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【FGO EpLW ユカタン】第五節 コスメル襲撃(バーニング・コスメル) 下

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「ハァーッ……ハァーッ……」

ぼんやりと、視界が開ける。宵闇の中に、聖堂の灯火の明かりが浮かび上がる。目の負傷が治癒した。奇跡だ。主の聖杯の奇跡だ。ライダーは内陣に向けて跪き、感謝の祈りを捧げる。傍らにアーチャーと、ルーラーが立つ。

「今度は奴らがこちらへ渡って来るだろう。ライダー、船は出せるか」
「まずはこの島へおびき寄せ、支援と逃げ道をなくした方がいいでしょう」

コスメル島内陸、破壊されたイシュチェル神殿の傍らに築かれた聖堂。内陣の前にルーラー、ライダー、アーチャーが集っている。
聖堂の近くに設置された聖杯からは、次々と黒ずくめの兵士たちが湧き出す。これこそが特異点の心臓部にして、彼らの最大の兵器。島の霊脈を掌握し、ここにあるセノーテに霊力を集めて、聖杯に注ぎ込んでいる。そればかりではない。ここから生み出された亡霊たちも、破壊されれば霊体は聖杯へ戻り、蘇るのだ。ケルト神話の「再生の大釜」のように。

「……敵でも味方でも、この特異点で死ねば、ここの聖杯に集まるはず。セイバーはどうしたので……」
「どうやら、自力で復活したため洗脳が解けたようです。戻ってくれば使いようはあったものを」
ライダーの問いに答え、ルーラーが冷たく笑う。音に聞こえた英雄といえど、所詮は邪教徒とも通じた男。信仰心が足りなかったか。それを言うなら、このアーチャーなど、全くの異教徒ではあるのだが。そのアーチャーが、苛立って言う。

「早く兵を貸せ。騎兵……はダメだな、弓兵と弩兵だ。『攻め込ませて囲む』は儂の得意。高い場所や、開けた場所があれば、もっといいのだが」
「この島には、山や開けた場所はそうないのですよ。それに通常の軍勢やサーヴァントならそれでよい。相手には強固なシールドを張る者がいるとか」
「火矢でやる。マスターは生身だ。燻り出す」
「火や煙も防ぐとしたら……」
「座してここで迎え撃てというのか!」
「私にとっては、それが一番。聖杯の力を十全に発揮でき、シールドを破る攻撃も可能です」

両者の意見は噛み合わない。仲間割れも無益だ。ライダーが口を挟む。
「どうせ奴らの目的地はここだ。待ち伏せがしたくば、ここでなさっては」
「……ルーラー、その攻撃とは、いかなるものだ。協力出来るかもしれん」

◇◇◇◇

「あーチクショウ、死ぬかと思った」
コスメル島南西部、チャンカナーブ。対岸からイルカを利用して渡ってきた一同は、ここに上陸していた。

ああ、空気がうめぇったらねぇ。しかしまさか、海にも敵がいたとは。ホホジロザメや大ダコを大量に喚び出しやがって。イルカが殺られたら海底でオダブツだったぜ。まあ、アサシンの縄でなんとかなったが……。

『ハンドウイルカはけっこう凶暴で、ホホジロザメ程度はぶっ殺すだが、えらい大群だっただな』
「気づかれたか、どうだか……幸い、この上陸地点にゃ敵はいないね。今んとこだけど」
「ここからジャングルを10km、ええと、6マイルちょいか。セイバーに馬も貰っときゃよかったぜ」
「密林で馬はおすすめしないね」

気配を隠してしばらく進むと、小さなセノーテがある。ほっとするが、ここは敵地だ。
「セノーテでの回復や移動は、ここじゃ無理か……」
「島の霊脈を、あらかた抑えられてるからね。けど、いるのは北部。南の方はまだ手が回ってないところがある、と思う。把握してない小さい奴なら、こっちがコントロールできるはず……よし、いけそう」

アサシンが素早く縄をセノーテに伸ばし、霊脈を確認する。ハッキングみてぇなもんか。
「この縄は、死者を吊り上げあの世へ送る『魂の緒』の一種。霊脈がどこへ通じてて、どこが詰まってるかぐらいは分かる。……予想通り、北の方がセキュリティが厳しいね。船が出てきたあたりもダメそう。東から回り込む形になるけど、5kmぐらいまでならセノーテで近づける」
「充分。敵も本拠地で待ち構えていよう」

さぁ、いよいよ決戦だ。精神はキャスターがある程度は守ってくれてるらしいが、俺も気合いを入れなきゃまじぃだろう。俺自身は戦えねぇが、シールダーに魔力をつぎ込むって重要な役目がある。攻撃力こそねぇが、こいつが生命線だ。アーチャーがいるからな。主戦力はアサシンとランサー。戦力は充分。これだけいれば、そうそう負けやしねぇ。安心しろ、安心しろ俺。どっしり構えてろ。

「……悪ィ、ちょっと用足してくる」
「ああ、生身はめんどくさいね。いざって時に備えて、早めに行っときな。周囲は警戒してるから」
クソ、どうも格好つかねぇ。シリアスになりきれねぇ。だがまあ、リラックスも必要だ。

島中に現地民の斥候を送り、情報を集める。敵の位置と地形は掴んだ。ここへ追い込むため、各地に兵や獣を配置する。聖杯で喚べる兵たちを弓兵、弩兵、銃兵、砲兵で揃え、装備を整える。ライダーも、まだ使える。使えるものを活用し、敵を討つ。可能なら、圧倒的不利な状況に追い込んで威圧し、降伏させる……しかし、降伏即死、となると、交渉は難しいか。
互いに鏖殺しかない戦争というのは、不毛なものだ。長城でおのが領土に限界を定めた始皇帝は賢明であった。いやいや、ここは我らの領地。攻め込んできた敵を殺すだけだ。

アーチャーは眉根を寄せ、歯ぎしりする。

嗚呼、天下の覇者、天所立匈奴大単于たるこの儂が、なんの因果でこんな状況に。大体、なぜ女の姿になっている。意味がわからん。生前の儂は完全に男だし、女の振りをした覚えもないぞ。腹の立つことばかりだが、小規模とは言え戦は戦。月も満ちておる。全力を尽くして、敵を狩ってくれよう。包囲殲滅だ。

◇◇◇◇

セノーテでの移動を繰り返し、慎重に近づく。5kmまで近づいて、夜の密林を進む。途中ワニやアナコンダ、巨大ロブスター、火を吐く巨大サンショウウオ(サラマンダー)なんかに出くわしたが、アサシンとランサーが相手じゃ大したことはねぇ。音もなく始末。小型恐竜(ラプター)が目からレーザービームを放ってきた時はやばかったが、間一髪でシールダーが防いだ。でたらめなもん喚び出すんじゃねぇ。

「あと、どのぐれぇだ……」
「もうすぐ。でも、兵士どもがいないのが気になるね。あれだけってこともないと思うけど」
ふいに視界が開け、広場に出る。前方に大きな建物がくろぐろと聳えているのを見つけた。あれか。だが、ここで密林から飛び出しちゃァいい的だ。樹木を盾に、迂回して……。

射(at)!

大音声と共に、前方から無数の火矢。来た来た、来やがった。だがこっちにゃシールダーがいる!
背後の密林が紅蓮の炎に包まれる。最短距離を突っ切るべく、ランサーが俺を背中合わせに背負って縄で縛り、先陣を切って直進! シールダーが周囲にシールドを展開し、矢を防ぐ! アサシンも縄を伸ばしつつ走る!行け!ランサー、行け!

◇◆◇◆◇◆◇

突入と同時に、広場の周囲の密林からも火矢! 伏兵! だがシールドに遮られ、矢は届かず! 火と煙をフーリンカザンとし、敵の目を晦ます! なんたる無謀のように見えて計算されたタクティクスか! だが!
「ヌゥーッ……!?」
シールドを突き抜け、数本の火矢がランサーの鎧に突き刺さる!シールダーの限界か? ランサーは走りながら矢を全て引き抜き、顔の前に突き出す。さしたる傷ではないが、矢には火がついたままだ。

「ただの火矢ではない……魔力がこめられている」
「そりゃ、あのアーチャーの宝具だからさ!」
「そうだが、それだけならシールドで防げるはず。火の方に……」

言い終わる前に、ランサーの目の前で矢束が燃え上がる。矢束を投げ捨て、ランサーが走りながら続ける。
「火の方にも魔力がこめられている。シールダー殿の防御を突き破ったのは、だ」
「それがもう一人の方の宝具だってのかい!? それじゃアタシら、このままじゃ……」
「シールダー! 気合い入れろい!てめぇが踏ん張らなきゃ、みんなくたばるぞ!」

再び火矢の雨! シールダーがより強固なシールドを展開!魔力を搾り取られ、マスターの目・鼻・耳・口から出血! 必死の形相で耐えるマスター!

「イヤーッ!」「シャア!」
ランサーは槍を、アサシンは縄を振り回して各々防御! 火に当たらねばどうということはなし!しかし、防御に集中したため足が止まる! その時!

DDOOOOOOOOOM! DDOOOOOOOOOM! DDOOOOOOOOOM!

地面が爆発! 砲弾だ! 建造物の前に、ライダーの宝具であるガレオン船が! 陸上でも展開可能なのだ! 衝撃で後方へ吹き飛ばされ、踏みとどまる! だが周囲を弓兵・弩兵・銃兵・砲兵が囲む! 前方にはアーチャーとライダー! シールダーの防御も、もはやあてにならぬ! まさにジリー・プアー(訳注:徐々に不利)、否、ラット・イナ・バッグ!

◆◆◆

「手を止めるな! 浴びせかけよ!」
満月の下、石造りの聖堂の頂上で、馬に乗ったアーチャーが叫ぶ。傍らに立つのは天使の姿のルーラー。その金属製の翼からは、ちろちろと炎が吹き上がる。アーチャーが植物の蔓をその火に翳し、火を移す。おのが宝具、鏑矢に、火のついた蔓を巻きつけて短弓につがえる。月光と火焔で照らされた標的に、煙と硝煙を透かして、狙いを定める。アーチャーの青い瞳が輝き、牙が唇の上まで突き出す。「狼祖」の力が、月光で増大しているのか。

『鳴鏑萬箭(フンヌ・トゥマン・オク)』!!

聖杯の力がアーチャーに注がれる。鏑矢を放つと同時に、背後より万の矢が出現して、一斉に標的へ降り注ぐ。その全てに、火! 周囲の兵たちにも、この火を松明の形で持たせている。弓の矢、弩の太矢からも、同様の火矢を放てるのだ。

「哈! 銃弾や砲弾にも、この火が灯せれば良いのだがな!」
「この火は、飾り気のない現実の物質でなくば保持できません。しかし、よく考えられたものです」
アーチャーが傲然と笑い、ルーラーもくつくつと笑う。下ではガレオン船の砲門が再び火を噴く。この場所ならば、鏑矢にも砲弾にも、事実上限りはない。聖杯が補ってくれる。蔓も充分にある。急拵えだが陥穽や空堀もある。

◇◇◇◇

「ヌゥーッ……!」

既に五度。シールダーの盾を、火矢の雨が繰り返し貫き、手傷を与えてくる。アサシンも数発、手足に食らった。火と煙の勢いは増すばかりだ。マスターはランサーに背負われ、キャスターとシールダーに守られているが、限界がある。加えて、正面からのライダーの砲撃。爆風で後ろへ飛ばされる。左右へ動いてもアーチャーの矢に捕捉される。左右から火矢、銃弾、砲弾。いずれも遠すぎて、アサシンの縄も届かぬ。スリケンで時々反撃はできるが雑魚は倒しても次々湧いてキリがない。アーチャーまでは、届かぬ。

「ゲボーッ!」

背のマスターが血を吐く。回復手段はない。砲弾や銃弾には例の火がないゆえに、シールダーの防御なくして、誰もこの死地で生き残ることはできぬ。
背後は猛火。盾で火を防いでこの場を撤退したとしても、また近づけば同じこと。そしてマスターの魔力が切れた時、盾は張れなくなる。

退くもならず、進むもならず、この場で燃える針鼠となるか、砲弾に吹き飛ばされるか。否。活路はある。拙者は『服部半蔵正成』。かつて、このような窮地を乗り越えた男。血路を開いて、前に進むのみ!

◇□◇

「ほれほれ、しっかり応援しな! あいつらが死ねば、みんなおしまい、人類滅亡だぜ!」
カルデア。ウォッチャーのアバター・サライが手を叩いて囃し立て、せせら笑う。続いてダ・ヴィンチの肩に手を置き、胸を弄ろうとするが撥ね退けられた。

彼らの死闘を見守ることしか出来ぬダ・ヴィンチと職員たちは、祈るような気持ちだ。だが、何に祈る。神か、人理か、この星か。我々の手の届かぬこの戦いに、地球の、人類の、全てがかかってしまっている。
ならば、出来ることは、見届けること。そして、彼らに祈りを、言霊を届けること。掌を合わせ、指を組み、呟く。共に、共に。

「「「ガンバロ……!」」」

◇□◇

コスメル島が。炎上している。

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