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【AZアーカイブ】新約・使い魔くん千年王国 第十一章 公爵家

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トリスタニアでの騒動から、2ヶ月ほど過ぎた。季節は夏の盛りを過ぎ、秋を迎えていた。ルイズと松下、それにシエスタは、ルイズの実家であるラ・ヴァリエール公爵家へ馬車で向かっている。女王陛下からの、アルビオン共和国侵攻への参戦要請の詔勅を携えて、だ。一応タルブ伯爵として貴族位を持つ松下は、ルイズと同じ馬車に乗っていた。シエスタは従者用だ。

ラ・ヴァリエール公爵家は、トリステイン王の庶子を先祖とする国内随一の名門・有力貴族だ。王位継承権をも持ち、ゲルマニアとの国境に広大な領地を持つ。ルイズが威張るのも無理はない。トリステイン自体が小国なので、ガリアやゲルマニアの大領主とは比べ物にならないが。奥軽井沢に買ってもらった松下の領地は、まあそれよりは狭かっただろう。

「でも姫様も枢機卿も、『士官増員のため学徒動員も辞さない』なんておっしゃっていたけど、そんなに士官が足りないのかしら。アルビオン遠征なんて数十年振りらしいし」
「近現代の国家間戦争が、総力戦になるのは止むを得ない。本来メシヤであるぼくは無駄な戦いはしたくないのだが、これも千年王国建設のための布石だ。ゲルマニアとの連合もなったし、艦隊などの総数比較からも、戦力的にはこっちの有利だ。なるべく被害を最小限に抑えて、アルビオンを早期降伏に追いやりたい。タルブの伯爵領もいずれは更に拡張し、アルビオン、トリステイン、そしてハルケギニア、世界全体を征服しよう。国境のない世界共同体、千年王国の建設こそ、我が究極の目的なのだから」

松下の大口に、ルイズが小ばかにしたように呟く。
「まだそんな、たわ言を言っているの? あんた、自分がメシヤとか千年王国とか、そんなこと本気で信じているわけ?」
だが、松下は動じない。彼は本気で、そう信じている。
「ああ。ぼくはそのために生まれてきたのだ。様々な預言書に記されたとおりだ。ぼくは苦難と迫害に遭って死ぬが復活し、十二使徒と悪魔軍団を従えて世界を統一する。それからあとは、唯一なる神に任せよう」

ルイズは、はあっと溜息をついた。
「……あんた、絶対早死にするわよ。賭けてもいいわ」
「なぁに、すでに一度死んでいるさ」

学院を出て二日目に領境到着、そこから半日で屋敷だ。領内の村の旅籠で昼食をとり、村人に屋敷へ来訪の旨を知らせさせる。しばらく寛いでいると、大きなワゴンタイプの馬車がやってきた。
「あ! あれは姉さまたちの馬車だわ!!」
ルイズはいそいそと外へ出て、馬車を出迎える。

馬車から降りてきたのは、ブロンドで眼鏡をかけた顔立ちのきつい女性と、
桃色の髪をした可愛らしい顔立ちの女性。ともに20代半ばという感じだが、胸の大きさは桃色髪の方がはるかに上。胸以外の全てを足して2で割れば、ルイズが出来上がるであろう二人だ。年齢は3で割ればいいだろうか。ルイズは桃色の髪をした女性に、満面の笑顔で駆け寄った。

「ああっ、ちい姉さま! カトレアちい姉さま!」
「ルイズ! お帰りなさい、ルイズ! 待っていたのよ!」
「……ねえ、私もいるんだけど? このエレオノールを無視できるほど、ちびルイズは偉くなったの?」

ルイズがカトレアに抱きついたまま振り返る。

「……ああ、ついでにエレオノール姉さま、お久し振りです。バーガンディ伯爵さまとのご婚約、おめでとうございました」
「『ました』? あなた、知ってて言ってるでしょうが!! 婚約は解消よ、解消ッ!!」
エレオノールは癇癪を起こしてルイズに掴みかかるが、ひょいひょいと避けられる。
「そうそう耳や頬をつねられっぱなしじゃ、たまりませんものねぇ。ほほほほほ」「まぁ、ルイズも成長したものねぇ。うふふふふふふ」

と、エレオノールが松下に気付いた。やや見下した感じで声をかける。
「お話は伺っておりますわ、ええと、ミスタ・イーツラフ・メフィスト・ド・タルブ伯爵?」「いや、イチロー・マツシタだが」

「失礼いたしました。私はラ・ヴァリエール公爵家長女で、王立魔法研究所(アカデミー)の研究員、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。こちらは妹のカトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ。父はただいま外出中で、明日の午前中には戻って参ります。母カリーヌが晩餐の席を設けてお待ちしておりますので、どうぞゆっくりとご逗留下さいませ」

悪名高いアカデミーの研究員だ。『アカデミー・フランセーズ』の設置はこの頃だが。そしてカトレアの方は家名が違う。跡継ぎはルイズかエレオノールの婿で、彼女は親類の養女に入っている。大貴族だし、複数の領地を併せ持っているだろうから、捨扶持をあてがったのだろう。

姉たちの乗ってきた大型の馬車に乗り込み、数時間ほどかけて城へ向かう。
格式にうるさいエレオノールは、松下やシエスタと同乗するのを嫌がったが、カトレアの笑顔に負けて承諾した。

「召使いどころか、動物だらけじゃないかこの馬車は。猛獣もいるぞ」
「ちい姉さまは、動物が大好きなのよ。また増えましたわね」
「何しろ病弱で、領内から出られないんですもの。だから、自然とペットが増えてしまって。手狭ですみません、マツシタ伯爵。うふふふふ」

エレオノールが嘆息する。大体獣臭くて、カトレアの馬車に乗るのはあまり気が進まなかったのだ。
「動物好きってレベルじゃないわ、いい加減にしなさいよカトレア。犬や猫や小鳥ならいいけど、ニシキヘビや虎や熊やライオンまで拾ってくることはないでしょうが! 学者として言わせてもらえば、自然のものは自然に任せるのがいいの!」

しかし、カトレアとルイズは華麗にスルーする。
「最近はツグミを拾ったのよ。羽根を傷つけてたから家で治療しているわ」
「わあ、見せて! 見せて!」
「あんたらねぇ……ちっとは長女である私を敬いなさいよ」

松下はシエスタに傅かれつつ、右手でライオンの喉を撫でてやっている。獣を従えるヴィンダールヴの効果で、動物を馴らすのはお手の物だ。
「まあ、この子が見知らぬ人にこんなになつくなんて!」
「ぼくも動物の扱いには慣れていますものでね。愛と知恵があれば、野獣は家畜となります。爪も牙もない人類の方が、よほど凶暴で馴らしにくいものですよ。ははははは」

狼は小羊と共に宿り、豹は子山羊と共に伏す。子牛と若獅子と、肥えた家畜は共にいて、小さい子供がそれらを導く。牝牛も熊も共に草をはみ、牛の子と熊の子とは共に伏し、獅子は牛のように干し草を食らう。乳飲み子は毒蛇の洞穴で戯れ、乳離れの子は手をまむしの穴に入れる。
―――旧約聖書『イザヤ書』第十一章より

その夜、一行はラ・ヴァリエール城に到着し、厳格な公爵夫人とともに静かに晩餐をとった。8歳の子供であろうが、松下は伯爵で勅使だ。それなりに豪勢な部屋に通され、就寝する。シエスタはメイド部屋で、神とブリミルとメシヤに祈りを捧げてから、眠りについた。ルイズは久し振りにカトレアに抱きしめられながら、すやすやと眠った。

翌朝。当主、ラ・ヴァリエール公爵が、外出先から空飛ぶ『竜籠』に乗って帰還した。年の頃は50過ぎ。豪華な衣装に身を包み、白いものが混じるブロンドの髪と、立派な口髭がある。左眼にはグラスがはまり、炯炯たる眼光を撒き散らす。その威厳は、まさに王侯である。

すでに連絡は、フクロウのトゥルーカスから届いている。公爵は執事ジェロームに手短に命令し、勅使と家族をバルコニーにある朝食の席に集めた。

朝食を終えてから、ルイズと松下より、公爵に勅書が手渡される。その文面は、分かりきったものだ。
「参戦要請の詔勅? 拒否する。わしはもう軍務を退き、兵を率いる世継ぎの男子もおらんのだ」
「おやおや、強気ですな。枢機卿から『国家の敵』呼ばわりされますぞ、ぼくのように」

公爵は無表情のまま、言葉を続ける。
「タルブ伯くん、『鳥の骨』にこう伝えてくれ。この戦は間違った戦だ。攻める方は守備の3倍以上の兵力があってこそ、確実に勝てる。敵軍は5万、我が方は連合しても6万に過ぎない。そのうえ敵は空の上におり、こちらは補給路の確保も難しい。拠点を得て、空を制してなお、この数では苦しい戦いとなろう」

ごく正論だ。敵には地の利があり、兵力も充分。タルブで多くの艦隊を失っても、なお余力がある。
「戦争は流血と砲火ばかりとは限らん。外交も経済も諜報も立派な戦争だ。我々は、あの忌々しい大陸を封鎖してしまえばよい。そうすれば、向こうから和平を言い出してくるわい」

松下は、臆することなく意見を述べる。彼は『対アルビオン最前線基地』の責任者なのだ。
「生ぬるいですなぁ。それではやつらを付け上がらせるだけでしょう。いずれ必ず、やつらはトリステインを攻めてきますよ。和平条約が紙切れに過ぎないのは、タルブを見れば分かります。それに、やつらがガリアあたりと連合して、逆に我々を包囲したらいかがします? ゲルマニアとて、アルビオンに発する共和政の脅威があるからこそ我々と連合したまでであって、また内部分裂して裏切ることも考えておかねばなりません。そうすれば、この国はお仕舞いですぞ」

ルイズはハラハラして、松下を制することもできない。
姉たちも呆気にとられて、二人を見つめるばかりだ。

松下は考える。これは、地球の歴史における『英蘭戦争』だ。制海権ならぬ制空権を早めに抑えねば、トリステインは空から押しつぶされる。それに、空軍国であるアルビオンの空中艦隊は、悪魔の力で急速に再建されてしまった。ガリアとの繋がりも掴んでいる。早く叩かねば、トリステインも千年王国も、アルビオンとガリアに併合されてしまうだろう。もっとも、英蘭戦争では最終的に、敗れたオランダの統領が英国王になる(名誉革命)という奇妙な結果になったのだが。

「とにかく、わしの兵は出せん。代わりにカネを出そう、軍役免除金だ。どうせ戦争騒ぎで、国庫はカラ同然であろうが?」
「いえいえ、奇特な資金源がありましてね、国民に重税をかけなくてもよくなったのですよ」
「ほう? きみは『悪魔』を使えるという噂だが、まさかそやつが資金源なのかね?」
「慧眼、感服いたします。実はその通りなのですよ。このことはいままでひた隠しにしていたのですが」

公爵がぷっと吹き出し、高笑いした。

「ははははッ!悪魔!悪魔か、確かにそうかもな!戦争は悪魔の所業だ!」
「同感です。しかし、神も怒れば戦争の形で人類に罰を下すもの。神聖皇帝などと僭称し、思い上がる暴虐アルビオンを、断固膺懲すべきではありませんか」
「トリステインを愛していない異邦人のきみに、それを口にする資格はない。それになんだ、きみは『千年王国』とやらの教えを説き、信者を集めているそうじゃないか?」

ここまでぼくの教えは届いていたか。ちょうどいい、空気を読まずに説教してやろう。
「ええ、その理想郷建設のために、ぜひともアルビオンを抑えなくてはならないのです。ぼくはトリステインの人民も、アルビオンにいる人民も、等しく愛しています。あらゆる国民がその国境を打ちこわし、真の自由人として独立し、世界を一つに……」

その時、いままで黙っていた公爵夫人が、まなじりを決して叫んだ。
「やめなさい! なんという異端、なんという危険思想! このカリーヌ・デジレの面前で、二度とそのような言葉を口にしてはなりません!」

ルイズは、いや家族一同は震え上がる。あの『烈風カリン』が怒れば、それはもう恐ろしいことが起きる。公爵は苦笑し、笑い話にしようと努力した。

「ははは、できるならばやってみるがいい。いままで沢山の聖人や王者が企て、皆失敗しておる。それを、きみがまたやって失敗してみせてくれたところで、わしには興味ないね」
「それはエゴイストというもんだ」
「きみのような異能児と議論して不愉快な時間を過ごしたくはない。さあ、話はこれで終わりだ。帰りたまえ、タルブ伯爵。ルイズは戦争が終わるまで、ここにいなさい」

ここにいろ。それは、親として当然の命令だ。だが、ルイズはもう成人だ。親にいつまでも自分の運命を決められたくはない。
「……わ、私も、参戦します!」

公爵は、やんわりと末娘をたしなめる。
「馬鹿をいうもんじゃない、小さなルイズ。戦場がどんなに恐ろしいところか、分かっていないね。お前はきっと、あまりに恐ろしくて死んでしまうよ?」
「そうですルイズ。貴女は戦場より、宮廷でのお喋りに精を出すべきです。せっかく女王陛下の直属の女官なのですから、そろそろ毛並みのいい貴族と婚約、いや結婚しなくては。ワルドのような売国奴にはならない男とね」

ルイズの決心がまた揺れる。
「け、結婚なんて、まだ早いですわ」
「何を寝ぼけたことを。貴女はもう16歳、成人ではありませんか。病弱なカトレアは仕方ないにしても、選り好みしていてはエレオノールのように、27歳で未だに独身という恐ろしい運命が待ち構えているのですよ?」
「は、母様! それは言わないお約束」
「お黙りなさい、この鋼鉄の処女」
「あらあら、大変ねぇ」

松下はこきっと首の骨を鳴らし、咳払いをして発言する。
「そういうわけにも行きませんな。ルイズは女王陛下直属の女官、彼女が従うべきなのは親より女王です。女王陛下の勅命にあまり逆らうと、『国家の敵』認定が出て、公爵家も取り潰されますぞ」
「なんですと! 口を慎みなさい!」

公爵は、渋面のまま妻を制した。
「いやカリーヌ、このところ『鳥の骨』が不逞貴族の取締りを強化しているのは知っている。あやつは自分の権力を安泰にするとともに、王権を強大にすることを使命としているからな。まあただでは潰されんが、ルイズの身に危険が及ぶようなら、わしは反乱する。ゲルマニアにもガリアにも頼らず、独力でマザリーニの皺首を刎ねてみせるわい! いいか、しかとそう伝えろ! ……ではルイズ、お前の好きにしなさい」

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