物の陰には、長髪で白い仮面を被り黒マントを羽織っている、見るからに怪しい人物がいる。フーケを脱獄させた犯人であり、おそらく貴族派の刺客。そして強力なメイジだろう。松下はルイズにタックルをかまし、一緒に部屋の中へ飛び込む。同時にゴーレムの巨大な拳がベランダを粉砕した。
「大きさは同じでも、今回は『岩』だからね! 前とは違うよ!」

下の階へ逃げ込むが、そこは矢玉の飛び交う戦場と化していた。酒場にたむろしていた奴らは全員傭兵で、飲んでいたワルド達を囲むや襲ってきたのだ。魔法で応戦するも、奇襲を受け、多勢に無勢。地の利もあり、防戦一方であった。町中の傭兵が束になってかかってきているらしい。どれだけ金が動いたのやら。

ワルドたちはテーブルを立てて盾にして、傭兵達の弓矢をやり過ごしている。松下は素早くルイズの手を引っ張ってワルドたちの元へと向かう。
「やっぱり、昨晩の連中はただの物盗りじゃなかったわね」
彼らはメイジとの戦いに慣れている様子だ。緒戦で魔法の射程を見極め、射程外から弓を放っている。平民でも数が集まれば、強力なメイジにも対抗できるのだ。

「フーケがいたって事は、やはりアルビオンの貴族派がバックにいるの?」
「向こうは精神力が切れたところを見計らって、一斉に突撃してくるわよ。そしたらどうするのよ!」「ぼ、僕の『ワルキューレ』で防いでやるさ」
キュルケの質問にギーシュが青ざめて答える。酔いは醒めたか。
「七体全部出しても、一個小隊ぐらいが関の山ね」
「や、やってみなくちゃわからないだろ! この僕が後ろを見せるものか」

「いや、そもそも戦う必要などないのだ。この場は逃げ延びればいい」
松下が戦況を分析する。そうするうちに、ワルドが皆に声をかけた。
「良いかな諸君、提案があるのだが」

ワルドの提案は、至ってシンプルな作戦であった。戦力の二分だ。キュルケ・タバサ・ギーシュが敵を引き付け、ワルド・ルイズ・松下が桟橋へと向かう。ワルドはグリフォンにルイズと松下を乗せ、急いで飛び出すと、外の階段を上り始めた。

飛ぶように階段を上りきると、丘の上に出た。山のように巨大な樹が、四方八方に枝を伸ばしている。樹の枝に何かぶら下がっているのが目に入る。木の実のように小さく見えるが、あれが飛行船だ。船員たちが蟻のように群がっている。彼らも買収されていなければよいが……。

桟橋の巨樹の根元へとグリフォンを寄せる。根元はビルの吹き抜けのように空洞だ。各枝に通じる階段には鉄のプレートが貼ってあり、行き先を知らせる文字が書かれている。ワルドは目当ての階段を見つけ、グリフォンを駆け上がらせる。

その頃、酒場に残ったキュルケたちは。
「すごいな、僕の『錬金』で大量の油を作らせ、火と風で傭兵たちを追い払うなんて」
「あの坊ちゃんの作戦よ。さあ、フーケもついでに退治しちゃいましょ!」
キュルケたちは善戦していた。ちょっと酒場が全焼したが、どうということはない。
「やるね小童ども! でも、この岩のゴーレムは燃やせないよ!」
フーケが憎憎しげに叫ぶ。その陰にいた仮面の男は、姿を消していた。
「年増はひっこんでなさい! いま消し炭にしてあげるわ」
怒り狂うフーケを睨み、タバサが風竜を呼ぶ。すぐに追いつかなくてはならない。

松下は途中の踊り場で、後ろから追い縋る気配に気付いた。片側は断崖絶壁だ。味方か、と思い振り返ると、黒い影がさあっと飛び上がり、グリフォンの真ん中に座るルイズの頭上に来て、首根っこを引っつかむ。男はルイズをさらうと身をひねり、そのまま地面へと落下していく!「きゃあ!」

曲者に気づき、振り向いたワルドが呪文を唱えて杖を振る。『風の槌』が作られ、男へと襲い掛かる! 男はたまらずルイズを手から離し、階段の手摺りを掴んだ。ルイズは真っ直ぐ地面へと落下する! 間髪いれずにワルドは階段の上から飛び降り、落下中のルイズを抱きとめて、空中に浮かぶ。

敵はまだいる。ワルドと体格の似た、仮面の男だ。松下の方へと手摺りから跳び、二人は正面から対峙した。

金属製の杖が剣のように鋭く、松下の喉元を狙ってくる! 体を捻り何とかやり過ごすと、敵はバックステップで距離を置く。男は低い声で呪文を唱えた。空気が震え、男の周辺から稲妻が伸びる。風の上位魔法『雷雲』だ! 松下はそれと悟り、これまた空中へ飛び出すと、背負っていた『魔女のホウキ』に跨って上昇した。体格差があり、近接するのはまずい。

男はなおも『雷雲』を放つが、松下はホウキに乗って紙一重で避け続ける。下手に反撃するより、攻撃力のあるワルドに任せた方がよい。どうせグリフォンも惜しかろう。

やがて、ルイズを抱き抱えたワルドが階段の上に降り立った。ワルドは軽く舌打ちすると、たじろぐ仮面の男に向かって杖を振る。『風の槌』が仮面の男を吹き飛ばす! 男はたまらず階段から足を踏み外し、墜落していく。
「無事かマツシタくん! 今のは命を奪う程の呪文だったぞ?」
「おかげさまで二人とも助かりました、子爵様」

しかし、ルイズも松下も、なんとなくワルドに違和感を抱き始めていた。

【第二十章 アルビオン】

ワルドの手が、先ほどから震えている。いや、思い起こせば昨日再会した時から変だ。顔には脂汗がにじみ、以前より顔色も良くない。食も細く、体温も低い。ルイズは心配そうに声をかける。
「ワルド様、どこか、お加減でも」
「いや、どうということはない。ちょっと頭痛が……ね」
そう言うと、ワルドは取り出した薬をあおる。何年か会わないうちに、どこか悪くしたのかもしれない。

(ご両親を早くに亡くされ、血のにじむような努力でグリフォン隊の隊長にまでなった方。きっと、お体を労わられることも少なかったのね)
ルイズが悲しげな表情をする。しかしワルドは気丈に振舞う。
「しかしきみ、そのホウキは何だね? 『東方』の魔法かい?」
「ええ、そうです。ぼくはまだ『飛翔』では上手く飛べないので。小回りもききます」

ともあれ、フネ(飛行船)にはたどり着いた。キュルケたちはシルフィードで追いついてくるだろうし、合流できなくても彼らなら問題はない。ワルドは急ぎ出港の手続きをする。

積荷や予約席が多く、船長は乗船を渋ったが、ワルドが交渉した結果、積荷の『硫黄』の運賃と同じだけの代価を払うこと、および『風』のメイジであるワルドが、フネを動かす『風石』の補助をすることを条件に乗船できた。風の魔力が詰まった『風石』を消費することで、フネは空を飛ぶのだ。

「硫黄はきっと、王党派の根城を砲撃するための貴族派の弾薬だろうがね」
そう言うとワルドは操船の指揮を取りに行き、ルイズと松下は船室に残された。明朝にはアルビオンに到着である。

乗員乗客の間では、行き先・アルビオンの噂で持ちきりだ。
「明後日にも王党派への総攻撃が開始されるとか」「貴族派の軍勢は数万人、王党派はたったの数百。最初から勝ち目はない」「今後もアルビオン貴族派とコネを作っておけば、商売繁盛」「戦争も、巻き込まれなければカネにはなるさ」

翌朝。船室の窓から陽光が差し、ルイズは目を覚ました。朝の青空の中、雲の上をフネは飛んでいく。地上から3000メイルもの高さだ。
「アルビオンが見えたぞーーっ!」
船員の声が響いた。ルイズと松下は窓の外を見る。

『浮遊大陸』アルビオン。大きさはトリステイン王国と同じぐらいだが、空中を浮遊して洋上を彷徨い、月に何度かハルケギニアの上にやってくる。二つの月が重なる夜、最もトリステインに近づく。大陸からあふれ出た水が白い霧になり、大陸の下半分を覆っているところから『白の国』の名がある。

と、突然見張りの船員が大声をあげた。
「右舷上方の雲中より、不審船接近!」
近づいてくる船は、舷側からいくつも大砲を突き出していた。アルビオンの反乱貴族たちの軍艦か?

「俺たちはアルビオンの『空賊』だ! 抵抗するな! 積荷をよこせ!!」
黒い船の甲板で、荒くれ男が停船を呼びかける。続いて鉤爪のついたロープが放たれ、舷縁に引っかかる。たちまち武装した男たちがロープを伝ってフネに乗り移ってきた。
「山には山賊、海には海賊、そして空には空賊か」
松下は暢気に呟いた。まだまだ前途は多難のようだ。

「なんてこと、もうすぐなのに!」
ルイズは杖を握り締めた。しかし、現れたワルドに止められた。
「止めておくんだ! 敵は水兵だけじゃない。砲門もこちらを狙っている。メイジだっているかも知れない」
空賊たちは次々と乗り込んできた。乗員乗客は後ろ手に縛り上げられ、甲板に纏められる。抵抗する者はない。

全員が集められると、空賊の頭領らしき髭面の男が大声を上げた。
「船長はどこだ!? 積荷は硫黄だろう!? 全部寄こしやがれ!」
震えながら船長が「私だ」と名乗る。頭領はにいっと笑う。
「船ごと全部買うぜ。料金はてめえらの命だ。別嬪さんは残しておいて、売り払ってやる」

下品な表情でにたつく頭領は、ワルドとルイズに気がついた。
「おや、珍しく貴族の客まで乗せてんのか。こりゃあ別嬪だなあ」
「下がりなさい、下郎! 触るな!」
「ルイズ、落ち着いてくれ。刺激するな」
気が強く誇り高いルイズは、隠忍自重することができない。平民の空賊風情に侮辱されて、黙ってはいられない。
「私は、アルビオンの……」
そこまで言ったところで、頭領がルイズに当て身を食らわせ気絶させる。
「この嬢ちゃんと連れの貴族、ついでにこの餓鬼を、船室に連れて来い」

ルイズたちは杖を没収され、甲板から船室に移されると、頭領の前で縄を解かれた。ルイズもすぐ目を覚ます。
「おい、あんた方はひょっとして、王党派か?」
「……そうよ。貴族派でなくて、残念だったわね」
頭領はにいいっと笑うと顔の皮……否、変装の覆面を剥いだ。

「ははははは、ならば歓迎しよう。我らが頼もしき味方よ」
髭面の覆面の下は、似ても似つかぬ金髪の凛々しい青年。
「あ…あなたは、まさか、ウェールズ殿下!!?」
「そう。私がアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

「手荒な真似をして済まなかった。空賊でもしないと軍需物資が足りなくてね。積荷を貰ったら、彼らはどこかで解放するよ。それで、きみたちは?」
ルイズたちは佇まいをただす。ようやく目的である皇太子に謁見できた。
「お初にお目見えします。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。トリステイン王国のアンリエッタ姫殿下より、この密書を言付かって参りました」
恭しく一礼すると、ルイズは懐から手紙を取り出す。

「少し待ちたまえ。その指輪は『水のルビー』かな? 確かめたい」
ウェールズは自らの指に光る透明な宝石の指輪を外すと、ルイズの指に嵌っている『水のルビー』へ近づけた。すると二つの宝石が互いに反応し、美しい虹色の光を振りまいた。
「この指輪は、我がアルビオン王家に伝わる『風のルビー』だ。君のは、トリステイン王家に伝わる『水のルビー』。水と風は『虹』を作る。王家の間に架かる虹さ。確かに、アンリエッタが送ってきた本物の大使のようだ」

ウェールズはルイズから手紙を受け取ると、花押に接吻し、封を解いて便箋を取り出す。真剣な顔付きで手紙を読み始め、読み終わると顔を上げた。
「そうか、姫は結婚するのか……あの愛らしいアンリエッタは」
「はい。あの成り上がりの、野蛮なゲルマニアと……」
ウェールズもルイズも、苦々しい顔をする。キュルケの件といい、ゲルマニアはそんなに嫌か。
「姫は、私の手紙を返して欲しいと告げている。姫の望みは私の望みだ。だが、あいにく今手元には件の手紙はない。我がニューカッスル城にあるのでね。このままニューカッスルまで足労願いたい。歓迎しよう」

こうして、フネは進路を変え、直接ニューカッスルに向かうことになった。

貴族派の包囲網を潜り抜け、ニューカッスルに到着。総攻撃に向け、双方緊張している。さっそく出迎えを受けるが、念のためとして杖や武器、グリフォンは向こうに預けられる。曳航してきたフネと積荷は戦利品だ。

ウェールズは自室に入ると、小箱から一通の手紙を取り出した。アンリエッタからの恋文だ。もうボロボロになったその手紙に口づけ、丁寧に開くとゆっくりと読み直し始める。やがて読み終えたウェールズは、手紙を丁寧に畳み、封筒に入れるとルイズに手渡す。
「姫から頂いた手紙、このとおり、確かに返却した」
「殿下、有難うございます。お役目は果たせました」
ルイズは深々と頭を下げ、手紙を受け取る。しばし躊躇い、ルイズは決心したように言った。

「殿下……もはやアルビオン王軍に、勝ち目はないのですか?」
「ないよ。我が軍は三百、敵は五万以上。万に一つの可能性もない。物資も圧倒的にあちらが多い。我々にできることは、せいぜい勇敢な死に様を連中に見せ付けることだけだ」
「な、ならば、せめてお逃げください。我がトリステインに亡命なさってください!」
ルイズは思わず叫んだ。衷心からの言葉に、ウェールズは苦笑する。

「駄目だな。私がトリステインに亡命しても、貴族たちにトリステイン侵攻のいい口実を与えるだけだ。それに、ゲルマニアとの同盟も水泡に帰する。だから、降伏も亡命も出来ない相談だ。アンリエッタに、トリステイン王国に迷惑がかかる。この機密文書は焼き捨てるよ」
「でも……姫様は……」
ウェールズはにっこりとルイズに笑いかけ、そっと『風のルビー』を指から抜くと、手渡した。
「私の形見に。アンリエッタに渡してくれ、勇敢なる大使殿。そして王子は勇敢に戦って死にましたと、彼女に伝えてくれればいい」
ルイズはとうとう耐え切れず、泣き出してしまった。

王党派の貴族たちはここぞとばかりに着飾り、テーブルには豪華な料理が並ぶ。決戦の前夜、城のホールで行われたパーティ。ルイズたちも参加させられる。
「明日で終わりなのに、なぜ、この人たちはこんなに明るいの……?」
「終わりだからこそ、ああも明るく振舞うのだよ。僕のルイズ」
ワルドが答えた。着飾りながらも泣き腫らした目のルイズは、目を伏せる。
「明日死ぬのに、勝ち目が無いのにあんなに朗らかだなんて……私には理解できないわ。あの人たちは、どうしてわざわざ死を選ぶの? 姫様が逃げてって、亡命してって言っているのに」

「ルイズ。戦場で散る事は、王侯貴族の男児としての、名誉であり誇りであり、また義務なのさ」
「わからない。わからないわ」
「皇太子もアンリエッタ殿下に迷惑が掛からないよう、ここで死のうとしている。愛しているからこそ、さ」

「王侯貴族は面倒なものですね。森の中でゲリラ戦を仕掛けるなり、ゲルマニアとやらへ亡命すればよかろうに」
三文オペラに退屈しきった表情で、グラスを傾けながら松下が呟く。悲劇に酔う趣味はない。悪政を布いているのでなければ、平民には誰が首長になろうと変わりない。王制でも寡頭制でも共和制でも民主制でも、結局は独裁政治に流れるだけではないか。

観察すれば、死相というものは見える。彼らはもう助からない。だが、生き残る者はいる。松下は彼らに金品を渡して手なづけ、諜報員とした。アルビオン新政府の噂話程度は聞けるだろう。

轟音が鳴り響き、ニューカッスル城が揺れる。敵艦『レキシントン号』の威嚇砲撃である。ルイズはその夜、眠れなかった。キュルケやタバサからも、連絡はない。

翌朝。総攻撃から逃れるため、非戦闘員が続々と飛行船『イーグル号』に乗り込む。ルイズたちも脱出するために中庭に集まっていた。杖は返され、グリフォンもいる。見送りにはウェールズが立ち会う。今生の別れである。

「お忙しい中の見送り、ありがとうございます。殿下」
「いや、構わないよ。最後の客人だ、丁重にお送りしなければね」
ウェールズが微笑む。その微笑を見て、ルイズの顔が曇る。彼はもうすぐ死ぬのだ。
「そんな顔をしないでくれたまえ。我らはここで犬死にするのではない。あの愚かな野望を抱く叛徒どもに、ハルケギニアの王家は弱敵ではないと示すのだから。無論、それであの者たちがつまらぬ野望を捨てるとは思えぬが、それでも、無駄ではない」

「いいや、無駄だね殿下。あなたはここで、無様な死に様を晒すのだ」
突如、ウェールズの胸板を背後から鋭い杖が貫く。
「それが我が『レコン・キスタ』の望み」
下手人は……ワルド子爵であった。杖が引き抜かれ、皇太子は断末魔も上げず、血を噴いて絶命する。
「ワルド様!? な、なぜ……あなたが『レコン・キスタ』などに」
ルイズは力が抜け、へたり込む。松下は占い杖を抜く。
「さあルイズ、きみも僕と一緒に来るんだ。共に永遠を生きよう!」

振り向きざまに見開かれたワルドの瞳は狂気に、いや、絶望に赤く輝いていた……! その背後に、巨大な『』がいるように、二人には感じられた。

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