見出し画像

【AZアーカイブ】新約・使い魔くん千年王国 第十二章&十三章 開戦前夜&電撃作戦

<BACK TOP

【第十二章 開戦前夜】

神聖アルビオン共和国の首都、ロンディニウムの南側にあるハヴィランド宮殿。その中の荘厳なる会議場「ホワイトホール」で、円卓を中心にした論争が続いていた。議長は神聖皇帝、オリヴァー・クロムウェル。背後には秘書のシェフィールドと側近ベリアル、それにワルド(ベアード)とフーケ(マチルダ)もいる。

議題は、半年ほど休戦しているトリステインとの戦争について。敵国の意図はもはや明白。ゲルマニアとの連合、ガリアとの盟約、軍港の強化、急速な艦隊の建造。彼らはこの浮遊大陸へ、アルビオンへ直接攻め込もうというのだ。

「議長閣下! 革命成ったばかりのこのアルビオンを、どう防衛なさるおつもりか! 艦隊決戦でまたタルブのような事があれば、この国は……」
「ホーキンス将軍! 軍を預かる貴公が、何を弱気な! 敗北主義的な!」
「然り! 神と始祖ブリミルの祝福したもうたこの神聖な国土に、敵軍が上陸などできようはずもない!」
「我らは神に選ばれし民、神の子ですぞ! ここはもはや天国、千年王国の時代が始まったのです! そうでしょう、メシヤ・クロムウェル陛下!」

若い将軍や閣僚の目は血走り、鼻息も荒く、老将ホーキンスたちを怯ませる。彼らはクロムウェルをメシアと仰ぐ革命急進派、『千年王国派』だ。下級貴族や平民、特に信仰心の強い郷士・土豪・農民の子弟で、新型軍『鉄騎隊』として組織的に調練され、共和革命の中心的役割を果たしてきたという自負がある。いわば維新の志士である。一部の市民から成る極左団体『平等派』や『水平派』なども弾圧されて衰退し、今や彼らが国政の中心にいた。

クロムウェルは微苦笑して一同を制し、起立して発言する。
「ははは、活発な議論、まことに結構。しかしわが国軍の充実ぶりもご存知の通りだ。さる伝手から新兵器も買い込んだし、敗北の可能性は低い。それに彼らは烏合の衆、革命の炎に燃える我らの前に瓦解する様が見える!我らには、神の祝福と鉄の結束あり!」
「「AMEN!!」」
志士たちが応じるが、利害で集まった大貴族たちは不安げな表情を隠さない。その様子を察して、クロムウェルは続けた。

「とは言え、負ける可能性もゼロではない。ならばだね諸君、連合軍が向こうから兵を引くように仕向ければいいわけだよ」「と、申しますと?」
「元々ゲルマニアは大戦争が終わったばかりで疲弊しており、外征には乗り気でない。要はゲルマニアとトリステインとの仲を裂くか、主導するトリステイン側の兵を引かせるかすればよい。考えても見たまえ、かの国は何処と国境を接しているかな?」

一同はざわつく。
「まさか、ガリアが、ですか? しかしあの国はトリステインとラグドリアン湖で誓約を行い、相互中立・不可侵条約を締結したばかりですぞ」
「だからこそ、トリステインは安心して、ほぼ全軍をアルビオンへ向かわせる。そこを突くわけだよ。何、ちょっと兵を動かしてもらうだけで良い。突然後顧の憂いが生ずれば、敵は動揺し混乱するだろう」
「な、なるほど! 流石は陛下、国際戦略にも長けておられる!」
「何をするか分からん、信義なき無能王のガリアですしなあ。何をするか分からん、となれば、条約破りもさして違和感なく行うでしょう」

会議場には興奮した空気が満ち始めた。ガリア王国はハルケギニア最強の国家だ。味方につければ、帝政ゲルマニアとも対等に戦えるだろう。ややあって、再びクロムウェルが挙手し、ざわめきを鎮める。

「ことは高度な軍事機密ゆえ、まだ外部に漏らしてはならない。だが、ハルケギニアを統一して聖地を奪回するという神聖なる目的は、始祖ブリミル以来六千年にわたる、あらゆる人類の悲願なのだ。ガリアとの折衝は、このミス・シェフィールドとベリアル閣下に任せよう。では共和国の同志諸君、ともに聖戦に備えようではないか!」

「「アルビオン万歳! 革命万歳!! 千年王国万歳!!」」

万歳三唱で会議は終わった。一同は晴れやかな面持ちで敬礼すると、会議場を退出した。クロムウェルは得意満面である。

ベアードとフーケを呼び止め、クロムウェルは執務室へ移る。そこには、一人の男が待っていた。見るからに常人ではない。

年は40前後。短い白髪で顔に皺もあるが、背は高くがっしりした体格。鍛え抜かれた肉体は浅黒く、無数の傷痕は歴戦の証だ。中でも顔の上部を覆う火傷は酷く、瞼と視力を失っていた。それでも男は三人の気配に気付き、壁際の椅子から立って一礼する。

「やあやあ、お待たせして悪かったね。ミスタ・ベアードにミス・マチルダ、ご存知かもしれないが紹介しよう。彼が伝説の傭兵、『白炎』のメンヌヴィルだ」「よろしく、ミスタ・ベアード、ミス・マチルダ」
「初めまして、よろしくミスタ・メンヌヴィル。お噂はかねがね伺っているよ。……で、我々は何をすればいいのかね、閣下?」

クロムウェルが、顎を撫でながら話す。
「うむ。ガリアが手筈どおりトリステインを動揺させればいいが、勢い余ってかの国を攻め取られても、こっちが困る。従って、こちらとしてもガリアを牽制して、戦後のトリステインの領有権を主張するため、今一度工作員を派遣しておこうと思ってね」「工作員、ですか」
「そうだ。しかしながら、王都トリスタニアは戒厳令が敷かれていて、外国人の出入りは困難。ならば、せめて『人質』でも抑えておいて、交渉の具としたい」

フーケが眉根を寄せる。「誰を人質にしようというのです?」
「君たちにも因縁の深い、トリスタニア近郊にある魔法学院だよ。情報によれば、今は学徒動員で男子学生や教師が徴用され、女子学生ぐらいしか残っていないはずだ。そこを襲撃して貴族の子女を多数捕らえれば、トリステイン軍ものうのうとしてはおれまい?」

メンヌヴィルが凶暴な笑みを浮かべ、舌なめずりする。
「俺はそれなりの人数の傭兵団を抱えているが、特殊部隊として腕利きを10人ほど選んである。なるべく殺さないように努力はするけどよ、相手が歯向かったら焼いていいんだろう? むしろ、学院ごと丸焼きにしたいなあ。ああ、たまんねえなあ! ひひひひひ」
ベアードは苦笑して、赤い隻眼を歪ませる。
「私は彼の部隊の運び屋であり、文字通りの『お目付け役』というわけか。了承したよ。準備ができ次第、急ぎ出発しよう」

年末はウィンの月の第1週、マンの曜日が、アルビオン侵攻連合軍の出港日と定められた。二つの月が重なる『スヴェルの夜』の翌日にあたり、アルビオンがハルケギニアに最も近付く日だ。その前の週に、トリスタニアの中央部にあるシャン・ド・マルスを始め各地の練兵場から、最前線基地ラ・ロシェール及びタルブの軍港へと、総勢6万もの大軍が移動して集結した。

トリステイン軍は、貴族の士官と傭兵からなる『王軍』、大諸侯と領民兵からなる『国軍』、それに軍艦を動かす『空海軍』の三軍に分かれる。もっとも国軍の半数は、輜重部隊である。

軍港には、アンリエッタ女王にマザリーニ枢機卿、ゲルマニア皇帝アルブレヒト3世の姿も見える。彼ら自身は国内の政務があるため、アルビオンへは行かない。総司令官はトリステインのオリビエ・ド・ポワチエ将軍。参謀長官にはウィンプフェン。艦隊司令長官はラ・ラメー伯爵。教導士官として、タルブの戦いで降伏した元アルビオン空軍艦長のボーウッド卿も加わる。ゲルマニア軍の司令官はハルデンベルグ侯爵。重要人物としては、ゲルマニア随一の資産家ブラウナウ伯爵。そしてもちろん、我らがタルブ伯爵マツシタもいた。ついでにルイズも。

「壮観ね。これだけの数の軍勢が集まっているだけで、ドキドキするわ。連合軍6万人、参加飛行船が約500隻、うち戦列艦60隻かぁ……まるで、大都市のようね」
「『薔薇十字団』からの資金援助と悪魔ザガムの『錬金術』で、軍需物資は潤沢だ。ブラウナウ伯爵にも挨拶してきた。あとでじっくり話をしたい。タルブの留守はリッシュモンとチュレンヌに任せてあるし、ぼくの『千年王国教団』も軍事教練は済んだぞ」
「何人いるんだっけ、あんたの私兵団は」

松下が表情一つ変えずに、陣容を述べる。
「そうだなあ。まず、選り抜きの信者兵団による連隊がちょうど1000名。いや、大隊かな。ドットやラインばかりだが、半数近くはメイジ。平民兵も魔女のホウキで空中戦に対応できる。第二使徒シエスタと第七使徒マルトーには、平民部隊の指揮を任せてある。加えてグリフォン3頭と火竜7頭、風竜8頭、商用船を改造した自前の小型軍艦が3隻。切り札として、『地獄の門』から地獄の番犬ケルベロスを召喚して仲魔にしておいた。この魔道書の中に封印してあるから、もしもの時には呼び出せる。これだけあれば、都市の二つや三つは落とせるだろう」
ルイズは、苦笑いするほかない。
「充分過ぎよ。敵より、味方に背後から攻撃されそうね。危険過ぎて」

諸国の民に宣伝せよ。戦いの備えをし、勇士を奮い立たせ、兵士をことごとく集めて上らせよ。お前たちの鋤を剣に、鎌を槍に打ち直せ。弱い者にも「私は勇士だ」と言わせよ。諸国の民は皆、周囲から集まり、急いで来たれ! 主よ、汝の勇士を彼処に下したまえ!……鎌を入れよ、作物は熟した。来て踏み潰せ! 酒ぶねは満ち、搾り場は溢れている。彼らの悪が大きいからだ。裁きの谷には、おびただしい群集がいる。主の日が裁きの谷に近づいているのだ。太陽も月も暗くなり、星もその光を失うであろう。
―――旧約聖書『ヨエル書』第四章より

一方トリステイン魔法学院は、学徒動員のため閑散としていた。グラモン元帥の四男坊のギーシュはもちろん、マリコルヌもド・ロレーヌもギムリも、スティックスもペリッソンも、男子学生は皆、士官候補生として徴集されてしまった。残っているのは女子学生ばかりだ。しかも男性教師の多くも参戦しており、授業は休講続き。キュルケとタバサは、部屋でゴロゴロしているよりしようがない。

「はーーーあ、ヒマねぇタバサ。私もツェルプストー家の子女として、初陣を飾りたかったのに。女子だから参戦不可なんて理屈はないわよねぇ。ああ、敵をボウボウ焼きたいわぁ」
「私はガリア人、どちらにせよ参戦はできない。……タルブへ行けば、使ってくれるかも」
「マツシタくんのとこかぁ。料理長のマルトーやメイドのシエスタだって使っているもんね。だけど、この学院も、アルビオンによるテロの標的にされかねないわ。私たちで守らなきゃ!」

アンリエッタ女王は、側近のアニエス率いる女子銃士隊を学院の警護に回してくれたが、メイジでない彼らの実力はいまいち信用できない。確かに戦闘のプロではあろうが、若い女性ばかりの部隊というのも……。

「ねえ、あのアニエスって女騎士、ひょっとして女好き?」
「どうでもいい」

居残った教師の中には、コルベールもいた。彼は松下の口利きで、リッシュモン高等法院長を介して『薔薇十字団』に仮入団した。『火の本質は破壊だけではない』という彼の口癖は、怪しげな発明品として結実していたが、その才能を認められ、多くの資金や資料が団から贈られた。これで心置きなく研究に没頭できる。

かつて彼は、破壊を仕事としていた。アカデミー直属の戦闘部隊、『実験小隊』の隊長だ。ダングルテールに隠れていた新教徒の集団を、皆殺しにした事だってある。だが、それ以来彼はふっつりと『破壊』をやめ、感情なき『炎蛇』であることをやめた。そして火のもう一つの本質である『情熱』を、研究活動に注ぎだしたのだ。今日もコルベールは、自分の研究室に篭り、怪しげな書物を読み耽っている。

「なになに……『この世の始まりは、火に包まれていた。その熱から4つの力が分かれた。四大系統でも、乾湿冷熱でもない、万物を集合離散させる根源的な力が……』おお、なんという面白さ! これが『東方』の進んだ知識か!!」

トリステインから1000リーグ南西、ガリア王国の首都リュティス。隣国でまた戦争が始まるとの噂は、すでにここにも届いていた。一応相互不可侵・中立の条約を結んでいるが、国際政治はそう単純ではない。軍港サン・マロンには『両用艦隊』が配置され、戦乱の飛び火に備えている。そのためか、少しずつ税金と物価が上がりだしていた。

「この豚肉、1斤くれ」「4スゥ頂きます」
「4スゥ? 3スゥじゃないのか?」
「戦争騒ぎで、物価はすべて値上がりになったんです」
「チェッ、誰が政治しとるのか!」

庶民の嘆きをよそに、郊外の広大なヴェルサルティル宮殿では、今宵も壮麗な晩餐会が催されていた。貴族は着飾って狩猟や恋愛遊戯に明け暮れ、美味いものをたらふく飲み食いし、文字通り私腹を肥やす。

「まったく素晴らしい! 国政をほったらかしにして、こんなお祭り騒ぎができるから、ガリアも大国じゃよ」
「そうです! 我々貴族は戦争や平民のことなど考えず、お金さえもうければよいのです」
「まったく真理じゃ。さて、この服も飽きてきたし、もう少し領地の税率を上げて新調するか。むははははははは」
「いひひひひひひ」

しかし、国王ジョゼフ1世は晩餐会へ姿を見せない。彼は王城『グラン・トロワ』の自室に引き篭もり、一人遊びに耽っている。指し手は自分、対手も自分。盤面はこの世界、ハルケギニアとアルビオン。駒は揃った。あとは、どうそれを動かすか?

「さあ、ゲームの始まりだ! おお、余は戦争遊戯を少しばかり愛し過ぎている! せいぜい余を楽しませてくれよ、愚鈍なる諸君! ……だが、ああ、むなしい! 一切はこの俺にとって、虚無でしかない! 虚無の盤面の上で虚無の駒が踊る、なんとむなしいことか!!」

貧しくて賢いわらべは、老いて愚かで、もはや諌めを容れることを知らない王にまさる。たとい、その王が(若いときに賢くて)獄屋から出て王位についた者であっても、そうである。私は日の下に歩む全ての民が、かのわらべのように王に代って立つのを見た。全ての民は果てしがない。彼はその全ての民を導いた。しかし後に来る者は彼を喜ばない。確かにこれもまた空であって、風を捕えるようである。
―――旧約聖書『伝道の書』第四章より

【第十三章 電撃作戦】

始祖ブリミル降臨暦6242年、年末はウィンの月、第一週マンの曜日、軍港ラ・ロシェールにて。遂にトリステイン・ゲルマニア連合軍は、史上稀に見る大艦隊に乗り込み、アルビオン侵攻を開始した。出征を前に、両国の首脳と司令官から手短に演説と激励がある。まずは、トリステインの女王アンリエッタ。喪服を纏い、傍らにはウェールズ皇太子の棺を置いている。

「……この大戦は、ただの戦にあらず! 卑劣なる『国王殺し』クロムウェルの政権を倒し、ウェールズ皇太子のご遺体を祖廟にお帰しして、アルビオン六千年の王統を弔うための戦い!またここにおられるブラウナウ伯爵は、ゲルマニアの貴族にして、教皇聖下の側近でもあられる方。彼が参戦するという事は、ロマリア皇国もその聖なる権威を持って、アルビオンの邪悪な簒奪者どもを討伐する意思を示したという事です!」
女王の紹介に、ブラウナウ伯爵が敬礼する。

「で、あるならば! 我らはハルケギニア大陸を共和制の暴風から守り、始祖ブリミルの定めたもうた、聖なる共同体の秩序を防衛する『神の盾』であります! おお、勇士諸君よ! 諸君に神と始祖ブリミルのご加護、豊かにあれ!!」

「「AMEN!! AMEN!!」」

烏合の衆であった6万の大軍は、聖なる使命に気を引き締め、戦意を高める。続いてゲルマニア皇帝アルブレヒト三世、マザリーニ枢機卿、ド・ポワチエ将軍、ハルデンベルグ侯爵の訓辞。一応ガリア以外の諸国が参戦しているが、主導はやはり『聖女の王国』トリステイン。となれば、これは『白の国』アルビオンを、トリステインの青地の旗で染め替える戦争でもあるのだった。

「では諸君、我らも行こう、雲の上なるアルビオンへ!かの地に真の『千年王国』を築き、万民を救済する計画のために!!」

「「AMEN!! AMEN!!」」

松下率いる『千年王国教団』の精鋭も、メシヤに鼓舞されて出征する。かくしてここにトリステイン・アルビオン大戦の第二幕は上がったのであった。

ラ・ロシェールの世界樹桟橋から、総数500隻を超える大艦隊が浮かび上がる。戦争終結はアルビオン全土の制圧まで。その間、ラ・ロシェールとタルブが後方支援を行う。両国の首脳陣は、出征を見送ると、各々の首都へ帰っていった。ウェールズの棺も一旦トリスタニアに戻る。

さて、松下とルイズは自前のフネから、旗艦たる竜母艦(空母)『ヴュセンタール』へ移る。トリステインの切り札『東方の神童』及び『虚無の担い手』として、軍議に参加するのだ。甲板士官のクリューズレイが出迎え、狭い艦内の奥にある会議室に案内する。一番上座に座るのは、四十過ぎの美髯の将軍。

「ようこそ、お二方。我が軍の旗艦ヴュセンタールへ! ご活躍は聞き及んでおりますぞ。改めまして、総司令官のオリビエ・ド・ポワチエです。今後ともよろしく。こちらは参謀総長のウィンプフェンに、空軍指揮官のラ・ラメー伯爵。それにゲルマニア軍司令官の、ハルデンベルグ侯爵です。他、多数の将軍・参謀らが集っています。教導士官のボーウッド卿は、ただいま艦隊の視察に当たっておられます。ブラウナウ伯爵も一緒だそうで」

「よろしく、諸君」「よ、よろしくお願いします」
「はは、まあ楽にして、お座り下さい。ミスタ・マツシタにミス・《虚無(ゼロ)》」
「ミス・ルイズ・フランソワーズと呼んであげて下さい。彼女を兵器扱いしてはいけない」
「いや、これは失敬。ミス・ルイズ・フランソワーズ、お許しを。……では、ひとまず軍議を始めてしまいましょうか。議題はこれですな」

皺の深い小男、ウィンプフェン参謀総長が司会役となり、配られた資料を読み上げる。
「ええ、アルビオンまではラ・ロシェール空港からフネで約半日、大艦隊ですのでまあ、夜半には着きます。そこで上陸作戦を敢行するわけですが、目的地となる大型の軍港は二つ。アルビオン最大の軍港ロサイス、これは大陸の南部にございます。地図ではここですな。もう一つ、この規模の大艦隊が上陸できるだけの空港となりますと、やや遠回りして、北部にあるこのダータルネス港しかありません。スカボローは狭すぎます」
アルビオン大陸の、長方形の地図をウィンプフェンが指差す。南北600リーグ、東西は120リーグほどか。

「最短距離でなら、ロサイスを正面から強襲するのが早かろうが」
「敵もそれなりの準備をしておりましょう、こちらの被害も大きくなりますぞ。長途来た我々には、補給線を確保するとともに、首都ロンディニウムに着くまで軍の消耗を抑える必要もあります」
「風石にも、火薬にも限りがある。二分して一方をダータルネスに向かわせ、そちらに敵をひきつけている隙にだな」
「その囮は、当然トリステインがやるのでしょうな?」
「何ィ? 共同作戦に決まっとろうが、侯爵」
「トリステインとゲルマニアでは、話す言葉も指揮系統も大いに違いますものでなァ」

なんと、連合軍は未だに上陸地すら決まっていなかった。ラ・ヴァリエールとツェルプストーの争いに代表されるように、始祖以来続くトリステインと新興国ゲルマニアは、本来は水と油、いや『水と火』の関係なのだった。よく連合軍などできたものだ。

どうやら上陸作戦の障害は、いまだ有力なアルビオン艦隊に対する錬度の高くない自軍、そしてダータルネスへ敵を吸引する欺瞞作戦の不備、の二点であるようだ。松下とルイズは口を閉ざし、両国将軍達の論争を呆れ顔で見ている。なんとも凡将揃いの大軍なのであった。

と、そこへカンカンカンカンという警鐘の音が鳴り響く。伝令兵が会議室に走りこんできた。
「敵襲! 敵襲です!!」
「なんと、もう迎撃に来おったか。空中で艦隊を待機させていたか?」
「い、いえ将軍、襲ってきたのは人間ではありません!!」
「あァ?! 野良竜でも出たか?」
「いいえ、『悪魔』です」

ぐにゃり、と伝令兵の顔が醜悪に歪み、背中から大きな黒い皮翼が生える。尻からは長い蛇のような尻尾が伸び、口から炎の玉が吐き出された!
「うおっ!?」「閣下、危ないっ!」
士官が咄嗟に『水の槌』を放ち、ド・ポワチエを狙った炎を掻き消す。

「ケケケ、命拾いしたな。けどよ、もうこのフネは俺たちのものさ!」
「こいつは……ダンテの地獄第八圏第五濠『汚職収賄の濠』に棲む、低級鬼神のマラコーダか。俺たち、ということは、他の連中も来たのか?」
「そーだよぉ、『東方の神童』さまぁ!! バルバリッチャにカニャッツォ、スカルミリオーネにカルカブリーナ、ついでに阿呆のルビカンテ! その他もろもろ、愉快な仲魔が勢揃いさ!」

マラコーダは、ぶばっと黒い屁をこくと、その煙に紛れて姿を消す。甲板に飛び出すと、雲霞のような悪鬼(デーモン)の大群が、このフネに飛び降りてくるではないか! 彼らは地獄の獄卒マレブランケと、空中に潜む妖怪グレムリンだ。一体一体はせいぜいオーク鬼程度の強さだが、数が尋常ではない。フネは大混乱に陥る。

「ここが旗艦だ、こっちに来い! よォし、てめえら地獄の悪鬼よ、人間どもをぶっ殺せ!」
「ひひひ、いざ、奴らをイナゴのように食い荒らしちまえっ!」

朝になると、東風がイナゴの大群を運んで来た。イナゴは、エジプト全土を襲い、エジプトの領土全体にとどまった。このようにおびただしいイナゴの大群は前にも後にもなかった。イナゴが地の面をすべて覆ったので、地は暗くなった。イナゴは地のあらゆる草、雹の害を免れた木の実をすべて食い尽くしたので、木であれ、野の草であれ、エジプト全土のどこにも緑のものは何一つ残らなかった。
―――『モーセの十災・イナゴの災い』:旧約聖書『出エジプト記』より
噛み付くイナゴが残した物は、移動するイナゴが食らい、移動するイナゴが残した物は、若いイナゴが食らい、若いイナゴが残した物は、食い荒らすイナゴが食らった。
―――旧約聖書『ヨエル書』第一章より

空中で悪鬼の指揮を取っているのは、ベリアル配下の小悪魔・こうもり猫とマラコーダだ。グレムリンは兵士や竜に取り憑き、火薬を暴発させ、フネの操縦を誤らせる。マレブランケは大きなフォークを振り回し、兵士を突き刺し、掬い上げては甲板の外へ放り投げる。空賊よりタチが悪い。哄笑と羽音と断末魔が響き渡る。

「な、なんだ、これは!?」
「アルビオンが操る『悪魔』、いや『悪鬼』どもです。なるほど、渡ってくる途中で叩けば、にっちもさっちも行きませんな」
「感心せんでいい! な、なんとかしたまえ! きみも悪魔使いだろう!」

「そうですな。ルイズ、きみの持っているバッグの中に、小さな金属の壷がある。それを出してくれないか」
「ご主人様に命令するなっ! ……こ、これね」
「命令ではない、依頼だ。では、ぼくはこの網を取り出して、と」

松下は、魔法のかけられた投網を取り出し、呪文とともに天へ投げ上げる。すると網はパアッと広がり、フネ全体を包み込んだ。再び呪文を唱えると、悪鬼だけが網にかかり、その網が見る見る縮んでいく。遂に網は何百という悪鬼ごと金属の壷に吸い込まれてしまった。松下はきゅっと壷に蓋をする。

「これでよし、と。天網恢恢、疎にしてなんとやらだ。残りの掃討は竜騎士に任せよう。さ、方々、軍議を続けましょうか……」
「「は、はい! マツシタ伯爵!!」」

(イエスは)シモンに「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。シモンは「先生、私たちは夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。…(彼らは)二艘の舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。…すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。
―――『シモン・ペテロの弟子入り』:新約聖書『ルカによる福音書』第五章より

結局、連合軍の上陸作戦は次のようなものとなった。

連合軍の主力は、このままロサイスへ向かう。ただし、ゆっくりと。一方ダータルネスへは、松下とルイズと『千年王国教団』の兵が向かう。そして、『虚無の魔法』で敵軍の増援をダータルネスへ引き付けておき、油断したロサイスを叩く。紛糾の末の、ベターな作戦であった。ルイズの提案という点を除けば。

「まさか、きみが作戦を立案するとはな。しかも、それが通るとは」
「あんたばっかりに活躍させないわよ。私だって『虚無の担い手』なんだし。この『水のルビー』の指輪を嵌めて『始祖の祈祷書』をめくったら、いい呪文が浮かんだのよ」

『虚無の魔法』か。松下には『祈祷書』を読めないが、今ルイズが使えるのは、爆発と解呪だけのはず。……いや、タルブでは松下と同一の呪文を唱え、協力して『地獄の門』を開けたのだった。

「……そういえばエロイムエッサイムとか、タルブでの戦いの時の呪文や、ラグドリアン湖での『ヘカス・ヘカス・エステべべロイ』はこちらのルーンではないぞ。『東方』のヘブライ語やギリシア語、あるいは古代エジプト語でも書いてあるのか?」
「知らないわよ、そんなの。あんたを召喚したときは、以前読んだ魔法書にそういう呪文があったから、必死に唱えてみただけだし。『祈祷書』に浮かぶのは確かにこう、こんな文字だった気はするけど、呪文は直接頭の中に響いてくるの」

ルイズは、メモ帳代わりの羊皮紙にさらさらと文字を書く。……これは、『エノク語』だ。16世紀末に英国の神秘主義者ジョン・ディーが発明したとされる、架空のオカルト文字だ。始祖ブリミルとは、一体……?

「それに、呪文を唱える前、こんな言葉も聞こえたの……」

我は始祖、ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ。我が知りおきし真理をこの書に記す。資格なき者はその真理を知ることあたわず。
この世の全ての物質は、小さな粒より成る。四大系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめるなり。神が我に授けたまいしは、さらなる小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしむる力なり。四にあらざれば、これを『零(ゼロ)』、すなわち『虚無』と名づく。
これを読みし者は、我の行いと理想と目標とを受け継ぐ者なり。またそのための力を担いし者なり。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。虚無は強力にして詠唱は長きにわたり、時として命を削る。汝、心せよ……。

「……ってね。我ながらよく覚えているものだわ、『虚無の担い手』だからかしら」「……ふぅむ……」

ともあれ、わずか3隻の『千年王国艦隊』は、夜陰に乗じて北のダータルネスへ急ぐ。しかし、敵も簡単にはアルビオンへ近付かせない。
「おおっ、メシヤ! 敵の警戒線に接触し、哨戒カラスが我々を発見した模様! 竜騎士がやってきます!」
「よし、魔女のホウキ部隊出撃だ! 竜の翼を狙い、撃ち落せ。日ごろの訓練の成果を見せろ! ただし、なるべく生き残ることを優先しろ。ルイズとぼくは一番早い風竜でダータルネスに急行する!」
「了解!!」

ホウキ部隊が手に手に杖や銃を構え、竜騎士と戦う。小さな艦隊からも砲撃が始まった。ダータルネスまで、距離にして数百リーグ。そこへ到達できるのは二人だけでよく、あとは援護に回る。快速船で飛ばしても片道丸二日以上はかかるところを、数時間でぶっ飛ばす。風竜の能力を最大限まで引き出す、『神の右手』ヴィンダールヴだからこそ出来る芸当であった。

やがて眼下にダータルネス空港が見えてきた。ルイズは防寒具にくるまり、呪文を呟きながらトランス状態に入っている。松下は、それを無言で見守る。

ブリミル。ぼくの記憶が正しければ、北欧神話の原初の巨人ユミルの別名の一つだ。まさかその本人ではあるまいが、ルーンだの世界樹だの、この世界には北欧神話と似たような要素が多い。なぜ、エノク語? 物質の小さな粒とは、原子か素粒子か? そういえば、この世の初めは大きさが『ゼロ』にほぼ等しい極微粒子で、そこからビッグバンが……。

「アパラチャノ・モゲータ!! 実質に等しき大いなる幻よ、この空間に漂うべし! 虚無の魔法の初歩の初歩、『幻影』!!」

ルイズの叫びとともに、空間の『極微の粒』がゆらぎ、白い雲の中から巨大な幻影が現れる。先ほどまでいた、60隻の連合艦隊の立体映像だ。
「おおっ」
これには松下も驚いた。圧倒的な迫力で、本物と見分けがつかないではないか!
「よし、この幻影に紛れて、全速力で離脱する!」

だが、ダータルネスを防衛する竜騎士たちは、風竜に跨ってぐんぐん近付いてくる。
「マツシタ! このままでは、追いつかれるわ!」
「ならば、この壷を使ってしまおう。トペ・エト・ラリリ、トロトペ、タッ!」
松下が先ほどの壷に呪文を呟き、蓋を開くと、雲霞のような悪鬼どもが出てくる。その目は虚ろで、足には例の網の糸が絡みつき、敵と味方の判断もつかない。相討ちになり、次々と墜落する。悪鬼どもが竜騎士を足止めしているうちに、松下たちは離脱に成功した。

「これで、アルビオン軍が騙されてくれるといいのだがな」
「はああ、疲れたわ。早く戻りましょう、マツシタ」

その頃ロサイスでは、敵の守備艦隊と連合軍主力による砲撃戦が始まっていた。轟音、雷火! 木片と肉片が飛び散り、フネ同士が激突して軋む。焼き討ち船が突撃し、爆発する。アルビオンは三列縦隊を組んで善戦するが、包囲陣を突破するには、やや戦力差がある。

「よおし、我がゲルマニアの誇る火砲の威力、思い知るがよい!!」
興奮するハルデンベルグ侯爵。一斉に連合艦隊の大砲が炸裂し、囲まれていた敵艦が轟沈する。
「わはははは、やはり戦場はいいのう! この轟音、硝煙と血肉の香り、たまらんわい! そおれ敵の空兵ども、総員玉砕せいっ!! わははははは」

その隣に、すっと小柄な黒髪の男が立つ。
「では、私も砲火をお目にかけましょう。火の国ゲルマニアとロマリアの同盟、成れり!『ヒンデンブルグ』号、空対空ミサイル『サイドワインダー』発射!!」
「「了解! 『サイドワインダー』、発射!!」」

ちょび髭のゲルマニア貴族、アドルフ・ヒードラー・フォン・ブラウナウ伯爵の命令の下、彼の率いる軍団のフネ『ヒンデンブルグ』から、細長い円柱状のものが何本も射出される。それらは逃げ回る竜騎兵やフネを蛇行しながら追いかけ、至近距離で爆発した!

「お、おお伯爵、アレは?」
「我々『薔薇十字団』の最新技術で作られた、特殊飛行兵器『サイドワインダー』です。まぁ、火薬の詰まった巨大な鉄の火矢を撃ち出すようなものですな。先端部に魔法技術を使用しておりまして、動き回る標的にも確実に命中いたしますぞ」
「おほっ、また当たりよった! 素晴らしい!」
侯爵は、玩具を見た子供のようにはしゃぐ。ブラウナウ伯爵も、面白そうに目を細めた。

「うふふふ、ご所望ならば、六本セットからお売りしましょうか? 値段はこれほどで済みますよ」
「おお、案外安いではないか。よし、わしの侯国で注文させてもらおう」
「お買い上げありがとうございます、ハルデンベルグ侯爵。今すぐ手配いたします。我々の新兵器はまだまだありますから、じきにお見せしましょう。実戦の場でね」

死の商人が笑う。戦争は戦争によって栄養を取る、この軍拡の原理はいつ、どこの世も変わらない。ヒンデンブルグ号には、鈎十字(ハーケンクロイツ)の軍艦旗がはためいていた……。

<BACK TOP NEXT>

つのにサポートすると、あなたには非常な幸福が舞い込みます。数種類のリアクションコメントも表示されます。