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【AZアーカイブ】新約・使い魔くん千年王国 第六章 女王陛下の少年スパイ

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東方の神童「悪魔くん」こと松下一郎がハルケギニアに召喚されてから約4ヶ月。季節は夏。松下の領地となったタルブは、僅か2ヶ月ほどで焦土から目覚しく奇跡の復興を遂げ、高度成長期を迎え、今やラ・ロシェールと肩を並べる、いや相乗効果で共に栄える軍港都市へと発展しつつあった。

はぐれメイジや傭兵団、怪しげな商人や貧民、貧乏貴族も、ここにくれば(能力に応じてだが)平等に、仕事と出世の機会を与えられる。戦争で手柄を立てれば、王国の勲章だって得られるだろう。ラグドリアン湖周辺からの移民もしっかりと農業・商業・手工業などの職を与えられて精勤している。主な産業は魔女のホウキの量産、ベラドンナ草の栽培、ヒキガエルの香油の精製などだ。

「うむ、見事だ。シエスタとその家族も、よく住民の監督官(エピスコプス)を勤めているようだね。そろそろ、自前の艦隊でも建造してみようかなぁ。ホウキもいいが、竜騎士団も欲しいところだ」
「光栄です、我らのメシヤ。千年王国の教義を小冊子に纏めて、住民に配布ないし回覧いたしました。文盲の者たちには、毎日の礼拝と御説教聴講への参加を義務付けています。メシアよ、信者はそろそろ千人に達します。やがて御教えは全土に、大陸中に広がりましょう」

松下は第二使徒シエスタを連れて、毎日ホウキを駆って領内の見回りをしていた。
「そうか。王国やブリミル教会との折り合いは、ぼくがやっている。トリスタニアにも宣教団を派遣しよう。ぼくを始祖ブリミルの生まれ変わりとして、崇拝する集団も出てきているようだが……」

シエスタはひざまずき、狂信の眼差しを小さなメシヤに注ぐ。
「そうでは、ないのですか? はした女にお教え下さい」
「そうかも知れないな。いや、ルイズが『虚無の担い手』の一人だから、転生体は彼女なのかも知れん。ぼくはブリミルより上の存在、『唯一神』の遣わした救世主であるから、ブリミルとも同格以上だろう」
松下は天を指差す。シエスタは恐れ戦き、大地に五体を投げ出して、松下を礼拝した。

トリステイン魔法学院は、明日から2ヵ月半もの夏期休暇。大多数の生徒諸君は、故郷の領地や王都トリスタニアに住む家族のもとへ帰郷する。ルイズも一応、ラ・ヴァリエール公爵領に帰郷する予定、だったのだが……。

「女王陛下からの、親書……!」
アンリエッタ陛下から、フクロウによってルイズに書簡が届けられた。それを読んだルイズは、タルブ戦で使った遠隔通話魔法具で松下を呼び出す。
「これも正しく『召喚』ね。『召還』か。あいつは私の使い魔なんだから、こっちへ還って来るのはあいつの方なのよ!……早く出なさい!」

『……もしもし、松下だが。……あぁきみか。ホットラインがあったのを忘れていたよ。……なに、女王陛下が呼んでいる? そんなこたぁいいんだよ、忙しい時に』
いいこたぁないわよ! 勅命だから、さっさと魔女のホウキで飛んできなさい! さもないと例のエロイムエッサイムの呪文で『召還』するわよ!」
『爆発とともに現れるのは勘弁願いたい。分かった、すぐ行くよ』

通話を終えて、ふん、と松下は鼻息をつく。女王陛下とルイズは、あくまでぼくを『ルイズの使い魔』という扱いにとどめておきたいようだ。

「まあ、ここはしばらく、自律的発展に任せよう。第二使徒シエスタ、きみと家族をぼくの名代として残す。あとで連絡先を知らせておくから、何か変事があればホウキで飛んできてくれ。そちらの情勢も、逐一ぼくの私兵メイジたちにチェックさせて、書き送ってもらうが」
「承知いたしました、我らのメシヤ。もし再度アルビオンから侵攻があったとしても、我々がメシヤの御光臨まで持ちこたえてご覧にいれましょう」

王宮に現れた二人を、女王は温かく迎えた。密談室に通され、東方産の高価なコーヒーと菓子が振舞われる。

「わざわざお呼び付けして、申し訳ありませんでした。けれど、内密にお伝えしたいことがございまして」
「何でしょう? この間の件なら、しっかり報酬は頂きましたが。タルブ伯領地の拡大と、国内の余剰人材の提供、それに褒賞金が少々とマジックアイテムの下賜。貴女の生命や王国に比べれば安いものです」
「そうですね、改めて感謝いたしますわ、タルブ伯マツシタ殿」
ルイズが、じとっと松下を睨む。どこまで傍若無人なのだ、こいつは。

アンリエッタ女王の話は、次のような内容であった。
アルビオンは、艦隊が再建されるまで、正面からの侵攻を諦め、不正規な戦闘を仕掛けてくる。国家の事業を妨害し、国内の反体制派を煽り、暴動や反乱、破壊活動を援助する……いわば無差別テロだ。カネや魔法や『アンドバリの指輪』で操った人間をテロリストにし、王侯や高官を暗殺にかかるかもしれない。勿論、王都の大商人や高官を買収し、情報戦・謀略戦を仕掛けても来るだろう。先だっての皇太子事件とて、悪魔以外にも手引きがあったはずなのだ。

「……そういうわけで、我々は『治安維持法』を制定し、国内……特に王都周辺の治安維持を強化しています。憲兵や一部近衛兵も忠誠心の高い平民から取り立て、私の身辺警護に当てています。当然、女性ばかりですが」
「ご自慢の魔法衛士隊とて、グリフォン隊もヒポグリフ隊も壊滅し、残るはマンティコア隊だけですからな。陛下の身辺の安全と治安の維持が優先されるのには、賛同いたします」

女王は微笑み、話を続ける。
「有難う。そこで、お二人には1ヶ月ほど、身分を隠しての情報収集任務をご依頼します。平民の間に立ち混じり、不穏な動きや噂を調査して、私に直接知らせていただきたいのです。此度の戦争で、かなり民衆には負担を強いることになりますのでね」

一種のスパイか。まぁ、日本が先の戦争に負けたのも、軍部が暴走して貴重な情報を軽視し、無謀な戦争へ国を導いてしまったのが原因だ。戦前の諜報活動は、国内外に向けられるべきものだろう。だが……。

松下は、コーヒーカップを片手に、椅子の背もたれに寄りかかる。
「しかし、陛下。このぼくとルイズに、そんな役が出来ると、本当にお思いですか?ぼくは『ただの平民の子供』として行動する事など出来ないし、公爵家令嬢のルイズは言わずもがなです。それより、ぼくの私兵集団に調べさせた方が、よほど効率がよろしい」
「こ、こら、マツシタ!」

「ルイズが、ぼくが目を放した隙に、敵の手に落ちたら? 使い魔の責任として、ぼくは縛り首ですか?ぼくが何者かの手にかかって暗殺されたら? タルブ伯領はどうなります? 今やぼくには、千人に及ぶ私兵集団が付いているのですよ。勝手な真似はできませんし、危ない橋は渡りません。もし、そうなったら……お分かりでしょう? アンリエッタ女王陛下」

松下が、女王に脅しをかける。地球で一度暗殺されているため、以前よりは慎重になっているようだ。もはや彼は、ただの8歳児の使い魔でも、東方のメイジ見習いでもない。狂信者の集団を従え、国内に確固たる勢力基盤を築きつつある、危険な『悪魔くん』なのだ。とは言え、彼のような存在を統御できなければ、国家を治める女王としての資格はない。毒を以て毒を制す、だ。アンリエッタは内心冷や汗を掻きつつ、次の手を打つ。

「それは分かっております。しかし、不穏な動きはすでに兆候を見せています。例えば、このような張り紙はご存知ですか?」
リッシュモン高等法院長から枢機卿が入手した、例の張り紙を見せる。

「ほほう、『薔薇十字団』とはね!」「おや、ご存知でしたか?」
「ええ。ぼくのいた……東方で昔流行していた、魔術的秘密結社です。確かロマリアやゲルマニアでは、今から30年以上前に話題になったはず。なんでも開祖のローゼンクロイツなる人物は、かつてサハラや東方を旅し、その知識を持ち帰って弟子たちに密かに伝えたと言われ、死んでから120年後に復活したとか……」

喰い付いて来た。アンリエッタはにこやかな笑顔を浮かべたまま、続ける。
「それは興味深い。是非とも、魔法に造詣の深い貴方に調査して頂きたいですわ。東方で流行していたというなら、国内のメイジでは理解しにくいでしょうし。まさかゲルマニアのメイジにこんなことは頼めませんもの、ねぇ」

松下は、してやられた、と苦笑する。興味のあることに関してつい饒舌になるのは、悪い癖だった。
「ウワッハッハハハ、まっ、いいでしょう。陛下をいじめても、はじまりませんからね」
ルイズはすっかり蚊帳の外で、いじけ始めた。コーヒーは苦くて、ミルクと砂糖をたっぷり入れなくては飲めないし。

「それじゃあ、息抜きがてら、しばらく平民としての生活を楽しんでみましょうか。それで、ぼくとルイズに、その秘密結社について調べろと?」
「ええ、お目付けと言ってはなんですが、私の直属の部下を付けさせてもらいます。アニエス、お入りなさい」

女王が杖を振って『開錠』し、鈴を鳴らすと、扉が開いてその人物が入室する。長身の女性、それも20代前半。短く切った金髪の下で光る、警戒心の強そうな、きつく吊り上った碧眼。百合の紋章が描かれたサーコートの下には、鎖帷子が光っている。姿勢を正し、びしっと軍礼をする。
「帯剣はしていませんが、武装姿で失礼します。この度シュヴァリエ(騎士)として銃士隊の隊長に取り立てられた、アニエスです。平民出身ゆえ、ラ・ミラン(粉挽き女)などと呼ばれていますが」

ルイズは、貴族風を吹かそうと立ち上がる。
「平民が、シュヴァリエだなんて……それに、そんな恰好、陛下にご許可を頂いたの!?」
「ぼくは平民出身だとて差別はしない。よろしく、アニエス」
「彼女は忠実な私の衛士。女だてらに反乱兵鎮圧などに大きな手柄を立て、めでたくシュヴァリエに叙勲されました。今回の任務で、さらに手柄を重ねさせて上げたいのです。忠誠には、報いねばなりませんから」
ルイズがぐっと押し黙り、着席する。

「民の声は神の声、と古代の政治家は言ったものです。しっかりと、忌憚無く民衆の意見を聞き出して下さい。期間は明日より1ヶ月。週に一回、報告書を提出して頂きます。その他はご自由に」
「いいですよ。ただしタルブに何か変事があれば、ぼくはルイズを連れて最優先でそちらへ行きますからね」
「ええ。それ以後は、夏期休暇をお楽しみ下さい。ルイズも帰郷を遅らせて、済みませんね」

アニエスは、蚊帳の外でいじけるルイズをあやしつつ、松下に警戒の目を向ける。20年前、身寄りのない平民の孤児だった彼女を拾い上げ、成人まで世話してくれたのは、若き日のマザリーニ。そして即位してからのアンリエッタは、彼女を引き取って直属の部下とし、軍功を立てさせた。まさしく、枢機卿と女王の『子飼い』の部下なのだ。王国に対してよりも、彼らへの忠誠心は並大抵ではない。

彼女自身は、主人に使い潰されればよいと信ずる根っからの武人。魔法こそ使えないが、剣術も武術も、拳銃を操る術も達人級である。ワルドの裏切りでウェールズを失い、メイジを信用し難くなったアンリエッタにはうってつけの護衛であった。

それに、アニエスには一つ、これまでの人生を賭けてきた望みがある。これが叶えばあとは死んでもよい、というほどの望みが。それは20年前、自分の村と家族を焼き滅ぼした、あの事件の主謀者を……この手で殺す事。

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